115頁
(ジェローム) 度が過ぎてるよ。
(アリアーヌ) 教えてあげましょうか、この稽古は私の喜びであるだけでなく、彼女の経済的な得にもなっているのよ。
(ジェローム) じゃあ慈善でやってるのかい?
(アリアーヌ) そんなんじゃないわ。
(ジェローム) もし彼女がそう思っていたら、ここへはもう足を踏み入れないような気がするなあ。彼女はとても誇り高いからな。
(アリアーヌ) あなたはしばしば彼女の処にいたの?
(ジェローム) 四度か五度、いたと思うよ。
(アリアーヌ) もっとじゃないの?
(ジェローム) それはないと思うな。数えたわけではないけど… 彼女はぼくにはとりわけ好意的なわけではない。
(アリアーヌ) バシニーって何者?
(ジェローム) 興行者さ。
(アリアーヌ) その人、彼女の生活で何か役を演じてるの?
(ジェローム、荒々しく。) なんだって? (自分をとり戻して。) それについてはぼくは何も知らない。彼女はぼくには自分の個人的生活の事情を知らせてくれないんだ。
(アリアーヌ) 初めて私が、(つづく)
116頁
(つづき)彼女と一緒のあなたを見たとき、ねえ、私、一瞬、疑ったわ…
(ジェローム) 何だい?
(アリアーヌ) 今では、そんな考えがどのくらい馬鹿げたことだったか、って思ってるの。
(ジェローム) それはよかった…
(アリアーヌ) 何がよかったの?
(ジェローム) きみが自分から、まったく常軌を逸した想定を放棄したことがさ。(口調を変えて。)許してくれ… いや、そうじゃない、自分で知っているが、ぼくはきみと、ぼくがそうあるべきようにはうまくいっていない。ぼくのせいじゃない。ぼくは虚弱で、幸福ではない。ぼくには、まったくちがった生活が必要だったろうと、自分で推察している。ぼくの両親が相変わらず貧しかったのだったら、ぼくにとってそのほうがまだ良かったのだ、とぼくは思っている。ぼくは慎ましい生活への準備ができていただろう。ところが両親は破産して… それがぼくを駄目にした… ぼくはそこから決して立ち直るまい。
(アリアーヌ) あなたはおかしいわ、ジェローム。あなたみたいに、お金のことを重要視しない人を、私はほかに知らないわ。
(ジェローム) それはおそらく正しい。だけど反対もまた正しいんだ。独立ということだ、解るね、アリアーヌ、独立ということ… ぼくは独立なしにはいられない。同時に、(つづく)
117頁
(つづき)独立がぼくには怖い。それで、もしぼくに独立を提供しようという申し出があれば、ぼくは多分わるく思わないだろう。
(アリアーヌ) なんて自分を苦しめるの! なんて自分を不幸にするの!
(ジェローム) 時々ひどい不眠になるんだ。
(アリアーヌ) もうひとつ、あなたが私に隠していたことがあるわ。(ジェロームの動揺。) でもそのうちわかるわ。最近私の知った錠剤は最高よ。チェコスロバキア製の。一箱送らせましょうか。何の不都合も無いわよ。
第八場
同上の人物、掃除婦
それから ヴィオレット
(掃除婦) 奥さま、マドモアゼル・ヴィオレット・マザルグさまです。
(アリアーヌ) いいわ、お入りさせてくださらないこと? お茶を私たちにおねがいします、エリーズ。
(掃除婦) かしこまりました、奥さま。(つづく)
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