純粋さだけが行為の価値を決める
純粋さだけが行為の価値を決めるとぼくは思う。同じ行為をしても不純な者は行為の価値を経験することはない。
自尊心と破壊心 愛
人間は自尊心を持っているかぎり他に対して攻撃的となり、悪魔となる。批判心とか忠告心とか言っても根は破壊心である。 これは人間の一面としてやむをえない。 それではさびしいから、人間のこの一面を部分的に超える路として愛がある。 人間は天使でも悪魔でもある。 この二律背反は止揚できない。
純粋さのなかに天使と悪魔のふたつがいる。だからどう対処しようということではない。このふたつを生ききるしかない。これは根源的決断なのである。
人間はどんなにしたってそんなに模範的に誠実であれるものじゃない。純粋さと誠実さがすでに矛盾している。ただ誠実であるのは世間的であることとちがわない。(おっと、世間的人間も自尊心だけは持っているから、ただ誠実であるのは二重に不純なのである。)