名古屋の駅前のジュンク堂で数学所のコーナーで何気なく手に取った,長岡亮介先生の本です.今までも,何冊か先生の本は読んでいたし,基本的に納得する話が殆どで,自分の代弁者のごとく勝手に尊敬の気持ちを抱いています.
この本は,いくつかの公演をもとに書籍化した本であり,実際に講演を聞くことが一番先生の意図が伝わるのでしょうが,書籍であってもかなりの部分で得られるところ大であると感じました.
先生の著書としては,旺文社の高校数学教科書がまず挙げられると個人的には思っています.いわゆる「ゆとり世代」の数学教育に使ったものでした.いろいろと忘れられない思い出がある,ある意味特殊な教科書です.
具体的には,背理法の証明の例では,素数が無限個ある証明が挙げられています.それまでの教科書では,2の平方根の無理数であることの証明が殆どでした.これなどは,著者の主張の一つの表れかと思います.また,誤植が多く,検定教科書としては異例でした.そのため,旺文社の営業担当者がお詫び行脚をされたとか,そんな噂を聞きました.私の学校のもとへは来られたのか記憶はありませんが.
そもそも,教科書を採択する際,どのようにして高校現場では行われるのか.私の経験した現場でもまちまちです.いろいろな教科書を比較しながら,まじめに議論している場合もありますが,中には傍用問題集や参考書の関係から決める場合や,便利なソフトの関係で決める場合など,その決め方に関しては幅が広いと感じました.
旺文社のこの教科書は,誤植は個人的には気になりませんが,著者の主張というか,執筆に際しての著者の気持ちの強さを感じた経緯があります.当時,筑波大付属駒場高等学校でもこの教科書が使われていて,その採択意図は実際には聞いてはいませんが,我々と同じ意識があったのでは感じています.
教科書以外では,数学の参考書の所謂「黒本」といわれる「大学への数学」(研文書院)等も執筆されているのを知っていました.また,駿台予備学校でのカリスマ講師としても有名でした.他にも,「東大の数学入試問題を楽しむ」(亀書房)などがあります.
今回の「数学的な思考とは何か」(技術評論社)は,上記の「東大の....」の続編とも私には思える一連の数学教育に関しての著者の主張を再確認できる本として,楽しく一気に読めました.
今ちょうど,予備校では三角関数で加法定理の証明等を行っていましたが,ベクトルの内積を使っての証明法には,「なるほど!」と思わず膝をたたきました.教科書では,定理や公式の証明ではそれまでに習った,あるいはそれ以前教科書にならった事項しか使えないという制約から,証明としては,もっといい証明があるのにも思える得ることも多く,現場として教える立場からは,最も気になるところです.教科書が数学の体系とは違う中で編集されていることが,その主な原因であることは教える立場からは意識したいところです.ですから,高校3年生等で,総復習する場合や入試問題では,高校で習った数学的な背景をもとに証明しますから,教科書とは違った証明があり,時にはその証明がすっきりしている場合も少なくありません.例えば,三角関数の加法定理も,この本で紹介されているベクトルの内積を使う方法や余弦定理を使方方法(私の高校時代の教科書はこの余弦定理を使っていました)などいろいろあります.また,点と直線距離の公式の証明等も教科書でこの公式が出てきた時点で,ベクトルを習っていないという状況のもとで,ベクトルを用いないで,平行移動を使っています.しかし,ベクトルを使って証明する方が簡潔であり,さらに点と平面の距離の公式の証明にも使えて便利です.
大学で数学を教えておられる数学者が,数学教育にも積極的にコミットして,長岡先生のように予備校で受験生にも実際教えられた経験からの提言には納得できることも多く,現場の数学教師としての視点からも思わず同意したくなる点が多々感じられます.