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闘病記『くもをさがす』

2023年06月26日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

小説かと思って読んだら、
ノンフィクション。
しかも、闘病記

著者の西加奈子さんは、2015年に「サラバ!」で直木賞を受賞した小説家。
イランのテヘラン生まれ、エジプト・カイロで成長した人。
その方が家族でカナダのバンクーバーに移住。
そこで、ガンになった。
浸潤性乳管がん
2021年。
コロナ禍のまっ最中。
その宣告から治療を終えるまでの約8ヶ月間を克明に描いたノンフィクション。

読むのが辛かった。
最近、身近な人間が悪性リンパ腫にかかり、
約半年間の抗ガン剤治療を終えたばかり。
どうしても重なる。

闘病中の恐怖と絶望、
家族や友人たちへの溢れる思い、
時折訪れる幸福と歓喜の瞬間。
それらを克明に書きつづる。
日記とは別に、闘病中のことを、
発表のあてもなく書いていたのだという。
あっぱれな作家魂と言おうか、
と言おうか。

さいわい、治療が成功して、
生還したからいいが、
これが死という終わりだったら、
とても読めなかっただろう。

一人の人間として、
病と闘う姿勢を
あますところなく記した、記録文学。
というか、病に直面したからこそ判明する、
様々な人間の真実がまぶしい。
終始、前向きな姿勢を失わないところが、励まされる。

また、カナダと日本の医療の違いが興味深い。
なにしろ、両乳摘出手術が
日帰りでなされるという驚き。
日本なら考えられない、様々な行き違い。
それでもいい人に恵まれたと思う。
夫とこども、父母、友人、医療従事者、
みんな特別な人たちだ。

カナダ人の英語のセリフが
全部関西弁で書かれているのが面白い。
「相変わらずめっちゃええ静脈やん!
 針刺しやすいわ~」
という感じ。

題名は、
蜘蛛に噛まれた腫れ物を医者に見せたことがきっかけで、
乳癌を早期発見できたことによる。
祖母の話では、蜘蛛は弘法大師の使いだという。
西さんは思う。
亡くなった祖母が蜘蛛になって、私を噛んだのだと。

日本人とカナダ人の相違に対する
めざましい文化論にもなっている点も見逃せない。
特に、カナダ人の仕事上の不具合に対する対応が興味深かった。

例えばお店に行って、何かしらの不良品を買ったとする。
日本だったら、店員が何をおいてもまず謝るだろう。
「申し訳ございません。」
でも、カナダの店員は謝らない。
「あ、そんなんや、交換する?」
その程度だ。
何故ならそれは「店」の不備であって、
自分の不備ではないからだ。
飛行機の発着が遅れても、
バスのタイヤがパンクしても、
コーヒーメーカーが壊れて
コーヒーがサーブできなくても、
それは、会社・店側の責任であって、
いち社員・いちアルバイトに過ぎない
自分の責任ではない。
彼らはぱその態度を徹底していた。
会社や組織を代表して自分が謝る、
という観念が、
こちらの人にはないのだと思う。
何故なら彼らには、
彼らの給料に見合った仕事がある。
自分達の仕事を全うしている限り、
彼らに責任はないのだ。

なるほど、そういう考えがあるのか。
と思うと共に、
それこそ、日本人の持っている美風だと思える。
自分の所属している会社や店舗や
それらの不備は、私の不備という、
連帯感が日本を前に進めたのだ。
カナダ人の姿勢はそれはそれとして、
この日本人の美点は、
なくさないでほしいと思う。

私は親に感謝するほど頑強な体に生まれ、
今まで名のある病気は、
ストレスから来る十二指腸潰瘍しか味わっていない。
従って、病人の気持ちが分からない。
分かったつもりになっても、
本当のところは分かっていないのだと思う。
この西さんの闘病記、
やはり、自分がそうなってみなければ、
理解したとは言えないのだろう。



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