空飛ぶ自由人・2

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小説『骨灰』

2023年08月21日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

2015年、大手デベロッパーIR部
(企業が株主や投資家に対し、
 財務状況など投資の判断に必要な情報を提供する部署)
に勤務する松永光弘は、
自社のビル建設に対する誹謗SNSに掲載された
写真の真偽を確認するため、
渋谷の再開発ビル建築現場に向かう。
地下深く掘られた現場では、
異常な乾燥と、
人の骨が灰になるような嫌な臭いに満ちていた。
そこで松永は、
図面に記されていない、巨大な穴にたどり着く。
穴の中には薄汚れた身なりの男が鎖でつながれていた。
男を救出し、地上に戻る途中、
男を見失い、謎の火災に見舞われる。
へとへとになって帰宅した松永の家を異常なことが襲う。
どうやら、地下から何者かを連れ帰ってしまったようなのだ。
妊娠中の妻と幼い娘を守るための松永の闘いが始まる・・・

冲方丁 (うぶかた・とう)によるホラー。
題名は、「こっぱい」と読む。

地下にあった穴の側には神棚があり、
それは、地鎮祭の時に設置したものらしく、
ビルの会計記録を調べると、
その祭祀場のために1千万円も支払われている。
30年分の管理料一括支払い。
相手は玉井工務店という業者。
100年以上前から
渋谷駅の開発に伴う神事を司っているという。
穴の中にいた男は、玉井工務店から派遣された原義一という人だという。
松永は知らずにその男を祭祀場から連れ出してしまったようだ。

松永は、原義一を穴に戻すために、
路上生活者の中に探す。
ようやく見つけて地下に連れていくと、
原義一とは別人で、穴に落ちて死ぬ。
その繰り返しの中、
松永の家では異変が続き、
電子レンジや扇風機が火を噴き
家の中に骨を焼く匂いが充満し、
亡くなった父が姿を現す。

ビルの地下にある祭祀場というのが面白い。
今でも、近代的なビルの建築の時に、
地鎮祭が行われている。
「祟り」を恐れるため。
科学と宗教の不思議な融合。

そして、物語の背景に、
東京という土地の特殊性がある。
江戸時代、頻繁に火事が起こり、
沢山の人が火に包まれて亡くなって骨と化した。
そして、関東大震災、東京空襲でも、
火に命を落とした人たちの骸が蓄積した。
東京の土は、どこも、
骨まで焼かれた者の骸(むくろ)が混じっているという。

本書を読んだのは、先の直木賞の候補となったため。
ただ、読み進むうち、
この作品が候補になったことに首を傾げた。
中途、原義一を捜しては、地下の穴に連れて行くことの繰り返しに、
「いい加減に気付けよ」といらついた。
14人も路上生活者を死なせておいて、
最後に不問に付すのはどうなのか。
直木賞選考委員の選評に、
「この作品が候補になったのは、何かの間違いだろう」
という全否定のものが時々あるが、
まさに、その感じ。
下読み予備選考委員はどうなっているのか。

『小説野性時代』に2021年9月号から
2022年7月号に連載したものを単行本化。

冲方丁は、「天地明察」(2009)と「光圀伝」(2012)はいいと思ったが、
「十二人の死にたい子どもたち」(2017)は感心しなかった。
本作も感心しない一篇。