今回は2017年5月に開催された岐阜県博物館講座の体験記です。講座のサブタイトルは〜大垣赤坂地域の美濃帯堆積物と養老山地の地学〜。はっきりいってくらげびとにとってはすごくハードルが高いです。が、古生物大好きな息子その1にせがまれ、おっかなびっくりの参加となりました。
で、当日の朝。まずは岐阜県庁東側駐車場の北側に集合。って、駐車場すごく広いんですけど!タイムロス見越して早めに来たのに、やはり時間ギリギリまでさまよい、息子その1にため息をつかれてしまいました。
気を取り直してバスに乗り込みます。おめあての小井戸由光氏は。。。来られませんでした。体調を崩されたそうです。この暑いなか、さらに体調が悪化されても困りますし。。。うーん、でも残念です。
車内で小井戸氏ご提供の資料を説明していただきながら最初の目的地”金生山(かなぶやま通称きんしょうざん)”へ。ペルム紀中後期の模式地として有名な標高200メートルほどのこの山、現役の石灰鉱山でもあるのでいずれ消えてなくなる運命なんです。すでに山の西側は大きく削り取られ、山上の虚空蔵山明星輪寺(こくぞうさんみょうじょうりんじ)へ通じる道の部分だけが東端南北方向に残されています。息子その1にとっては日本の古生物学発祥の地であるここ金生山が本日のメインです。場所は地図をご覧ください。濃尾平野の北西の端の端、反対にいうと伊吹山の東端とも取れる位置です。
そして1か所目なのになぜかすでに時間が押しており、明星輪寺とその北隣にある岩須公園は割愛。行ったことあるからいいけど。。。せっかく学芸員さんと一緒に来てるのにいろいろ聞きたかったな〜。写真はその明星輪寺へと続く道路上から東側を見た景色、濃尾平野の西端部です。写真で見ると盆地のようですが、平野の端っこです。
濃尾平野って愛知県の平野っていうイメージが強いんですが、岐阜県にもまたがっているんですね。しかも平野は西に向かって傾いているため、堆積物は岐阜側の方が深いという。。。この平野の傾き=「濃尾傾動運動」の詳細については講座でいただいた資料がわかりやすいので以下に一部引用します。
「これは、濃尾平野の西側が沈降し、東側の三河高原側が上昇することで、平野部全体が西へ傾く運動であり、」
「平野の西端には北北西〜南南東方向に養老-伊勢湾断層があり、それを境に西側の養老山地側が上昇している。この運動は数百万年前から始まり、平均して約0.5㎜/年ほどの速度で沈降しており、現在も続いている。(中略)平野の中を流れる木曽三川(きそさんせん)(木曽川・長良川・揖斐川)が河口に近づくにつれて養老山地側へ偏っていくのはこのためである。」
・・・大地ってダイナミック。
参考:学芸員と歩くふるさとの大地「西濃編」配布資料 MayJuly,2017岐阜県博物館
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