2023年1月23日、日経新聞に「尖閣対処、海保に防衛任務検討を 松田康博東大教授」とする記事が掲載された。
『……
台湾有事はいつかという話がよく出るが、それは中国にとって条件がそろったときだ。中国はまだ台湾を占領して統一する全面侵攻に自信がない。習近平(シー・ジンピン)国家主席は後継者をつくっておらず、最低10年は続ける。
そのため猛烈な勢いで核軍拡をしている。2030年から35年にかけて1000〜1500発の核弾頭が使用可能になり、米国は手を出しにくくなる。中国はこれから5〜10年の間に能力をつけて機会を狙う。
今は抑止できている。日本の抜本的な防衛力強化は中国を追いつかせず、日米両国と台湾による抑止力を維持する意味がある。
①今回の国家安全保障戦略など安保関連3文書は初めて、脅威に対抗できる防衛力をつける「所要防衛力」になっている点が非常に重要だ。
沖縄県・尖閣諸島の周辺で活発に活動する中国海警局の船舶に対処するには②本来は海上保安庁法を改正して、海保にも領域防衛の任務を一部負担してもらう方が良い。
海保が劣勢だからといって海上警備行動で海上自衛隊の艦艇を出せば、日本が事態をエスカレーションさせたという口実にされる可能性がある。③海保への任務や装備の付与に踏み込めるかどうかは引き続き課題になる。
弾道ミサイルや極超音速ミサイルを迎撃するのは難しくなってきており、政策判断として相手の拠点をたたく「反撃能力」を持つと決めたのは正しい。
巡航ミサイルはレーダーや司令部をたたくにはよいが、戦闘機が飛べないように滑走路に大きな穴をあける力はない。防衛省・自衛隊が弾道ミサイルに匹敵する破壊力がある極超音速誘導弾を開発・保有できればインパクトは大きい。
日本自らの防衛力は高めつつ、日中関係は安定するにこしたことはない。20年4月には習氏が国賓待遇で来日する予定だったが、新型コロナウイルスの影響で延期になった。招待状の効力はまだ残っている。
中国は日本の排他的経済水域(EEZ)内に弾道ミサイルを撃ち込んだ。日本は言うべきことを言い続け、それでもお互いに安定に向けて努力する状態が望ましい。
……』
この記事は典型的な政府のプロパガンダである。先ずこの記事を読み解くまえに、幾つか日本の安全保障にとって重要な事実に付いて『日米指揮権密約の研究』を引用して確認することにする。
第一、日米安全保障及び行政協定で、日本は主権を失う約束をした
1951(昭和26)年9月6日、サンフランシスコ講和条約締結と同時に「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(旧安保条約)を締結した。その旧安保条約には、次の条項が含まれていた。
「……
第三条(細目決定)
細目決定は両国間の行政協定による。
……」
つまり、旧日米安保条約では実際の運用に関しては「行政協定」を結んで詳細を決めることになった。その行政協定は、翌52年1月から交渉が始まった。
交渉に先立ち、米統合参謀本部は、旧安保条約締結から三ヵ月後の1951(昭和26)年12月18日、国防長官に機密の覚書を送り、戦時には極東アメリカ軍司令官が「統合軍」(Combined forces)が日本国内のすべての軍隊を指揮することになるという見解を示した。
ちなみに統合軍とは、米軍と「日本軍」をひとつの軍隊とみなし、その全体を米軍司令官が指揮するという「統一指揮権(Unified command)]の存在を前提とした概念である。日本政府の文書では。それを保持する主体としての「(日米)統合司令部」という表現をすることがおおい[1]。
またこうも証言していたとされている。アメリカ側交渉団の団長であるラスクは、日米交渉に先だつ1952(昭和27)年1月12日に、アメリカ下院外交委員会の極東・太平洋小委員会の聴聞会で次のように証言している[2]。
『……
米軍の司令官が日米のすべての軍隊の指揮をとるという前例のない権利を、この交渉によって確保する予定である。
……』
この公聴会では、そのほかにも次のような証言も飛び出していた[3]。
『……
われわれは日米安保条約で、きわめて重要で前例のない権利を日本からあたえられている。その意味は、日本の安全に関しては、われわれの側にはなんら義務がなく、ただ権利だけがあたえられているということだ。その意味でこの条約は、ダレスが言ったように片務的なものである
……
日本かアメリカか、いずれかが戦争に直面しているか、あるいは戦争が迫っていると考える状況では、アメリカが統合司令部を確立し、司令官を任命することが合意されるであろう
……』
日本は旧日米安保条約を締結するときに、日本の主権である国防権を「自衛隊の指揮権を移譲する」つまり「アメリカには何ら義務のない権利」として売渡たす約束をしてしまった。
第二、自衛隊に指揮権がない
流石に日本の国防権を売渡すと条約文中に記載できないため別に「行政協定」で詳細を決めるとして重要な部分を隠蔽することにした。そして、1952(昭和27)年1月29日から行政協定の交渉を開始している。
同協定の交渉記録は、アジア歴史資料センターに『日米行政協定締結交渉関係 第1巻』内に『交渉経緯/(1)第一次日米交渉における行政協定案 昭和26年2月』(Ref.B22010299700)として残されている。交渉記録の作成開始時期が昭和26年2月とあることから、同協定が講和条約と旧日米安保及び1950(昭和25)年に始まった朝鮮戦争と密接な関係にあることが伺い知ることができる。それら記録のなかに「集団的防衛措置」とする章がある。
『……
第四章 集団的防衛措置
(一)日本国域内で、敵対行為又は敵対行為の緊迫した危険が生じたときは、日本国地域にある全合衆国軍隊、警察予備隊及び軍事的能力を有する他のすべての日本国の組織は、日本国政府と協議の上合衆国政府によって、指名される最高司令官の統一的指揮の下に置かれる。
……』
警察予備隊(自衛隊)及び「軍事的能力を有する他のすべての日本国の組織」つまり海上保安庁は、緊急時にはアメリカ軍の指揮下に入ることになって、その戦域は極東なのである。この条項は、その後、整理されて第24条としてまとめられた。
『……
第二十四条
日本区域において敵対行為または敵対行為の急迫した脅威が生じた場合には、日本国政府及び合衆国政府は、日本区域の防衛のため必要な共同措置をとり、かつ安全保障条約第一条の目的を遂行するため直ちに協議しなければならない。
……』
と、指揮権はアメリカ軍が握ることは記載されずに密約となった。この条約及び協定は締結後、70余年たった現在も生き続けているのだ。
第三、海上保安庁は軍事力ではない
ところで、行政協定で有事には海上保安庁もアメリカ軍の指揮下に置かれることになっている。ところで海上保安庁には、海上保安庁の設置、組織、海上保安官の権限などを定めた海上保安庁法(昭和23年法律第28号)がある。注目すべきは同法第25条である。
『……
第二十五条 この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。
……』
つまり同法では、海上保安庁は軍隊ではないと定められている。
第四、近年の海上保安庁法に関する動向
近年、海上保安庁が問題になった事例がある。それは『「令和4年日本国国防方針」批判」で取り上げてきた「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」である。
令和4(2022)年10月20日、同有識者会議は第二回を開催している。その中で海上保安庁は「空港・港湾における自衛隊の利用状況及び安全保障における海上保安庁の役割」とする資料を提出している。
『……
○海上保安庁は、現行法に基づき、尖閣領海警備等を適切に実施。武力紛争への発展を回避する観点からも、我が国安全保障において重要な役割を担う。
○新たな国家安全保障戦略の策定に併せて、海上保安体制をより一層強化するとともに、関係機関との連携強化を図ることが重要。
……』
具体的には次の二点を挙げている。
『……
・平成28年に関係閣僚会議で決定した「海上保安体制強化に関する方針」に基づき、巡視船・航空機の増強等の体制強化を推進
・自衛隊等の関係機関との連携を一層強化
・外国海上保安機関との連携・諸外国への能力向上支援を推進
……』
とある。同有識者会議で国交省が所管する海上保安庁を行政協定の定めに従い緊急時にはアメリカ軍の揮下に置かれていることを、言葉を選びながら認めている。次いで、令和4年11月9日、同有識者会議第三回で識者会議として論点を整理するために開催された。その会議で海上保安庁関係者として佐藤雄二元海上保安庁長官であった「佐藤元海上保安庁長官提出資料」とする資料を提出している。
『……
2 海上保安庁の能力強化の必要性について
○ 我が国の基本的価値観の一つである「法の支配」、その担い手である海上保安庁は、戦後、海上法執行機関として創設され、海上で発生した様々な国際問題に対し、一貫して法に基づき冷静かつ適切に対処することにより、事態をエスカレートさせることなく、平和的に収めてきた歴史と実績(海上法執行機関の重要性と安全保障上の抑止力としての機能)
○ 現在も、尖閣諸島をはじめ、北方四島、日本海大和堆、竹島などの海域において日夜、外国の公船、調査船、漁船等と対峙。平時における「平和の盾」として、最前線で活動
……』
直ぐにお気づきであろう。佐藤も「法の支配」を海上保安庁の能力強化を強化する根拠の一つにあげているのだ。佐藤は「自衛隊の指揮権を移譲する」という日本の主権が失われえた不平等な状態も「法の支配」だと言っているのだ。佐藤はなんと隷属的な意見の持ち主なのだろうか。
ところで、このように資料を提出する佐藤の肩書が、前職となっている。有識者会議を開催したときに参考資料を提出したのは国交省であった。しかし、第三回会議に参考資料を提出したのは国交省ではなく個人意見である。いかなる理由で国交省の意見として提出しなかったのだろうか。その理由は、会議の前日2022/11/8、産経新聞「非軍事性「重要な規定」 国交相、海保法25条めぐり」とする記事で疑問が氷解する。
「……
斉藤鉄夫国土交通相は8日の閣議後記者会見で、海上保安庁が軍隊として活動することを否定している海上保安庁法25条に関し「警察機関である海保が非軍事的性格を保つことを明確化したものだ」と指摘した。沖縄県・尖閣諸島の領海警備に触れ「法にのっとり、事態をエスカレートさせずに業務を遂行する重要な規定だ」とも述べた。
外交・安全保障政策の長期指針「国家安全保障戦略」など3文書改定の議論では、自民党から25条撤廃の主張が出ている。斉藤氏はこれまでの国会答弁でも同様の認識を示してきた。
……』
やはり海上保安庁を所轄する国交省と元長官では意見が割れていたのだ。これで外務省が開催した有識者会議は、海上保安庁に関しては海上保安法第25条を廃止して有事の際に戦力としてアメリカ軍指揮下に提供するため国内法を改定しようとしていたのだ。つまり有識者会議の本質は、日本の有事とは無関係に自衛隊と海上保安庁を「ご自由にお使いください」とアメリカ軍に提供するように政府に提言することだったのだ。なんという日本政府の悪巧みであろうか。言葉に詰まる思いである。
海上保安庁保法第25条を廃止するという議論はいつ頃から始まったのか調べてみた。
この論議が出てきたのは、2021年である。
2021/3/26、産経新聞「海保法に「領海保全任務」明記を 尖閣防衛強化で自民議連提言」で確認できる。
『……
自民党の国防議員連盟(会長・衛藤征士郎元衆院副議長)は26日、尖閣諸島(沖縄県石垣市)防衛を強化するための法整備に関する提言骨子をまとめた。
法的課題の克服として、海上保安庁法を改正し「領海保全任務(仮称)」を明記することを求めた。議連事務局長の佐藤正久参院議員は「領海保全措置という形で危害射撃を整理すべきだ」と強調した。
また、警察と陸上自衛隊の連携を切れ目なく行うため、自衛隊法の改正も提起。新たに「領域警備行動」を付与することで、尖閣諸島への陸自の事前展開を可能にする狙いだ。
事態がエスカレートすれば、自衛隊に対する防衛出動の発令も必要となるため「発令手続きの迅速化を検討すべきだ」とも指摘している。
……』
この記事を読んで明らかのことは、25条の廃止を提言したのは衛藤征士郎なのである。衛藤といえば、根っからの犯罪者集団統一教会が支援した議員であり、日韓海底トンネルの関係者なのだ。
ここまで冒頭記事の背景を確認すると、その言わんとすることが明らかになる。
① 日米安保条約の定めにより自衛隊及び海上保安庁を戦力とすることが重要だ。
② そのためには海上保安庁法第25条を、憲法違反を覚悟のうえで改定、若しくは、削除する必要がある。
③ そして海上保安庁所属艦艇の装備を強化して、日米安保で取り決めたとおりに自衛隊と海上保安庁を共に海外派遣ができるようにする。
となる。
つまり、冒頭記事に登場する松田康博東大教授は、売国政党である自民党が推し進める安全保障という売国政策をさらに強力に推し進めることが重要であると「提灯記事」で扇動しているのだ。
あさましい記事である。私たちはこのようなプロパガンダに騙され第二の敗戦とならないように気を付けなければならない。そのためには、現在の日本の主権を奪っている行政協定(日米地位協定)を継続しないことである。継続しない鍵は、行政協定(日米地位協定)は条約ではなく協定であるという点にある。そして、自由民主党と統一教会及びこれらに同調する野党が連立して政権に付くようなことがないようにすることであろう。
そのリトマス紙は、候補者の政権公約に「憲法改正に賛成」とあったならば、それは売国政党自民党の翼賛議員であることに間違いない。なぜならば日本が治外法権に置かれているにも拘らず憲法を改正することは、彼らが憲法改正の根拠としている「占領軍による押し付け憲法」という主張通りに自ら進んで賛成するという逆説(paradox)に他ならない。
憲法改正論議は、日本が主権を回復した後にすべきことのはずである。
(近藤雄三)(第二回終了)
[1]末次靖司『日米指揮権密約の研究』創元社(145頁)。
[2]同上書(146頁)。
[3]同上書(147頁)。
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