前回は「写本のすすめ」だったが、今日は何でも「書くことのすすめ」。
どちらもアウトプット作業です。まあ、同じことになりますがクドクドと今日も書いておこうと思います。
みなさん日記書いてますか。
日記をつけることは記憶の確認、定着に大きな効果があることが知られています。
私もかれこれ25年くらいは日記を書いています(エクセル管理)。
私の場合、脳の記憶容量が他人よりも小さいようで、何せ忘れっぽいと家でも職場でも注意されます。
もちろん1ヶ月以上前の古い話などほとんど覚えていません。
すでに見たはずの映画を再度新鮮に見ることができます。
そのたびに周り中からあきれた顔をされます。
(小学校のころは「アメニモマケズ」をクラスでたった一人暗誦できずに、外が暗くなるまで教室に残されたこともありました。つらい出来事だったから、いかな私でも覚えています)
自分には、やばい欠点がある。何とかしなきゃ仕事でも迷惑をかけちゃう、ってなわけで
最初は手帳にせっせとその日の記録をつけてたんですが、いかんせん字が汚いし記入欄も数行しかない。
そんなことだがら、日記をパソコンで管理ができるようになったときは、私、救われた気がしました。
ああ、懐かしきウインドウズ95。IBMのデスクトップをすぐに購入しましたっけ。
あの当時は、ほんと感動しました。
それまで何とかパソコンを自分の仕事に活用したい、と願ってはいても、
MS-DOSとかいうプログラム言語が厚い壁となって手が出ず、
すでに操作できる人は自慢するばかりで、一向に素人に教えようなんて気はないし、
うーん困った、とにもかくにもワープロで慣れておくか、てな具合に職場でもややあきらめ気味でしたもんね。
でも、ウインドウズ95が出て以降、日記がパソコン管理できるようになり、
文章で細かく記録することで、少なくとも重要と思われる事案だけは記憶に残せるようになりました。
さらに有難かったのは、日記に検索を入れると、すでに忘れてしまっていたことでもちゃんと確認できること。
しかも時系列に。
今では当たり前のことになっているけど、それまで「検索」なんてできなかったんですよ。
これで自分に足りなかった能力をコンピュータに助けてもらえる。
しかも記憶力のよい人よりも細かく記録を残すことができる。
ほんと私のためにパソコンができたのだ、としか思えなかったな。
これに味をしめた私は、近い将来急速に普及するであろうAI(人工知能)についてもフルに活用したいと心待ちにしております。
何せ自分に足りないものは多々ありますから、そこは優れもののAIを全面活用しようというわけです。
どんな活用方法があるかは未定ですが、囲碁の人工知能「アルファゼロ」のように、我々をより高みに導いてくれることは間違いないでしょう。
「人間」と「コンピュータ」、さらにそれを搭載した「ロボット」がうまく共存できる社会が実現されることを願っています。
いかんいかん。まったくわき道に話がそれてしまった。
今日のテーマは、アウトプットのすすめです。
ちなみにこのブログもアウトプット作業の一つです。
これによって記録や記憶できる効果だけではなく、書くことで自分の脳を鍛える効果が期待できます。
たとえば、京都市立堀川高校の例があります。
1999年まではごく普通の私立高校で、進学も国立に10名程度しか通らなかった高校です。
高校再編したときに「探求科」なるコースを新設し、2年次までに各自自由にテーマを決め「卒論」を仕上げることを義務付けたそうです。
するとこれをやり遂げた生徒たちが急速に成績を伸ばし、なんと一気に100名余も国立大学に受かることとなりました。
この結果は、「卒論」を仕上げる中で、生徒自身が主体的かつ能動的に調査し、課題を見つけ、解決策を検討し、
それらをまとめて書き上げる力を身に着けたことが大きいといいます。
卒論を仕上げるには、まず基本的知識を身につけるため、テーマに沿って数多くの関連本を読まなければなりません。
加えて、そこからひとつの論文の形にまとめ上げていく構想力も必要になります。
ひたすらインプットし、自分の言葉でアウトプットする。
これが考える力を身に着ける最良の方法といえるように思います。
大学だってそうでしょう?
教授の指導の下、査読を受けながら卒論を書きあげる。
これが大学で学ぶことの一番大きな意義と言っていいんじゃないかな。
ひとつのテーマにあらゆる角度から光を当てて、自分なりのひとつの結論を導き出す作業。
これを経験したかしないかは、その後の人生に大きな意味を持つと思いますよ。
人生は、良質なアウトプットができてこそ意味がある。
ただ吸収するだけでは、ほとんど意味はなさないですから。
これを社会に還元して、はじめて社会貢献したといえる。努力した甲斐があったといえる。
こつこつ勉強し、自分の成長を楽しむ。
その成果は必ず社会貢献に生かす。それこそが自己研鑽に励むことの最終的目標といえると思います。
努力とは自分のためにするものではないのです。
私も普段、雑多にインプットしているわけですけど、アウトプットとなるとなかなか難しい。
決まったテーマを持っているわけじゃないものね。一貫性が無いというか。。
とはいえ、来年もできるだけせっせとブログを書いていきたいと思っています。
今年は生まれて初めてのブログに挑戦してみました。
一つあげるごとに充実感があって、なかなか楽しいではないですか。
来年も気ままに、気軽に、そして誰にも気兼ねすることなくブログを書いていきたいと思っています。
もしよろしかったら来年もまたこのブログにお寄りください。
では、よいお年を~。
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どちらもアウトプット作業です。まあ、同じことになりますがクドクドと今日も書いておこうと思います。
みなさん日記書いてますか。
日記をつけることは記憶の確認、定着に大きな効果があることが知られています。
私もかれこれ25年くらいは日記を書いています(エクセル管理)。
私の場合、脳の記憶容量が他人よりも小さいようで、何せ忘れっぽいと家でも職場でも注意されます。
もちろん1ヶ月以上前の古い話などほとんど覚えていません。
すでに見たはずの映画を再度新鮮に見ることができます。
そのたびに周り中からあきれた顔をされます。
(小学校のころは「アメニモマケズ」をクラスでたった一人暗誦できずに、外が暗くなるまで教室に残されたこともありました。つらい出来事だったから、いかな私でも覚えています)
自分には、やばい欠点がある。何とかしなきゃ仕事でも迷惑をかけちゃう、ってなわけで
最初は手帳にせっせとその日の記録をつけてたんですが、いかんせん字が汚いし記入欄も数行しかない。
そんなことだがら、日記をパソコンで管理ができるようになったときは、私、救われた気がしました。
ああ、懐かしきウインドウズ95。IBMのデスクトップをすぐに購入しましたっけ。
あの当時は、ほんと感動しました。
それまで何とかパソコンを自分の仕事に活用したい、と願ってはいても、
MS-DOSとかいうプログラム言語が厚い壁となって手が出ず、
すでに操作できる人は自慢するばかりで、一向に素人に教えようなんて気はないし、
うーん困った、とにもかくにもワープロで慣れておくか、てな具合に職場でもややあきらめ気味でしたもんね。
でも、ウインドウズ95が出て以降、日記がパソコン管理できるようになり、
文章で細かく記録することで、少なくとも重要と思われる事案だけは記憶に残せるようになりました。
さらに有難かったのは、日記に検索を入れると、すでに忘れてしまっていたことでもちゃんと確認できること。
しかも時系列に。
今では当たり前のことになっているけど、それまで「検索」なんてできなかったんですよ。
これで自分に足りなかった能力をコンピュータに助けてもらえる。
しかも記憶力のよい人よりも細かく記録を残すことができる。
ほんと私のためにパソコンができたのだ、としか思えなかったな。
これに味をしめた私は、近い将来急速に普及するであろうAI(人工知能)についてもフルに活用したいと心待ちにしております。
何せ自分に足りないものは多々ありますから、そこは優れもののAIを全面活用しようというわけです。
どんな活用方法があるかは未定ですが、囲碁の人工知能「アルファゼロ」のように、我々をより高みに導いてくれることは間違いないでしょう。
「人間」と「コンピュータ」、さらにそれを搭載した「ロボット」がうまく共存できる社会が実現されることを願っています。
いかんいかん。まったくわき道に話がそれてしまった。
今日のテーマは、アウトプットのすすめです。
ちなみにこのブログもアウトプット作業の一つです。
これによって記録や記憶できる効果だけではなく、書くことで自分の脳を鍛える効果が期待できます。
たとえば、京都市立堀川高校の例があります。
1999年まではごく普通の私立高校で、進学も国立に10名程度しか通らなかった高校です。
高校再編したときに「探求科」なるコースを新設し、2年次までに各自自由にテーマを決め「卒論」を仕上げることを義務付けたそうです。
するとこれをやり遂げた生徒たちが急速に成績を伸ばし、なんと一気に100名余も国立大学に受かることとなりました。
この結果は、「卒論」を仕上げる中で、生徒自身が主体的かつ能動的に調査し、課題を見つけ、解決策を検討し、
それらをまとめて書き上げる力を身に着けたことが大きいといいます。
卒論を仕上げるには、まず基本的知識を身につけるため、テーマに沿って数多くの関連本を読まなければなりません。
加えて、そこからひとつの論文の形にまとめ上げていく構想力も必要になります。
ひたすらインプットし、自分の言葉でアウトプットする。
これが考える力を身に着ける最良の方法といえるように思います。
大学だってそうでしょう?
教授の指導の下、査読を受けながら卒論を書きあげる。
これが大学で学ぶことの一番大きな意義と言っていいんじゃないかな。
ひとつのテーマにあらゆる角度から光を当てて、自分なりのひとつの結論を導き出す作業。
これを経験したかしないかは、その後の人生に大きな意味を持つと思いますよ。
人生は、良質なアウトプットができてこそ意味がある。
ただ吸収するだけでは、ほとんど意味はなさないですから。
これを社会に還元して、はじめて社会貢献したといえる。努力した甲斐があったといえる。
こつこつ勉強し、自分の成長を楽しむ。
その成果は必ず社会貢献に生かす。それこそが自己研鑽に励むことの最終的目標といえると思います。
努力とは自分のためにするものではないのです。
私も普段、雑多にインプットしているわけですけど、アウトプットとなるとなかなか難しい。
決まったテーマを持っているわけじゃないものね。一貫性が無いというか。。
とはいえ、来年もできるだけせっせとブログを書いていきたいと思っています。
今年は生まれて初めてのブログに挑戦してみました。
一つあげるごとに充実感があって、なかなか楽しいではないですか。
来年も気ままに、気軽に、そして誰にも気兼ねすることなくブログを書いていきたいと思っています。
もしよろしかったら来年もまたこのブログにお寄りください。
では、よいお年を~。
