旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

ヤンゴン徒然 ⑤ カチンのエリ -続-

2020年10月05日 13時14分09秒 | エッセイ
ヤンゴン徒然 

⑤ カチンのエリ -続-

 ミャンマー北部に住む諸族の総称をカチンという。ジンポー(チンポー)族、リス族等々。リス族なら、ラオス国境のタイ難民キャンプにもいた。ミャンマー国内に155万人。中国雲南省に住むジンポー族は漢字で、景颇族と書く。インドのアッサム地方にも住むらしい。

 代表的なジンポー語(カチン語)を共通言語として、ザイワ語・ロンウォー語・ラワン語等がある。言語表記は、アルファベットだ。

 カチンの99%は、キリスト教徒だ。プロテスタントのバブテスト派だと思う。アメリカの宣教師が布教したらしい。ミャンマーでは、カトリック・プロテスタント・アルメニア正教会まである。バブテスト派にしても、一枚岩ではなく、エリはエリザベスという洗礼名を持つが、お母さんは洗礼名を持たない宗派なんだ。

 以前ネットで見たが、今回は見つからなかった。カチンの民話を収集する京都大学の民俗学の先生の話によると、カチンには姥捨て山伝説があるらしい。それが4パターンあって、

① 息子が王の命令で、老いた父親を山に捨てに行くが、どうしても出来ない。密かに連れて帰って、家にかくまった。やがてその国に、苦難が訪れる。老いた親がその難問に対して知恵を出す。息子がそれを王に伝え、次々に解決してゆく。後に真相を知った王が、年寄の知恵の大切さを知り、姥捨てを止める。

② 土地の掟に従って、老いた母をもっこに入れて山奥に捨てに行く息子。背中の母が、所々木の枝を折ってゆく。「お母さん、何をしているんだい。」「これは目印だよ。帰りにお前が道に迷わないように、こうして枝を折っているのさ。」母の深い愛情を知った息子は、母を連れ帰る。

 あと二つ。何だったかな。一つは、悪い嫁にせっつかれて山に母親を捨てに行った息子が、母の知恵を得て嫁を懲らしめる。もう一つは?忘れた。この4パターンの姥捨て伝承が、日本では宇治拾遺物語などに残っている。それらが、全てカチンの民話にあるそうだ。

 凄いだろ。石器時代の日本人の祖先が、大陸から渡ってくる過程で、何処かで別れた兄弟がカチンなのかもしれない。納豆・歌垣・絹・もち米・竹細工にどぶろく。ヒマラヤを超えてチベットから南下したバーマ(ビルマ族)より、カチンに親近感を覚えるのは、こんなところから来ているのかな。

 高野秀行氏の『西南シルクロードは密林に消える』を読み返した。高野さんの旅の過半は、象に乗ってカチン州を通る。高野氏は書いている。『女の子は普通だが、カチンの男は実にハンサムが多い。』

 で、エリちゃんに聞いてみた。「カチンって、ハンサムボーイが多いの?」
「オーそうなのよ。うちのお父さんもすっごいハンサム。でも可笑しいの。親戚中の男が、みんな同じ顔なんだもの。」

 自分は、先生たちに日本語を教えた。でもみんな授業があるから、簡単には進まない。ニイニイさんは、意外と日本語を知っていた。後で知ったのだが、ニイニイさんのお姉さんは日本語の通訳・ガイドをやっている。でもニイニイさんは、直ぐに使える会話には熱意を持つが、本格的に勉強する気はないようだ。

 ショーンは、やる気はあるし頭が良いので覚えも早いが、習っているスペイン語の方がずっと比重が大きい。エリザベスに期待したが、彼女はその頃中国語を習っていた。毎週、漢字の試験があるので日本語に集中しない。

 でもこの漢字の学習が役立った。発音は違っても、漢字とその意味が分かるのは有利だ。今年になってから、エリザベスは本格的に日本語を選んだ。自分が教える初級の日本語の授業に参加し、また個別のレッスンも週3-4回行い、元々頭のよい娘なのでメキメキ上達した。

 ビルマ族はマイペースで社交的な人たちだ。宗教と民族は違っても仲良くするし、チン族もカチン族も仏教を敬う。でも最初の一か月、彼女たちを見ていて、どうもエリが皆に遠慮しているような気がした。

 小柄な体で低い椅子に腰かけるから、受付の正面から見たらどこにいるのか分からない。用があって受付で彼女たちに話しかけても、エリはいつも後ろにいて話さない。

 本来、幹部のはずのナンダーちゃんは、内気で自分からはなかなか話さない。ショーンは気分屋でニコニコして話すかと思うと、うわっまた何か怒っているの?たいていニイニイさんが相手をしてくれる。彼女はすごいおしゃべりで、何にでも好奇心旺盛なんだ。

 ニイニイさんは年長で、スズキさんから指導的な立場を求められているのだが、本人に全くその気がない。他の三人のすることに意見をすることは全然ない。そこがまた彼女の素敵なところなんだが。ボスのスズキさんには歯がゆい。

 ニイニイさんがみんなを代表して発言するのは、予約の入れ忘れなどで、ボスから怒られた時だ。そんな時のスズキさんは、なかなか怖い。ショーンはあさっての方を向いている。今回は、私じゃないわよ。ナンダーは、どうしよう、私を当てないでと下を向く。エリは、困ったことになったと顔を紅潮させて視線を避ける。むっちゃ緊張している。

 そんな時にニイニイさんが口を開いて、みんなを代表して謝り対策を提案する。明らかに彼女のミスじゃあないのに。やっぱ格好いいわ、ニイニイさん。
よっ、アニキ!

 ところで年の若い二人、エリとショーンは仲が良いのか悪いのか。必要に迫られ、お客さん方にお茶を出してくれるよう、二人に頼んだ。いつもは自分で淹れているんだが、その時は手が離せなかった。エリはサっと席を立つが、ショーンは「一人でいいよね。」と聞こえなかった振り。するとエリが、「ほら、ショーン。行くよ!」ショーンがチラっと舌を出して立った。

 変わり者のナンダーちゃんは大切にされている。日本語が出来るのも頼りになる。特に根が優しいショーンは、年上のナンダーをまるで妹のように大切にし、抱きつき化粧しネイルをいれる。ナンダーとエリは、仲が良いようで、よく二人で買い物をする。ニイニイさんは、相変らずマイペースだ。でも、流石のショーンも、ニイニイさんの言うことには直ぐに従う。一目置いているんだろう。

 4人は本当に仲がよい。喧嘩をするところは見たことがないし、お互いの悪口も聞かない。以前の先生たちは、よく喧嘩をし、ナンダーちゃんが疎外されていたようだ。自分はよいタイミングでここに来た。みんな優しくて楽しい。

 さて、エリの遠慮は民族・宗教の違いとは関係が無かった。その頃、エリの受け持ちの授業が少なかったのだ。超人気のジョー先生は、毎日気の毒なほど授業で埋まっている。女性ではニイニイ先生が人気で忙しい。

 ショーンもたいして入っていないのだが、自信満々な彼女は全く気にしていない。空き時間が多いのならラッキー。キッチンで焼豚を調理し、スペイン語の勉強をする。でも特に少ないエリは悩んでいた。

 ボスのスズキさんに、「私は、ここで役にたっていないのかと思うと悲しい。」と涙ぐんで話したそうだ。ああ、分かる。でもこれはミャンマー的じゃあない。日本人ならこの心意気が分かるよ。

 その後、自分のミャンマー語の授業の先生をエリ中心にし、ITの生徒の日本語授業の前にエリの英語授業を入れたりした。またニイニイさん企画で、4人娘が日帰りスーパー銭湯(700円)に行ったりして、エリもだんだん自信と笑顔を取り戻していった。このスーパー銭湯は、よほど楽しかったようだ。自分も行ったが、湯船に入るのにミャンマー人が水着を着るのに驚いた。

 エリの実家の近くでは琥珀が採れる。町、村?にはコハク市場があるそうだ。琥珀よりも年代の若いコーパルを使ってネックレスやペンダントヘッド等を作るのが、エリの実家の家業だ。細かいくずコーパルを一杯に詰めた布製の平べったい枕がある。これを買って寝たら、朝まで気を失ったように爆睡した。

 エリのお母さんは、毎月ヤンゴン下町のボージョー・アウンサン・マーケットに納品に来る。月に4日のバス旅行とはタフなこと。カチン州では、エリの町の東の方では、翡翠が採れる所がある。自分はコーパルを商売しようと思い、旧正月の休みにバスで行く積りだった。新型コロナの影響で行けなくなり、ダウェーに行った。いつかは行きたい。琥珀市場を見てみたい。

 カチンと関わりを持つと、色々気が付いた。近所に大きな教会があり、その周辺等に多くのカチン料理店があるのだ。カチンの米は美味しい。料理は辛い。カチンの人たちは誇り高く、お互いを助け合っている。でも気をつけて。日曜日(安息日)に開いているカチン料理店はないよ。

 自分が日本に帰国して半年。エリの日本語は相当上達し、初級の日本語を教える時もあるそうだ。うれしいな。また会いたいな。エリ、ニイニイさん、ショーン、ナンダーちゃん。自分の可愛い生徒。その他大勢の友達と。