また、怒られてしまった。でも、何故か指の動きが重いのよねぇ。そんな事先生に言っても何言い訳してるのって言われるだろうな。どうしたらいいんだろうか。参った。
美香はそんな事を考えながら坂上ピアノ教室から家路を急いだ。
宮内美香は、高校1年生。坂上先生にピアノのレッスンを受けて10年経とうしている。スランプに陥ってた。突然ではないけれど、指の動きを重く感じてた。その日は、坂上先生に思いも寄らない程怒られてしまった。理解出来ないくらい。とても落ち込んだ。でも、ピアノの音色が大好きだからどうしても〝重み〟の原因をみつけたかった。もっと上達したいと考えていた。
ある日、小学校からの同級生でナナコと話しをしてた。
「美香、トランペットも楽しいけど、歌も楽しくなって来たよ。今度、独唱のコンクールに出てみる事にした。」
ナナコは吹奏楽部で小学校からトランペットをしてて、部長を務めて、美香にとってはスランプなしの友達と思ってた。
「ナナコ凄いね。スランプ無しだね。」
美香はナナコに言った。
「そんな事ないよ。私だってスランプあるよ。そんな時は父さんに相談するんだよ。中3の時、高校合格が決まった後、久し振りにトランペット吹くと音が出せなくてね。父さんが言うには、受験勉強で机に長い時間向かう事が多かったからだろうって。そしたら、身体を真っ直ぐに保つ筋肉の働きと顔の筋肉、表情筋の働きが弱くなってるだろうって、ん、弱いじゃなかったな、機能しづらいって言ってたかな。」
ナナコは言った。
「へぇ、ナナコのお父さん専門家なの?」
美香は聞いた。
「うちの父さん、何者だったかなぁ。」
ナナコは答えた。
ナナコ父曰く、手足や口先は、身体の端っこになるから速い動きが必要で、その動きを上手くコントロールするには、身体の中心を安定される事が必要になる。身体の中心、身体中枢部にあるCore Muscle 、多裂筋、内側・外側腹斜筋、腹横筋、横隔膜の働きを高めると、自ずと身体の端、身体末梢部の動きが滑らかになるとの事のようだ。言い換えると身体中枢部の安定が身体末梢部の運動を保障する。逆に、身体末梢部の運動に対して身体中枢部の安定性が必要になる。
例えば、新生児の運動発達は、首が座り、左右や上下に顔を向ける事で身体中枢部の筋肉と首の筋肉が同時進行的に発達し、手足を口元へ持って来れるようになると、寝返りしてうつ伏せで手足をバタバタさせたり、顔を持ち上げて周囲を見渡す事で、更に身体中枢部の筋肉の発達は進み、這い這い、四つ這いが出来るようになる。ようなると、手足で身体の重みを支える力がついて行き、掴まり立ちや伝え歩きが出来るようになる。こうして、身体中枢部の安定と身体末梢部の運動の相互活動が高まる。人間らしい直立二足歩行が可能となるのだ。
「なるほど、じゃあ私、幼稚園の頃よくやってた『イモムシころころ』やってみようかな。そしたら、身体の中心に力入るね。」
美香はナナコに行った。
「それ良いかも。『イモムシころころ』はゆっくりやった方が良いよ。遅い動きが筋肉を長く働かせるから。それと仰向けになったら手足を組んで丸くなって、うつ伏せになる時は手足を伸ばしながら寝返ると良いみたいよ。美香の場合は指先を滑らかに動かす必要があるから背筋をピンと伸ばして弾くのを心掛けた方が良いかも。それと、鍵盤で手の位置を変える時は股関節の動きで体重移動させた方が良いよ。それで身体の中心がブレないでしょ。」
ナナコはそうアドバイスした。
美香は、自宅で『イモムシころころ』をやってみた。始めて二日目にお腹と背中に筋肉痛を感じた。そして、練習用の鍵盤シートで指を動かした。頭の中で音を奏でながら。そして、2週間くらい過ぎた頃だった。
「美香、音、良くなって来たわよ。」
坂上先生に褒められた。でも、美香にはまだ少しだけ違和感が残っていた。小学生の頃の滑らかな指の動きと何か違いがある。
「ナナコ、ありがとう。『イモムシころころ』の効果が出て来たみたい。坂上先生に久し振りに褒められたよ。けどまだ、少しだけ違和感があってね。」
翌日、ナナコに話した。
「良かったね。まだ、違和感?なるほどね。あの私達って、小学校の頃から凄く変わったでしょ。分かる?」
ナナコはニヤけて言って来た。
「えぇ、変わった?ナナコはナナコだけど?私も特に。何、何なの?」
美香は早く答えが知りたく、そう言った。
「私達、成長したでしょ。特に、美香は、怒らないでよ、胸、大きくなってる。この1年でもサイズ変わったでしょ。多分、背筋を伸ばして姿勢を安定させても、乳房の揺れ幅大きくなってない?」
ナナコは、少し遠慮がちにそう言った。
「そうかも、この1年間でDカップからFカップになっちゃった。でも、これはどうしようもないわよ。」
美香はナナコにアッサリ答えた。
「だから、ブラの種類とか付け方とか工夫しないと。少しバストアップさせるように私はしてるよ。そこは、美香自身が工夫しないとね。」
どうやらナナコは美香の盲点を突いた。美香は目から鱗だった。
そうして美香は、Core Muscle のトレーニングとブラジャーや身に付ける物を自分の身体とその都度相談しながらピアノのレッスンを続けた。
その結果、様々なコンクールで賞を取れるようになった。音楽大学へ推薦入学する事が出来た。ピアニストの道が開けて行ったのだった。
おわり