[今回のテクスト]
『こう読めば面白い! フランス流日本文学 -子規から太宰まで-』柏木隆雄(阪大リーブル)
[第五章 バルザックを通して見た黒澤明
[登場人物]
五十鈴れん
15歳の中学3年生。ジブリが好きだが、お父さんに付き合って黒澤映画も観る。今回、某ゲームの提督であることが判明する。
五十鈴九郎(お父さん)
このブログの主。ひとり娘のれんを溺愛する、コロナ禍で隔日勤務の会社員。黒澤映画では『用心棒』が好きでお正月には必ず観ている。
[緊急事態宣言下、1月も終わりに近づいた午後]
れん たたいま…。ぉ父さん、料理中…。
お父さん お帰り。
れん 里芋の煮転がし…だね。黒澤明さんの映画、また、観た…の?
お父さん 当たり。『用心棒』を観ると、里芋の煮っ転がしが食べたくなるんだよなぁ。お父さんばかだから、脳と胃袋が直結しているんだ。
れん ぉ父さん、『用心棒』、お正月に必ず観てる…よね。今年は、別の映画だっだけれど。
お父さん うん。『用心棒』を観ないと年が明けた気がしないから、午前中に観たんだよ。
柏木先生の本を読んで気がついたけれど、『用心棒』には、志村喬が出てこないな。ん?悪役の狒々おやじで出てた?天の声、感謝します。しかし、狒々おやじもインパクトはあったが、以前とは随分役回りが違う。三十郎とメインで絡むのは飯屋のおやじだ。
れん バルザックさんの小説のように、黒澤さんの映画でも、「老人」が重要な役割を果たしている、という部分…の話なの…かな?
お父さん そうそう。『七人の侍』が、『里見八犬伝』をベースにしているというのも、面白かったね。
よし、みりんを入れて……できあがり、っと。れんちゃん、味見してくれる?ほい。
れん ふぅふぅ…はふっ…はむはむ…はむはむ…はー…ぅん、ぉいしい。
お父さん 良かった。じゃあ、冷まして味がしみこむのを待とう。
飯屋のおやじの東野英治郎は、お父さん世代には水戸黄門で、懐かしいね。しかしこのおやじは、三船の三十郎から見て、年長者という意味では「おやじ」ではあるんだけれど、志村喬の立ち位置とは全然違う。『酔いどれ天使』や『七人の侍』のように、青年を老師として導く、バルザック的な「老人」ではない。若いとはいえないアウトローの三十男に、最初は「出てってくれ」と拒絶する、小市民的な人間だね。世間の常識や良識を象徴する人物だ。
年齢的なものもあったのかな。三船にとって、青年期から中年期のターニングポイントとなったこの作品が、三船の絶頂だったと、お父さんは思う。以後の作品はほとんど知らないけれどね。
れん この映画の後の三船さんは、だめ?なのかな?
お父さん だめじゃないよ。三船は死ぬまでかっこよかった。『用心棒』の続編の『椿三十郎』も、殺陣が圧巻で、傑作だと思う。
しかし、三十郎がかつての志村喬のポジションで、加山雄三らの無能な若侍たちの指揮をとって、お家騒動を解決に導くお話なんだけれど、うーん。三船の後ろにゾロゾロついて行く若侍たちが、金魚のフンというか、犬を親と勘違いしたアヒルのヒナたちみたいに見えてね。三船の強さ、凄さを強調するための引き立て役にしかなっていなくて、あまり好きになれなかったな。これがお父さんが観た最後の三船敏郎の出演作……いや、最後から2度めの出演作だ。
れん 最後のは、何の作品?
お父さん いえない。聞いたら、後悔するよ。
れん むぅ。ずるい。知りたい。
お父さん そうか。だったらいうぞ?精神の準備はいいか?
「うんこ!ちんちん!」
れん .( ゚д゚). w(゜o゜)w (□△□)!
お父さん ほらね、後悔しただろ?『8時だヨ!全員集合』のコントに三船がゲスト出演したときのセリフだよ。たしか、海賊の合言葉だったかな。大真面目な顔をして、あの渋い重低音ボイスでばかなセリフをいうもんだから、会場のお友達も、お茶の間のお父さんも笑い転げたよ。ばかな男の子の大好きな下ネタを堂々というところが、かっこよかったね。
これがお父さんが観た最後の三船出演作品だ。他にも何か見たかもしれないけれど、忘れちゃった。
れん それが最後というのは、三船さんが気の毒です…他の映画も観てあげてほしいです…はぃ。
お父さん そうだね、三船が気の毒だね。今度、『黒部の太陽』でも観てみるか。柏木先生のテクストを読んで、『赤ひげ』にも興味が出た。
今年の正月に観た『影武者』も、三船が主演なら、全然違ったんだろうなぁ。
れん ぉ父さん、途中で寝ちゃっていた…もんね。観終わるのに、3日かかってた…。
お父さん 話すと長くなるから、また今度にするけれど、お父さんはこの映画を観る気は全くなかった。古本屋さんで買ったDVDボックスには『影武者』も入っていたんだけれどね。
でも、姫路城や伊賀上野城がロケ地と知って、観ることにしたんだ。姫路市とも伊賀市とも、どちらも仕事で少しご縁がある。観たことないので、肩身が狭かったんだよ。
しかし、この作品は観るのがしんどかったなあ。あれだけの豪華なキャストとスタッフとセットと予算で、何でああ、退屈な、面白くもない映画が作れてしまうんだろう。
れん そういう時には、ですね…村上春樹さんのぉ連れ合いみたいに、その映画から、人生の教訓?を、ですね…、見つけるようにすると、ぃいみたい…だよ?
ぉ父さんは、『影武者』から、何の教訓も、得られなかった…のかな?
お父さん うーん。教訓か。教訓ね。……
うん、あれだ、敵の城からきれいな笛の音が聞こえてきても、銃の有効射程距離に近付いてはいけない、ということかな?
れん はぃ…笛の音が、聞こえてきても、敵さんのぉ城には、近づかないで…ください…はぃ。
お父さん 長篠の合戦の、馬たちの死屍累々も、圧巻だった。
れん そのシーンは、私も見た…よ…。映画の最後の方…だよね?ぉ馬さん…本当に、殺しちゃったの…かな?
お父さん 大丈夫、解説によると、麻酔をかけただけみたいだよ。ただし、麻酔を使うと、その日はフラフラになってもう撮影に使えないし、麻酔の効果はせいぜい30分しか続かないから、130頭の馬にいっせーのーで注射を打って、馬が倒れてから起き上がるまでキャメラを回したそうだよ。
れん ほっ…ぉ馬さんたち、死んでなくて…良かった…。
お父さん あのラストシーンは、最新兵器の銃で武装した織田・徳川連合軍がアメリカ軍で、旧式の武器でバンザイ突撃してていく武田軍が日本軍、という図式なのかもしれないね。影武者が最後に、「風林火山」の旗を拾おうとして、力尽きるところも、連隊旗を守って死んで行く兵士の忠勇美談そのままだ。
戦国最強を誇った武田騎馬軍団を、大日本帝国海軍のメタファーと捉えると、この作品は、黒澤が降板させられた『トラ・トラ・トラ』へのアンチテーゼ、あるいはリベンジだったのかもしれないな。
れん ァンチテーゼとかリベンジ…って、どういうことかな?
お父さん 真珠湾攻撃を勝利に導いた帝国海軍の機動部隊は、ミッドウェー海戦で無残に壊滅した。そういう見方をすれば、『影武者』は、『トラ・トラ・トラ』の「続編」にあたるミッドウェー海戦を描いた作品であるわけだ。
れん 史上最大規模の空母対戦となったミッドウェー海戦では赤城さん加賀さん蒼龍さん飛龍さん空母4隻が轟沈し搭載機290機の全てを失い、わが帝国海軍のMI作戦は中止のやむなきに至りましたが、駆逐艦浜風は捲水重来を期して最後まで諦めることなく蒼龍さんの乗組員の皆さんの救出に全力であたりました…はぃ。
お父さん 一気呵成だなあ。そうか、れんちゃんもあのゲームの提督さんだったね。しかし浜風だけは呼び捨てなんだ?
れん 当然です…浜風と私は一心同体ですから。はぃ。
お父さん なんだかよくわからないけれど、ゲームは一日1時間までだよ?
しかし、柏木先生もおっしゃるとおり、黒澤はやはり、「語りのうまさ」に徹した、モノクロ作品に限るなあ。
れん うーん。ぉ父さんの話を聞いて、『影武者』を楽しめる人も、ぃるのかも…と思った…よ?
お父さん いると思う。実際、絶賛する人もいるわけだしね。しかし、最後は敗北するにしても、武田にも見せ場が作れなかったのだろうか。
萩原健一の武田勝頼は、お家を潰す馬鹿な二代目のステレオタイプで、あれではショーケンが気の毒すぎる。いや、ショーケンに限らず、役者をあんな使い方をしていい訳がない。
武田騎馬軍団がバタバタと倒されていく、映像美、様式美が優先されてしまって、ショーケン演じる勝頼は、軍扇振り上げて立ったり座ったり、この殺戮シーンの動画再生ボタンのごときものにすぎない。冒頭の長回しシーンに象徴的だけれど、俳優が、操り人形か置物みたいになってしまっているよ。
ふう。
れん はぃ、ぉ茶、どうぞ。亡くなった新潟のぉばあちゃんも、同じこと言ってぃたそうです…。ぉばあちゃん、ショーケンさんの大ファンで、黒澤映画も大ファン。でも、『影武者』はきらい…。
お父さん れんちゃん生まれる前に死んだから、会ったことないだろ?あ、新潟に帰ったとき、聞いたのか。
黒澤の名前が出ると、必ずこの映画の批判が始まったなあ。批判するくせに、「おまえも絶対観ろ」というんだ。「自分ひとり、こんな悔しい思いをするのは、不公平だ」と。小学生のせがれ相手にめちゃくちゃな人だった。しかしおばあちゃんも、同じこといっていたのか。
れん ぅん…大伯母さんやいとこのお姉さん方によると、あのふたりはぃつも喧嘩ばかりで、ことばを交わさなくても、深いところで通じ合ってぃたんだそうです…はぃ。
お父さん そうなのかなあ。まあ、おばあちゃんの意見は参考意見に留めていたんだが、『どですかでん』を観て、黒澤はカラーはダメだ、と思った。柏木先生のおっしゃる通り、絵描きの本能が目覚めてしまったんだろうなあ。
『七人の侍』は、そうではなかった。後世の作品に与えた影響も大きい。『荒野の七人』はそう好きでもないけれど、『どらン猫小鉄』とか『山猫の夏』とか素晴らしい作品だよ。『山猫の夏』は、三船主演以外では実写化不可能だろうな。船戸ファンの誰も認めない。『ブラック・ラグーン』で、ジャングルの地面一面に無数に突き立てられた木の棒を見て、米軍少佐が「似たものを見たことがある」と言っているのも、実際の戦闘の記憶ではなく、この『七人の侍』で地面にたくさん剣を突き刺しておくシーンのことだろう。『ブラック・ラグーン』では刀ではなく、マスケット銃の銃弾がわりの矢弾だったけれどね。
しかし、名作とされる『七人の侍』も、戦国時代には兵農分離が進んでなかったはずなのに、武士と農民を対立的に描くところが認めがたくて、学生の頃に観たきりになっている。しかし、この作品も、『ゴジラ』と同じ、自衛隊の発足した1954年公開なんだね。それは柏木先生のテクストで気がついた。いま見たら、また違う受け取りもできるだろうな。そこには東宝争議の経験もあるかもしれない。
れん ぉ父さん、じっと座っているのが苦手で、映画好きじゃないけれど、黒澤さんだけは例外…って、ぉ母さんいってた。ペンネームの「真田」は、幸村さんじゃなくて、『酔いどれ天使』のぉ医者さんから来てるんだよ…ね。『生きる』は、ぉ父さんも、好きなんだよね?私も、好き。ふふふ…。
お父さん そうか、れんちゃんも好きか。そうだね、黒澤作品の全作品30本中、15本以上は観ているはずだから、映画が苦手なお父さんにしては、観ている方かな。
れん ぁ、ぉ母さん、帰ってくる時間だ。ぁのね、最後にね、この付箋の「手塚」という書き込みが、気になった…の。
お父さん 「バルザックの人物再登場法」のところか。花形の人気スターを中心に、キャストやスタッフを編成する映画の製作体制を、ハリウッドで「スターシステム」というんだね。三船や志村、キャストが固定した「黒澤組」も、このスターシステムだね。
このスターシステムを漫画に取り入れたのが手塚治虫だよ。手塚作品には、ヒゲオヤジやロックやランプ、同じキャラクターがあたかも俳優のように、ほかの作品に何度も再登場する。ブラック・ジャックが、宇宙海賊で登場したアニメもあったな。ハリウッドや手塚のスターシステムのルーツがバルザックの人物再登場法にあるというのは、おもしろい発見だった。
今の漫画やアニメやゲームの世界では、個々の作家やクリエイターを超える形で、スターシステムが確立しているといえるのかもしれないね。れんちゃんの好きな『艦これ』の浜風と、お父さんは名前しか知らないけれど『リゼロ』のレムは、知らない人から見たら、髪の毛の色が変わっただけで、見分けがつかないだろうね。浜風とレムは、作家やクリエイターは異なっても、スターシステム的には、役柄が異なるだけで同一人物なんだよ。もう一人誰かいる? お父さんは知らないなあ。
そうだ。柏木先生の訳したバルザックの『暗黒事件』と、『ソーの舞踏会』を取り寄せたよ。半分こにしよう。どちらから読みたい?
れん 悩みます!ぅーん…『真珠夫人』ぼいから、『ソーの舞踏会』を先に読んでもぃい?
お父さん もちろん。お父さんは若い頃に『ゴリオ爺さん』を読んだきりだけれど、黒澤本人が影響を受けたと語るロシア文学のトルストイやドフトエフスキーより、バルザックの方が相性がよかったんじゃないかなあ。全然ゴーリキーぽくない『どん底』も、あれは黒澤の『人間喜劇』だったんだと思えば、納得がいく。
黒澤映画も、手塚漫画も、今のアニメも、バルザックという偉大な先駆者の編み出した「人物再登場法」を前提に鑑賞すると、より一層味わい深いものになる。『楽園追放』の、未来のデジタル階級社会のエリート保安要員が「バルザック」と名づけられたのも、それなりに根拠はあるのかもね。地球に取り残され、生身のボディを捨てた人間より人間らしい心を持つに至った人工知能は、バルザックの「孤絶した老人」そのままだ。アンジェラ・バルザックはこのフロンティアセッターに出会い、「仁義」に目覚め、反逆者となり、外宇宙に人類の仲間を探しに行くロケット計画を支援する。
れん『楽園追放』、アンジェラちゃん、かっこかわいかった!です…はぃ!
ねぇ、 今度、漫画家志望のぉ友達連れてきてぃい?ぉ父さんの持っている手塚さんの本が読みたくて、フランス文学にも興味があるんだって…はぃ。
お父さん 手塚の本もフランス文学の本もそんなにないと思うけれど、いいよ、本棚は自由に見ていいし、読みたい本があれば持っていってね。さあ、夕飯の支度だ。黒澤は肉好きだったから、今夜は豚丼だ。
れん サラダは、私が作る…ね…!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/79/2b57666bfa981a08de1b0c5d96d8fce6.jpg)
この間、お店で食べた豚丼です…はぃ!