新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃん姉妹とお父さんの日々。

九井諒子の世界(2) 金食い虫くん

2011年06月24日 | コミック/アニメ/ゲーム
 『竜の学校は山の上』九井諒子(イースト・プレス)にはまっている。

 いくつかの短編を読み終えてから、九井さんはどんな人なのだろうかと、あとがきマンガを見てみた。

 しかし、よくある楽屋ネタや身辺雑記、担当やアシスタントさんへのスペシャル・サンクスなどではなかった。全くプライベートなことは匂わせない。『金食い虫くん』という、2ページの掌編ながら、実にユニークな作品なのだ。作品こそがすべて。そこがまた気持ちいい。

 以下、この作品の紹介である。セリフは作品通りだけれど、ト書きの部分は、私の妄想に基づく二次創作であることをお断りしておきたい。特に結婚うんぬんの部分はそうだ。作中には、二人の関係について明確な説明があるわけではない。

 さて、オープニング。お皿に山盛りの一円玉がスプーンですくわれている。
 次のコマで、その一円玉を、コーンフレークのように食べる男の子。
 ぼりぼり、ざくざく。
 テレビは、東京株式市場や日経平均株価のニュースを伝えている。
 そんな男の子をじっと見ている女の子。彼女が手にしているのは、お茶碗にふつうのごはんである。
 まだ付き合い始めて日が浅いわけでもなく、さりとて長いわけでもないようだ。彼女はこう問いかける。

 「ほんとおいしそうに食べるよね 一円玉
 お金っておいしいの?」

 今までは聞きたくても聞けなかった。
 今なら何でも自然に話せそうな気がする。
 しかし彼はこともなげに答える。

 「おいしいよ
 死んだ生き物おいしい?」

 真っ赤になって、うつむく彼女。
 そんな言い方しなくたっていいのに。
 でも、ちょっといやな言い方だったかも。
 彼は気にせず、今度はサラダボウルの外国紙幣を手にとり、ビリッとやぶって、シャクシャク食べ始める。細かいことは気にしないタイプのようだ。

 「最近よくその外国のお金食べてるね」

 「あんまり味しないけど腹は膨れるし
 食物繊維もとれるし」

 「ふーん」

 少しわかる。シルエットになっていてよくわからないが、カノジョの今夜のメニューは里芋の煮物か何かのようだ。食物繊維は気になるところである。

 「やっぱ日本円がおいしい?」

 「まあねー
 五百円玉とか超ウマイよ」

 「そんなこと言われても全然わかんないし…」

 むう。彼女は少し上目使いになる。五百円玉なんか食べたことがないし、ましてや味の違いなんかわかるわけない。デリカシーのないやつ。ちょっと意地になってきた。
 お金のおいしさは、やはり金額に比例するのかしら。

 「じゃ
 一万円札食べたことある?」

 一万円札をバリバリ食べられたりしたら、結婚は無理かも。
 五百円玉だって、いまの一円玉の調子でざくざく食べられたら大出費。経済の先行きは不透明で、会社もこの先どうかわからない。これから先、やっていけるのかしら。
 男の子はスプーンをくわえたまま、「んんー」とまじめに考え始める。

 「あるけどー
 万札はなー
 ちょっと高すぎて
 あれ食うならそれで他に良いもん買うよって感じなんだよねー」

 彼女は箸を休めて、彼をつぶらなまなざしで一心に見つめ、……そして、思わず笑ってしまう。
 ムキになって、ばかな質問をしてしまった。彼のことが好きなだけで、知りたいのはお金の味ではなかったのに。

 「わかる」

 もう食事が終わりかけた、ふたりの食卓。コマの外に、「読んでいただきありがとうございました」と手書きの控えめなメッセージ。おしまい。

 少しでも、この作品のおもしろさや魅力を伝えることができただろうか。マンガ好きには、テキストオンパレードで鬱陶しかっただろう。やはり作品を読んでもらうのがいちばんだ。

 しかし、会話の流れも自然で、表情の変化も豊かだ。男女の付き合い始めた頃って、こういうことってあるよねと、納得してしまう。わずか2ページ、ほんの数分の会話に、さまざまなドラマが詰まっている。

 私たちが日常生活の中で経験する、ことばにしがたい出来事、うまいことをいったつもりで痛切さを失ってしまう体験が、九井さんの作品のうちには「謎」のままに維持されている。そこがすばらしい。

 人間はなぜ、好きこのんでやっかいな他者を求めたり、拒絶したりするのだろう。他者を理解不能なものと退けるのではなく、さりとて安直に「共存」「共生」を唱えるのでもない。そこには対立もあれば緊張関係もあり、埋めがたい溝も存在している。他者は向こう側にいるのではなく、今ここにいる。そこからことばが生まれる。物語が始まる。

 この作品世界は、猿人(ホモサピエンス)と馬人(ケンタウロス)が共存するIFの世界を描いた作品のタイトルが示すように、コミュニケーションの始原を問う『現代神話』なのである。(さらに続くかも)

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1 コメント

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Unknown (kuro-mac@osaka)
2012-01-05 17:58:13
 「嵐が丘」の吉田喜重監督は松田優作の映画もドラマも見たことなかったそうです。主演起用決め手は、焼酎貴族トライアングルのCM。「こいつはバサラだ」と。

 映画やドラマには監督の色が付いているから判断材料にならない。CMやスキャンダルには「素」が出る、と。

 これは吉田監督だから通じる論理ですが、よくわかります。

 この「金食い虫くん」も、「あとがき描け」といわれて、たぶんあまり時間もない中、描いたんだろうなと思います。しかし初めての単行本だからと気負わず、手抜きもせず、読者を楽しませようと、おもてなしの精神にあふれていますよね。

 突然のお客さんをお迎えして、冷蔵庫のあり合わせでパパっと作ったシンプルなチャーハンがおいしい人こそ、本当の料理のプロ。本編はさらに食材にこだわり手間ひまかけた極上グルメ。乞うご期待!

 と、「九井諒子」の検索キーワードでたどり着いた人たちに、ひとりでも多くこの本を手にしてもらえたら、それに勝る喜びはありません。

 しかし、一円玉うまそうなんだよなー。金食い虫くんでないのが残念です。○○食べられないのはかわいそう、といわれるの、悔しいじゃないですか。異文化問題って、外国まで出かけなくとも、いろんな所にあるんですね。

 「金なし白祿」のレビューも書きました。良かったら読んで帰ってください。この作品も早く単行本に収録されるといいな。

http://gold.ap.teacup.com/multitud0/939.html

※焼酎貴族が「酎純貴族トライアングル」になっていたので訂正して再投稿。「宝焼酎純」はライバル社だよ……

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