[書籍紹介]
貴志祐介によるホラー中編集。
上田秋成の「雨月物語」を意識したという「秋雨物語」に継ぐ作品集。
全て「小説 野性時代」に掲載されたもの。
「つゆものがたり」ではなく、「ばいうものがたり」と読む。
「皐月闇」(さつきやみ)
一人暮らしの老人で俳人の作田慮男(さくた・のぶお)のもとを
若い女性が訪ねて来る。
中学時代の俳句クラブの教え子・萩原菜央(はぎわら・なお)だ。
菜央は、自殺した双子の兄の遺作句集「皐月闇」を作田に渡し、
批評をお願いする。
句集のある頁で作田の手が止まり、
13の句の特殊さを指摘する。
それは、兄が婚前旅行で沖縄に行った時の句で、
作田の解釈では、
そこでの婚約者・瞳との仲違いが描かれているというのだ。
しかも、瞳はその後、海で死体となって発見されている。
作田の解釈を感心して聞いてきた菜央は、
別な見解を述べ始める。
菜央の解釈は、全く違う方向から光を当てるもので、
それは、中学の俳句クラブの沖縄研修旅行に関するものだった。
しかも、その時、瞳は亡くなっているというのだ。
混乱する作田の前に
事件の真実が明らかにされる・・・
作田が認知症をわずらっている、というのがミソ。
途中で、こういうことかな、
と推測すると、的中していた。
それは、「記憶」を巡る、復讐物語だった。
意表をつく展開で、3作中、これが一番面白い。
「ぼくとう奇譚」
題名は「墨東綺譚」を意識したものと思われる。
(本来「墨」は別の文字だが、パソコンにないので、この表記にする。)
わずかながら、永井荷風も登場する。
しかし、「ぼくとう」の意味は異なり、
最後にそれは木蠹蛾(ぼくとうが)であることが分かる。
昭和初期を舞台に、
銀座のカフェ「パピヨン・ノワール」(黒い蝶)に出入りする
木下美武(よしたけ)が、
黒い蝶に導かれて、夢の中で不思議な遊廓に出入りする様を描く。
修験者によれば、
その夢に隠された謎を解かなければ命が危ないという。
おどろおどろしく夢が描かれ、
最後に遊廓の実の姿、七人の花魁の正体が明かされ、
その方面に対して怖気をふるう人を震撼させる。
幻想小説なので、何でもあり。
「くさびら」
工業デザイナーの杉原進也は、
リモートワークが可能なことから、
軽井沢に居を構えているが、
その移転と息子の教育のことで妻の寛子と口論し、
妻は息子を連れて出て行ってしまった。
ある日、庭に出た進也は、
庭全体がキノコに覆われていることに仰天する。
しかし、不思議なことに、
目には見えているのに、
写真に撮ると、キノコの姿は写らないのだ。
ある種の人間、
たとえば、親戚の鶴田毅久(たけひさ)には、
それが見えないらしい。
毅久は、東京にいるらしい寛子と連絡を取ってくれるという。
取り除いても取り除いても、キノコは元通りに生えてくるため、
もてあました進也は、
山伏にキノコの駆除を依頼するが、
手に負えず、かえってキノコは繁殖し、
家の中にまで入り込んで来た。
寛子の母は、独自に探偵に寛子の捜索を依頼するが、
この探偵・末広拓実(たくみ)によって、
真相が暴かれる。
一種の犯罪ミステリー。
題名は、狂言「くさびら」からで、
キノコを調伏するために山伏が印を結ぶ。
それで本書にも山伏が登場する。
「皐月闇」は俳句、
「ぼくとう奇譚」は蝶や蛾、
「くさびら」はキノコに対する
蘊蓄が豊かに繁る。
筆者は、相当な専門的知識が背景にあるようだ。
ただ、題名に反して、雨はあまり関係ない。
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