133頁
(ヴィオレット) あなたは、そのことを過去に向けて語るのを止められませんね。
(アリアーヌ) あなたは、どんなことにも、不安の種しか探さないのですね。
(ヴィオレット) わたしが不安の種を探すにはおよばないのです… それに、あなたは正しい。すべては過去のことです。あなたの信じられないほどの寛大さも、何も変えるものは無いのです。袋小路ですわ。この先… (ヴィオレット、泣き崩れる。)
(アリアーヌ、優しく。) では、私のことをそんなにも悪く解されたのですね?
(ヴィオレット) とてもよく解りました。あまりにもよく。
(アリアーヌ) あなたは彼にまだ長い間必要でしょう。
(ヴィオレット、ぼんやりとして。) やがて乳離れの時が来たとき、それをわたしに告げるのはあなたなのですか?
(アリアーヌ) 何を言われたの? 乳離れ? 私、よく聞き取ったのかしら?
(ヴィオレット) あなたは分かっていらっしゃいます、わたしが理解したと…
(アリアーヌ) いいえ、ねえあなた、あなたの気位の高さが反抗しているのですよ。私が、あなたに与えられたと思える、彼の人生の中であなたが演じる役割のことで、あなたを羨まないとお思い? 私は、あなたの役割を深く羨みます。それでも、私は嫉妬していません。(つづく)
134頁
(つづき)なぜなら、この羨みのなかには、僅かの辛さも恨みも入っていないからです… それでも、ひとりの女にとって、運命から裏切られた自分を知ったことは、酷いことではありませんか?…
(ヴィオレット) でも、あなたはご自分が最も優位の立場にあることを確信していらっしゃいます。
(アリアーヌ) 多分、実際には、私次第でしょう、その立場が最も優位のものであるかどうかは。それにしても、どんな条件で? 私の立場が最も軽蔑すべき立場になるには、エゴイズムか個人的意志の一かけらでもあれば、充分でしょう。
(ヴィオレット) わたしが、あなたに、自己犠牲という特権を許しておくつもりかどうか、お分かりになりますか?
(アリアーヌ) ヴィオレット、私は自己犠牲のことを話題にしたことは一度もありません。私は自己犠牲に不信感をもっています。自己犠牲を信じません。私たちは、私の許容しない不具化か、あるいは、私の忌み嫌う内面的な嘘によってのみ、幸福を放棄するのです。
(ヴィオレット) でも、それでは…
(アリアーヌ) 私は、私の周囲に、自己犠牲をする人々を見てきました。その自己犠牲は、この自己犠牲から恩恵を受けるはずだった人々自身の上に、呪いのように重くのしかかりました。自己犠牲から生じることのできるような調和は、存在しないのです。
(ヴィオレット) 解りませんわ。
135頁
(アリアーヌ) もし、私があなたの愛のために自分を犠牲にしたならば、自分で知らないうちに何かの代償か褒美を私が期待しないことは不可能でしょう。この秘められた計算は、私たち三人の間に、曖昧さや嘘の空間をつくってしまうのに充分でしょう。そしてもし仮に、奇蹟的に私が自分自身の中の報酬への希望をすべて根絶するに至ったとしたら、多分、私は救いようのない悲しみに沈んでしまい、私がどんなに努力しても、ジェロームはすぐに、その悲しみの原因を見抜くことでしょう。
(ヴィオレット) 曖昧さ、嘘、それをあなたはひどく恐れていらっしゃって、ジェロームのことに言い及ぶことでしか、それを散らすことができないのですね…
(アリアーヌ) 分かりませんか? それは見かけだけでしか当たっていないのですよ。実際には、曖昧さや嘘は、その形を変えさせることしかしないのです… 真実は、譲れる事物でも、伝えられる事柄でもありません。私には、ジェロームに納得させることは出来ないでしょう、私は、彼に都合がいいような自己犠牲には同意しない、ということを。この自己犠牲についての彼の考えは、我慢のならないものなのです。
(ヴィオレット) あなたはわたしをも納得させていませんわ。
(アリアーヌ) 私たちを結びつけている関係のなかで、ここが難しくて痛々しいところなのですが、ジェロームはほかのことではやりたい放題でも、自分は私に恩義があると思うことは、けっして止めたことがないのです。(つづく)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます