バイアスという言葉をよく使う。
一般的に錯覚のようなもので、斜め。偏り。偏向。「―がかかった見方」という
ことですが、認知バイアス、人間が犯しやすい認知の誤りでよく使う。
人って多分そんな自分自身の認識の間違いを気づかないで判断していることが
多いような気もします。
人が人に対する感情もいろいろなバイアスから生まれているのではと
思います。人が人を好きになる、それもその人の過去のいろんなバイアスから
生まれているからいろんな多様性が生まれるのであって、正常な判断を
くだすと、みんな一緒の結論になって、同じ人を好きになり、
面白くもなんともありません。
こんな人がこんな人とと思うのがいいのであって、だから円満に
世の中収まっていくのでしょう。
しかし、悪いことであれば、悲惨になります。
民主主義と共産主義、常識的に考えれば個人を大切に思えば民主主義が
圧倒的に有利なんでしょうが、中国やロシアや北朝鮮を見ていると
そんなことより、共産主義、一党独裁、個人が権力を掌握する
体制がここまで大衆に支持される、これもバイアスがかかっているのかも
しれません、教育とか、利得権益、もちろん権力の圧力もあります。
しかし、その権力を有効にせしめる統治機能の中にいる人にもバイアスが
かかっていれば、それを信じてしまう。
そういうことなんでしょうかね。
人が自分で正しい情報をもとに、正しく判断をする
これってなかなか難しいことなんですね。
えらそうに言いますが、日本人だって戦争に突入する時は
国民のほとんどがバイアスによって戦争を支持してしまいましたから。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます