高田博厚の思想と芸術

芸術家の示してくれる哲学について書きます。

マルセル「稜線の路」34

2022-10-06 13:41:08 | 翻訳
115頁

(ジェローム) 度が過ぎてるよ。

(アリアーヌ) 教えてあげましょうか、この稽古は私の喜びであるだけでなく、彼女の経済的な得にもなっているのよ。

(ジェローム) じゃあ慈善でやってるのかい? 

(アリアーヌ) そんなんじゃないわ。

(ジェローム) もし彼女がそう思っていたら、ここへはもう足を踏み入れないような気がするなあ。彼女はとても誇り高いからな。

(アリアーヌ) あなたはしばしば彼女の処にいたの?

(ジェローム) 四度か五度、いたと思うよ。 

(アリアーヌ) もっとじゃないの?

(ジェローム) それはないと思うな。数えたわけではないけど… 彼女はぼくにはとりわけ好意的なわけではない。

(アリアーヌ) バシニーって何者?

(ジェローム) 興行者さ。

(アリアーヌ) その人、彼女の生活で何か役を演じてるの?

(ジェローム、荒々しく。) なんだって? (自分をとり戻して。) それについてはぼくは何も知らない。彼女はぼくには自分の個人的生活の事情を知らせてくれないんだ。

(アリアーヌ) 初めて私が、(つづく) 


116頁

(つづき)彼女と一緒のあなたを見たとき、ねえ、私、一瞬、疑ったわ… 

(ジェローム) 何だい?

(アリアーヌ) 今では、そんな考えがどのくらい馬鹿げたことだったか、って思ってるの。

(ジェローム) それはよかった… 

(アリアーヌ) 何がよかったの?

(ジェローム) きみが自分から、まったく常軌を逸した想定を放棄したことがさ。(口調を変えて。)許してくれ… いや、そうじゃない、自分で知っているが、ぼくはきみと、ぼくがそうあるべきようにはうまくいっていない。ぼくのせいじゃない。ぼくは虚弱で、幸福ではない。ぼくには、まったくちがった生活が必要だったろうと、自分で推察している。ぼくの両親が相変わらず貧しかったのだったら、ぼくにとってそのほうがまだ良かったのだ、とぼくは思っている。ぼくは慎ましい生活への準備ができていただろう。ところが両親は破産して… それがぼくを駄目にした… ぼくはそこから決して立ち直るまい。

(アリアーヌ) あなたはおかしいわ、ジェローム。あなたみたいに、お金のことを重要視しない人を、私はほかに知らないわ。

(ジェローム) それはおそらく正しい。だけど反対もまた正しいんだ。独立ということだ、解るね、アリアーヌ、独立ということ… ぼくは独立なしにはいられない。同時に、(つづく) 


117頁

(つづき)独立がぼくには怖い。それで、もしぼくに独立を提供しようという申し出があれば、ぼくは多分わるく思わないだろう。

(アリアーヌ) なんて自分を苦しめるの! なんて自分を不幸にするの!

(ジェローム) 時々ひどい不眠になるんだ。

(アリアーヌ) もうひとつ、あなたが私に隠していたことがあるわ。(ジェロームの動揺。) でもそのうちわかるわ。最近私の知った錠剤は最高よ。チェコスロバキア製の。一箱送らせましょうか。何の不都合も無いわよ。


第八場

同上の人物、掃除婦
それから ヴィオレット

(掃除婦) 奥さま、マドモアゼル・ヴィオレット・マザルグさまです。

(アリアーヌ) いいわ、お入りさせてくださらないこと? お茶を私たちにおねがいします、エリーズ。

(掃除婦) かしこまりました、奥さま。(つづく)



















最新の画像もっと見る

コメントを投稿