昭和43年学習指導要領にはあった「国家・社会の発展に尽くす」や「家庭、社会、国家への愛情」などが削除されるなど大幅に改悪された昭和52年学習指導要領は、海部俊樹文部大臣(当時)によって告示されましたが、その改悪作業は昭和49年に行われており、その時の文部大臣が永井道雄であった。
永井道雄は、朝日新聞の論説員を努めており、同時に日教組の講師であった。そのため、日教組や朝日などの左翼に都合の良いに改悪された。このとき、文部省はかなり骨抜きとなっていたが、それでも、永井道雄が文部大臣となっていなければ、学習指導要領も少し文言が変わる程度で劣化版となる可能性は十分あるが、今日の教育の危機を生み出すことはなかっただろう。痛恨の極みである。
今の学習指導要領は改悪後の物が元となっており、教科書の正常化には全く役に立たない。もともと、昭和52年の改訂後、危機感を覚えた職員が必死になって作成した平成元年学習指導要領では大幅に改善されたが主軸が昭和52年のものなのでやはりダメだった。その後もその枠組みでの改訂が試みられるが平成5年頃には、教育問題が次々に吹き出る異常事態となり、このまま進めば、日本は亡国に至るという危機感が強まり平成18年に教育基本法の改正が行われた。しかしながら、文科省だけが、昭和52年改悪学習指導要領を引きずっており、一向に正常化できない。教育基本法を再改正する同時に、文科省の立て直しに取組み、教育再生会議などの復活も図り、学習指導要領を再生し、日本の教育を正常化しよう!
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