K.H 24

好きな事を綴ります

僕らは崩壊するのか?再生出来るのか?②

2020-03-06 12:48:00 | 小説



②再構成、始まる。

 猿轡を噛まされて、手脚の自由も奪われ、蓑で固めらた二郎はどうにか剥ぎとろうと踠いてる。身体を代えながら。
 ストレッチャーで二郎を運ぶ翔子と宮里ら特テロ室の4人は、慌てて駆けつけた医局長で外科医の室井すず子に精神科病棟の保護室に運ぶよう指示された。エレベーターに乗り、3階まで上がった。この病棟はセキュリティが完備されてて、いちいち電子制御の暗証番号か、ナースステーションにあるコントロールパネルで解錠しなくては外から入る事が出来ない。勿論、医局長は暗証番号を知っており、4つの数字を扉の側に設置されてるテンキーに入力して病棟内に入って行った。
 ここは常日頃、二郎が精神科医として働く場であった。踠いてた身体の動きはいつの間にか小さくなっていた。保護室に入ると、室井医局長は拘束着の袖のファスナーを開け、安定剤を注射器で投与した。
「これで落ち着くかな。みなさんご苦労様です。私は君らの上司の室井達郎の姉です。二卵性双生児です。」
 室井医局長は安心した表情で翔子達に言った。
「そうだったんですか医局長。室長と同じ苗字だったけど、外見は似てないので親戚かも知れないなと思った事はありましたが、まさか双子とは思いも寄りませんでした。」
 翔子は驚いた。
「室長も我々もプライベートの事までは滅多に話さないので。」
 辰吉も驚き、宮里と鬼龍院とで顔を見合わせた。
「実は、林田先生がイタリアから帰って来て、令高大病院からここへ職場を変える時、達郎と一緒に私のところに来たのよ。そして、こうなる可能性があるって相談に来たの。人事面は私、関われないから、そんなリスクがある人物を抱えたくはなかったんけど、達郎が珍しく私に対して低姿勢だし、林田先生の事を信頼出来る人物だって言うし、林田先生自身はこんな時のための治療プランを作って、その書面を私に持って来たわ。そろそろ拘束着脱がしてあげようか。」
 一旦、室井医局長の話しは中断した。
「医局長ありがとうございます。お手数おかけします。眠いです。」
 二郎は投薬によって我に替える事が出来、猿轡と拘束着からも放たれ自由になったが、傾眠状態に陥った。
「林田先生は、精神安定剤を投薬されるとこうなるって言ってたわ。神経系の疲労ね。本人が見せてくれたんだけど、頭のMRI画像で、運動野と感覚野、海馬と扁桃体、この四箇所の体積が一般的な人より倍以上になってるの。六人格だから、身体も変容しちゃうしね。その部分の神経核の酸素やブドウ糖、ケトン体の消費。それと、特に骨格筋を瞬時に生成したり、アポトーシスさせたりで超人的体力、超人的生理機能を発揮するのよ。定性的な仮説だけど。要するに、脳も身体もオーバーヒートしちゃうのよ。だから、神経細胞を休ませるために睡眠に陥る。そして、目が覚めたら3大栄養素をしっかり取らなきゃいけないの。そうして身体のコンディションが整ったら人格を整理するために林田先生にカウンセリング。と言ってもアドバイスになるかな。今、6人格で行動してるからその人達が他の名無しの人格達を統合しようとするはず。そのアドバイス。梅木さん、あなたの仕事よ。それと、その名無しの人格達は、攻撃的な人も居るから特テロ室のみんなも一緒についてた方が良いね。梅木さんも合わせて六人居れば大丈夫でしょ。みんな格闘技で身体鍛えてるんだから。多少の怪我は覚悟ね。死人がでないようにしてよ。防犯研究所にもまだ格闘家居るでしょ、必要ならその人達を呼んで。私は、監視カメラで見てるから。宜しく。林田先生を救ってあげなきゃテロリストには勝てないぞ。命がけの仕事、腹括っていきましょう。じゃあ私は、薬や食事箋とか電子カルテ作るから。」
 室井医局長は、目力強く男前に言い放って、保護室から出て行った。
「みなさん、宜しくお願いします。私、実は3人なんです。こんな状況なので、ちゃんと話しておきます。治療経験があります。それで、3人格に落ち着きました。大変でしたよ。何人かに分かれてたんですけど。高校生の頃に落ち着きました。翔子は真面目な子でですね。ユキと言います宜しくお願いします。そう、翔子姉ちゃんは真面目なのよぉ。私は永遠の17歳の杏です。隠すつもりじゃなかったんですけど言う必要もなかったので。でも、これからは私の経験が生かされるかも知れません。宜しくお願いします。」
 目が点になった。宮里と辰吉、鬼龍院。言葉にならない。
「梅木さん、、。ま、全く気づきませんでした。ご苦労なさったんですね。」
 4人の中の時間が少し止まり、宮里が声を詰まらせながら話し出した。
「で、で、でも、経験者が居るんだから心強いです。む、む、室井医局長は知ってるんですか?」
 辰吉は吃った。
「私は直接話してない。二郎君も言ってないと思う。それはそうと、これからどう取り組んで行くか。みなさんは、車の中で二郎君が暴れ出した時の声、覚えてます?あれは六人格の誰でもない人達だと思うの。3人以上の声が重なってたように聞こえたけれど。」
 翔子とユキと、続けて言った。
「複数の人格が同時にって事ですか?」
 鬼龍院は聞いた。
「そう、5人だったよ。後、3人は居るよ。ヤバぁいわよ。こんな広い部屋ならやられちゃうかも。杏、そんなに居たの?先ずは、和久井さんと大垣さんもここへ呼んだ方がいいわね。美里とサキ、加藤さんもね。」
 杏とユキが言った。
「連絡してみます。鬼龍院、益田さんとこに電話してくれないか。」
 宮里が言った。
「辰吉さん、申し訳ないですが、二郎君のお弁当買って来てもらえます。焼き肉弁当お願いします。3人前で。あっ、辰吉さん、暗証番号です。」
 翔子は自分の名刺の裏に2960と書いて1万円札を一緒に渡して、買い物を頼んだ。
 その後、二郎が目を覚ました。
「深く眠れた気がする。どれだけ眠ってた?」
 翔子に言った。
「1時間くらいかしら。お腹空いたでしょ。そろそろ辰吉さんが焼き肉弁当買って戻ってくると思う。後、和久井さんと大垣さん、美里さんとサキちゃんも来るよ。あっ、加藤君も。」
 翔子は言った。
「そうだな。お腹空いた。みんな来てくれるのか。申し訳ないな。」
 二郎は言った。
 程なくして辰吉が戻って来て、二郎は弁当を食べ始めた。周りはツバをゴクリとするのが殆どだった。
「ご馳走様でした。辰吉さん、旨い弁当でした。久し振りに口にする食べ物なので、今日はこれくらいが良いと思います。全く手を付けて無い2人分の弁当は、どうぞみなさんで召し上がって下さい。」
 二郎は冷静だった。
「そうだったね。急にはこんなに食べれないね。じゃあ、次郎君が残したのは私食べます。この2つは、辰吉さん達でどうぞ。」
 翔子は罰の悪い表情で言った。
「翔子、医局長は薬箋出すって言ってた?」
 二郎は翔子に確認した。
「はい、カルテに入力するって言ってたよ。」
 翔子は答えた。
「翔子、食べ終わったらでいいから、ナースステーションに行って、セロトニントランスポーターインヒビター50mg を2錠もらって来てくれない。それだけは飲んでたいんだ。」
 二郎は言った。
「お医者さんだ、その薬、長い名前ですね。どんな薬何ですか?」
 宮里は医師である二郎の一面を見て感心していた。
「商品名はなんていったかぁ、ストレス耐性を高めてくれる薬で、セロトニンって言う物質の血中濃度を高めるものです。今、僕はストレッサーにSensitive になってますから。6人格以外が出てくるのはストレスに耐えられなくて、発作みたいなものなんです。車の中ではすみませんでした。その薬を飲んでれば、幾分は発作も軽くなると思います。」
 二郎は答えた。
「ほーっ、色んな薬があるんですね。僕なんか風邪薬くらいしか知らない。セロトニンでしたっけ、後で調べてみます。」
 宮里は興味深そうな顔を見せた。
「行ってくるね。」
 翔子は二郎が食べ残した焼き肉弁当をシャシャっと食べ終わるとナースステーションに向かった。
「みんな来てくれたわ。二郎君、はい、お薬。」
 翔子は、特テロ室の和久井と大垣、神路姉妹と加藤を保護室まで案内して、薬を二郎に渡した。
「こんな所ほんとにあんだねぇ。ターミネーターのサラ・コナーになった気分。」
 保護室に入って来たサキの第一声は、別世界に連れ込まれたかのような笑顔と不安が混ざり合った表情をだった。
「ほんとだ、映画の世界だ。」
 加藤もサキと同じようにな表情を見せた。
「サキ、二郎君が大変な状態で運ばれて来て、みんなで協力して治療するんだから、冷静になんなさいよ。はしゃがないで。」
 美里はサキを叱るかのように言った。サキは平気な顔だったが、加藤は顔を赤らめた。
「みなさん、集まって頂いてありがとうございます。こんな時が来るだろうと思ってました。ずっと、拘束着を着せられる人生になるかも知れないと思った事もあったのですが。なんとか乗り越えられるかもって感じです。そこで、みなさんに協力して頂きたいのは、室井医局長は僕の中の6人格以外の連中の凶暴性が計り知れないので、あのように言って下さったと思うのですが、恐らく、搬送車で起こったような事態には今後はならないと思います。流石に、100%とは言いきれませんが。危ない時は、僕を押さえ付けて安定剤を筋注で構いませんので。」
 体力が戻りつつある二郎は、集まった仲間達に落ち着いて話し始めた。
「それで、僕の今の状態、身体の状態ですが、体力的にこれまでのように6人格が入れ替わるのが難しくなってます。身体まで変容するようになったので、一文字さんや歌音、シンジ君、アヤナミ、そして佐助達は、僕と代わるのを控えてます。その代わり、眠り込んで居た人格が束になって覚醒してしまうと言う状況です。これが計り知れない恐ろしさなのです。杏ちゃんが言ってくれましたが、僕が確認出来てるのは12人です。なんとか眠らせてましたが、姫子さんの死がきっかけでした。姫子さんが逝ってしまった悲しみがきっかけです。その悲しみは僕の心に大きな負担になってたようです。イタリアから帰って来て気がつきました。その後、数日前ですかね、学生の頃の知り合いだった女性がシングルマザーになってました。その子が務める食堂に翔子と行ったのですが、亡くなった旦那さんと写ってる写真がありました。それを見た時、ロンタイ壊滅の事前調査でアヤナミが襲って、情報を聞き出した男でした。その男を直接殺めた訳ではないのですが、僕らが殺してしまったと思いました。そのショッキングな事が僕の中でこれまで眠りについてた人格を覚醒させてしまったようです。抑えきれなかった訳です。」
 二郎はここまで話しをすると、言葉が止まり、少し顔が青ざめて来た。
「二郎さん、少し休んだら。私達、時間あるから大丈夫よ。」
 冷静に美里は言った。
「コーヒーでも飲むか?」
 加藤は、自分の鞄から無糖と微糖の缶コーヒーを出した。
「ありがとう加藤、砂糖が入ってるやつ、もらおうかな。」
 二郎は、加藤から微糖の缶コーヒーを受け取りプルタブを開けて一口飲んだ。
「ふう、病み上がりはきついね。」
 二郎は一言添えた。
「そうよ、ジロちゃん。心臓止まっちゃったんでしょ。ゆっくりでいいよ。」
 サキは優しい表情で言った。翔子は二郎の背中をゆっくり軽く摩ってあげた。他の人達も優しい表情を向けた。
「林田さん、ほんと、真面目な人ですね。それと、誠実で、私達、林田さんを応援してますから。」
 大垣が言った。
「それに、元気になったら、またトレーニング一緒にしましょう。無理は禁物ですよ。今は。」
 和久井が言った。
「ありがとうございます。」
 二郎は一口缶コーヒーを飲んで言った。
「二郎、それ結構旨いだろ、缶コーヒーにしては。味わってくれよ。」
 加藤がいつも通りに、何も変わらず、当たり前に言った。
「加藤ありがとう。君にはいつも優しさを感じるよ。じゃあ続きを話します。」
 顔色が良くなった二郎は、また、キリッとした表情で話し始めた。
「直接、殺してはいなかったようです。翔子に教えてもらいました。美里さんと調べてくれたみたいで、それで、幾分落ち着きました。治療の流れなのですが、医局長もおっしゃってた通りです。ですが、カウセリングは翔子を中心にその他の8人のみなさんは、ローテーションで2人づつ来て頂いて、ワークショップみたいな感じで私が話す事に対してご意見を頂きたいです。それが私自身で感情や情動活動をコントロールし易い方法を見つけ出す、若しくは、作って行く糸口になると思います。どれくらい期間がかかるか分かりませんが、どうぞ宜しくお願いします。」
 二郎は終止落ち着いた面持ちでみんなに話した。
「じゃあ、取り敢えず、みんなで組み分けしようか。もう今日は二郎休んだ方がいいだろ。」
 真っ先に加藤が提案した。男性が5人、女性が3人の計8人を4組2人づつに分けて、当面2週間のスケジュールを立てた。
 その様子を見てた二郎は、安心し、ベッドに横になって眠り始めた。
「俺、こう言うの、ワークショップ、初めてたんだけと。二郎の考えとか疑問に思う事に、意見を言うだけでいいの?」
 加藤がみんなに言った。
「はい、それで良いと思います。加藤さんの意見、二郎君にとって貴重な意見になるはずです。私達にも得る事が有るとも思います。確認なんですけど、翔子さん、みなさんはNBMってご存知ですか?ナラティブベイスドメディスンなんですけど?」
 美里が聞くと、みんなはポカンとした表情になった。
「ナラティブって言うのは、説話とか物語って意味があるのですが、クライアントのこれまでの生い立ちから、何故、今の状態になったのか、そして、今後、どう歩んで行くか。ストーリーを作っていくの。そうすれば、そのクライアントとの相互関係が確立し易くなる。取り組んで行く事を進め易くなる。こう言ったコミュニケーションを医療の場に組み入れる事でベイスドメディスンって言葉が後につく訳なんですが。初回は、二郎君と接する事にコンセンサスが図れるようにした方が良いかと思いますが。翔子さんどうですか?」
 美里が新たな提案をした。
「そうですね。みなさん、二郎君の人となり、どんな風に捉えてるかまちまちでしょうから、それから始めた方が良いかも。そうしましょう。」
 翔子は美里の提案に納得し、そう言った。
「じゃあ、初回は記録する人とか必要になりますか?」
 大垣が言った。
「いや、ペンとかノート、筆記用具は無い方がいいです。二郎君、自分で落ち着いて来たと言ってましたけど、武器になるような物はこの部屋に持ち込まないほうがいいです。監視カメラがあるので、振り返りしたい時はその録画画像を見た方がいいです。」
 美里は言った。みんな納得した表情を見せた。
 こうして、二郎に対するカウンセリングの準備が進んで行った。また、お互い臨機応変に対応する事、二郎が自分自身をコントロールする術は、本人に答えを出させる事、この日はそうのような結論で収まった。
 翔子は期待と不安が混在してた。後から来た美里とサキ、和久井、大垣にも3人格である事を告げた。この4人も驚いたが、翔子は動じる事はなかった。やるしかない。ユキと杏にも腹を括る事を確認し、必ずこの状況を乗り越えようと誓いあった。
 一方、室井医局長は、電子カルテに新たな二郎のカルテを作り、SOAP(Subject:主観的情報、Object:客観的情報、Assessment:評価、Plan:治療計画、4項目に分けるカルテの記載方法。ソープと読む。)でまとめた。そして、保護室の監視カメラ映像を見ていた。しっかり考えて検討し合う翔子達の姿を頼もしく感じてた。逆に、これくらいの事が出来ないとテロから国民を守る仕事を任せられないとも思った。医師になり20年が経過して、初めての経験だが、最後まで見届けようと、責任を持とうと強く胸に刻みモニターへ向かっていた。
 
 
つづく