数学教師の書斎

自分が一番落ち着く時間、それは書斎の椅子に座って、机に向かう一時です。

私の履歴書

2021-06-08 17:47:29 | 読書
 私は、朝刊にとっている、日経新聞では、「私の履歴書」を読むのが日課になっています。日経新聞をとり出してからの習慣ですが、特にこれはと思った人の場合は、スクラップにファイルしていますが、物理学者の益川敏英先生や米沢富美子先生などです。記憶に残っている方はやはり理系の学者が多いです。物理学者の佐藤文隆先生もそうです。知り合いの同級生にこの話をしたら、なんと図書館で昭和30年代の岡潔の「私の履歴書」があるというので、わざわざ新潟から送ってくれました。
 そんな「私の履歴書」で、美術史の辻惟雄(のぶお)先生の文章がなぜか心惹かれ、その30回分を毎回楽しみに拝読しました。その「私の履歴書」が実は著書「奇想の発見」
に書かれたものを少し少なくしたもので、早速この「奇想の発見」を買ったものの、例のごとく積読状態だったのを今回時間があるのを幸いに読んでみました。「私の履歴書」には書かれてないことも多く、その意味では新鮮な気持ちで読めました。「奇想の系譜」

という辻先生の若い頃の有名な本によって、若冲などが日本で有名になったのですが、私自身も浮世絵は小さい頃(小学校の頃)から興味がありました。
 何故かというと、私の年代は小さい頃(主に小学校の頃)に記念切手の収集が流行ったのです。その記念切手の中に、浮世絵シリーズなどがあり、小学校3、4年生で菱川師宣の「見返り美人」や東洲斎写楽の「市川海老蔵」、安藤広重の「東海道53次」等、日常会話での共通タームとして使っていたのです。そんな小さい頃の経験もあり、浮世絵にはずーっと興味を持っていました。またこの切手を集めるということで、明治以降の歴史に関してもマニアックに記憶していました。文化人シリーズで渋沢栄一や西周も知っていました。教え子に「周」という名前の子がいて、「あまね」と読んだら、「初めて読まれました。」とびっくりしていました。そんな浮世絵への興味もあり、「奇想の発見」を読み始めると、いろいろな発見がありました。
 曾我蕭白に関して、私が住んでいる三重の松阪市の継松寺には、蕭白の「雪山童子図」があり、また同じ市内の朝田寺には杉戸絵と水墨壁貼付が残っていて、この5月に朝田寺ではこれらが公開されて、住職の説明を聞きながらしばし江戸の奇才の筆の凄さを感じ取りました。
 さらに読み進めていくと辻先生がアメリカのプリンストン大学でも短期間ですが、ゼミを持たれていて、その際に世界的な数学者で、このブログでもその著書について書いた、志村五郎先生と知り合いになられそうで、志村先生の独特な人となりも、少ない記述の中にも十分に読み取れます。
 著者の年代には、砂川事件や安保闘争など当時の政治状況がその青春時代の背景として陰に陽に影響を与えていることが垣間見れますが、その感覚は私の年代でも少しは垣間見れますが、私より若い世代には皮膚感覚としてそれを感じることは難しいでしょうね。というか、見当もつかないと言えるのではないでしょうか。
 美術史家の本であるので、本の装丁もなかなかのもので、読むだけでなく視覚的にも印象的な本として大事にしたくなりますね。

数学の入試問題について(2)

2021-06-08 08:01:07 | 数学 教育
 数学の本を読んでいる時に思い出すのか、大学入試問題を解いている時に思い出すのか、どちらが先がわかりませんが、そんな入試問題が時々目にします。
 以前のブログでも書きましたが、そこでは京大の西田先生の書かれた本の内容と類似した入試問題の話でしたが、他にも目にすることがあったので忘れないうちに書いておきたいと思いました。2006年度の大阪市立大の問題で前期日程の文系と看護学部の医(看護)学部の問題で、出題範囲は1A2Bです。4題出題されたその3番の問題です。

円と放物線という2次曲線があって、放物線上3点A,P,Qをとって、直線AP,AQが円に接しているという条件での設問です。高校の数学の単元では図形と方程式という数学Ⅱの範囲ですが、数学的にはポンスレーの閉形定理の話で、実はこの2つの円と放物線は次の本のp150〜151の例に挙げられています。
この本の出版は2005年の10月ですから、実際はそのすこ日前になるかとも思いますので、2006年度の入試問題作成時期に当たるのでしょうか。しかし、代数幾何でのポンスレーの定理での有名な例かもしれませんね。
 ただ問題を解いているだけだと気がつかないことが多いのですが、数学の本も読んでいるとここでのような実例を見つけることができ、教える立場としても、常に数学の本を読むことが求められていると実感します。問題を解くだけなら必ずしも必要ではないかもしれませんが、もう一歩数学の中身を教える側が理解するには必要なことだと思います。そこに教える側の楽しみもあるのかと思います。
 この本の著者の硲文夫先生の本はどれも読みやすく、読むたびにそのありがたみを感じています。