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東武佐野線沿線CITY-GUIDE 〔カテゴリーからお入り下さい〕

こならの森116号

2008-04-29 | 101号~200号
       ■こならの森116号■1997.12発行

表紙 「三毳山定点」

C・o・n・t・e・n・t・s

■こならの森1月号■

おぞねとしこのポエム…いぬたで……3p
その他の情報…/猫バス40……4p
結婚(誕生)…広瀬さん夫妻…5p
現代国語…せい……6p
知らんの5つの市/……オーガスタ……7p
歴史講座 第8回………8-17p
JC・JOURNAL………18-19p
インフォメーション97………20-23p
両毛神楽物語………24-25p
海棠市子の映画評……………26p
書評・絵本紹介………………27p
協賛店マップ………28-29p
新・こならの森から…………………30p

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【本文抜粋記事】

歴史講座 第8回

@縁切寺のコンセプト
 悪縁と縁を切らないと幸せにならない。縁結びも重要だけれども、縁切りの方が重要だというコンセプトで仕事をしています。資料館の電話番号も変わっていて、尾島局の2276です。『夫婦になろう』という。夫婦でくると、『夫婦なかむつまじく』という電話番号なんです。夫婦でくれば仲睦まじくなり、独身の人は結婚できる資料館だといっている。そんな話をしていると、今日の話を全くしないで終わりになってしまいますので止めます(笑)。
@離縁状の値段は『高木値段』
 現在、離縁状の値段が高くなっているということです。なぜ高いかというと、私が『三くだり半』等の本を書いたからなんだそうです。離縁状の値段は古本屋さんに言わせると『高木値段』だということです。
 ここに栃木県内の離縁状がありますが、実におもしろいものです。未だに縁切り状と言うそうです。栃木県史の史料の目録に縁切り状と書いてある。ですが本物を見ると、そうとは書いてない、離縁状と書いてある。ところが目録を採録する先生が離縁状を見ると縁切り状と書く。その先生の頭の中には、離縁状は縁切り状とインプットされている。茂木とか市貝からも『縁切り一札』と書かれたものが出てくる。それから「鴛鴦(おしどり)」という言葉を離縁状に使うのは栃木だけなんです。
 足利市の周辺では、『明日』と言う言葉を使う。明日を期せず、今からでもいい。これが特長なんです。ですから場所が書いてなくても、足利周辺だということが分かる。
 離縁状から見た江戸の女、離縁状からみてもかなり逞しく生きたということが分かる。
 江戸時代は専権離婚だと言われている。女は離縁状を貰って泣く泣く実家に帰る。その泣く泣くというのは、最近では私も納得している。泣く、泣くというのは嬉し泣きで帰っているんです(笑)。悔しかったり、悲しかったりしていない。あんな亭主と別れてせいせいした、と言って涙をポロっと流して実家に帰る。これが高木説です。