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(つづき)(掃除婦、出てゆく。ほんのしばらく後、ヴィオレットを招き入れる。)
(ヴィオレット) こんにちは、奥さま。申しわけございません、遅くなったのではないかと。
(アリアーヌ) そうは思いませんよ… いずれにせよそれは全然問題ではありません。私たちとお茶を召し上がりますでしょう? お茶ができるのを待つ間、私、多分あなたがご存じなくて、あなたと一緒に弾きたいソナタがあるかどうか、見てくるわ。その間、主人があなたのお相手をします。ね? ジェローム。(出てゆく。)
第九場
ジェローム、ヴィオレット
(ジェローム) これは全部、気持のわるい偽りだ。気づかないかい? 苦しく思わないかい? (ヴィオレット、無気力な素振りをする。) この稽古を終わらせる口実を見つけなければならない。
(ヴィオレット) それは出来ないわ。
(ジェローム) きみはこの全部を仕方のないものとして受け入れている。その安易さに… ぼくは深くショックを受けるよ。
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(ヴィオレット) それについて何をあなたは知っているの?
(ジェローム) 時間が無いと言うことは、いつでもできる… いいや、事実は、ぼくの妻はきみに愛情を抱いたということであり、きみにとっては恐怖にちがいないこの感情は、それどころか、きみにへつらっている… きみはもう同じきみじゃない。
(ヴィオレット、彼をじっと見つめて。) とても単純な方法は無いのかしら?… あなたの手に届く方法が… この嘘を終わらせるための。
(ジェローム) 彼女に事実を言うのかい? 駄目だ。重ねて言うが、それは駄目だ。なにしろ、彼女の健康状態はとても脆弱なままだ。そういうショックは… どうなるか分からない…
(ヴィオレット) それが唯一の理由?
(ジェローム) いや、多分ちがう。
(ヴィオレット) あなたは自分自身にたいして率直じゃないわ、ジェローム。それが中心の理由ではないことを、あなたはよく分かっているわ。
(ジェローム) ぼくがそれを出来ない理由を、ぼくが詳しく言う必要はない… もし彼女が気づいているとぼくが推測することがあったなら、どうしてよいかぼくは分からない… ぼくにはもう生きることのできる人生は無いだろう。
(ヴィオレット) どうして? ジェローム。
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(ジェローム) きみは、彼女とぼくの間にあるものが解っていない…
(ヴィオレット、深く悲しそうに。) ちがうわ、あなた。わたしが見逃しているものは、むしろ… ともかく、わたしにそれを勇気をもって言ってくださるのは、とても単純なことではないかしら。あなたが、わたしたちは間違いをしたと思っているのなら、いまがそのことを認める時なのよ ― そのことでわたしはあなたを恨まないと約束するわ。
(ジェローム) ヴィオレット! ぼくたちは間違ったことはしていないと、きみはよく知っている。今週ずっと、きみがいなくてぼくがどんなに淋しかったか、きみが知ってたら… もう自分を保っていられなかった。(ヴィオレットを抱きしめる。)それどころか、要るんだ… 要るんだ… きみはぼくを解っている…
(ヴィオレット、取り乱して。) だめよ… すべて、品の無いことだわ… あなたたちの間に、あなたの言う絆があるのなら… ましていま、わたしは彼女を知っているのだし…
(ジェローム) きみが彼女を知ったのは、不運だった。
(ヴィオレット) そのことも不運よ…
(ジェローム) 生そのものが脈絡の無い狂気であるのが、ぼくのせいだろうか? 生そのもののようにぼくたち自身が無脈絡でないことがどうしてあるだろうか? ヴィオレット、ぼくたちは、ほかの本質から出来てはいない。ぼくたちをつくっている素材は同じものだ。それは、「矛盾」、というものでしかない。
(ヴィオレット) わたし、そういうふうには考えられないわ。
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