今日の言葉
結局私たちの社会は約束事で成り立っているのだから、約束を守らなかつたら信用を失って孤立しかねない。社会人の義務として約束は守ろう
菊池寛「私の日常道徳」
8月22日(日) 晴 A勤
今日は
「チンチン電車の日」
歴史上の出来事
2004年(平成12年)
アテネ五輪女子マラソンで野口みずきが金メダル。前回シドニー五輪の高橋尚子に続き、日本勢として2大会連続の優勝
1988年(昭和63年)
山陽相互銀行がトマト銀行に改称
1981年(昭和56年)
作家向田邦子さんら搭乗の旅客機が台湾で墜落。110名死亡
1952年(昭和27年)
第一回全日本大学選手権大会が神宮球場で開幕
1910年(明治43年)
日韓併合条約を締結
Y!キッズより
特上・上・並・並下、四分割された日本人
所詮、下級国民は自宅療養、そして診察されることなく、「南無阿弥陀仏」、隔離され、火葬により骨だけが残り、骨壺に入れられるか、散布されるかどちらかになります。樹木葬などの新方式も話題を集めていますが、墓にはいれればいいほう、無縁仏として始末されてしまう遺骨もあるでしょう。人生の終焉は様々です。
コロナ禍で、よりいっそう上と下級国民に分断されてしまいました。前に「最」がつき、四分割にされました。デフレ経済で、給料が上がらず、消費税のような重税が肩に乗り、貧しい人はより貧しくなりました。人間同士、お互いが貧困になり、他人の面倒などみれる余裕ははありません。「貧すれば鈍する」、生活に余裕がなければ、他人のことなどかまってられません。自分が生きていくのがせいいっぱいです。自助努力は絵に描いた餅になりました。
「懐さむし、心底冷える令和かな」
分断された原因の一つは貧富の格差が拡大したことです。また、最上級国民は、自分の地位と特権を利用、最下級国民の犠牲のもと、好き&やり放題です。役人の検査入院と同じ頃、妊婦さんの受け入れ病院がなく死亡されたというニュースがありました。コロナ禍の象徴的な出来事でした。
封建から自由平等の社会へ
分断された二つめの原因は、戦前と戦後の価値観の変化です。縛りのある封建からない自由へ、暗から明へ変わりました。戦前は家制度というものがあり、長男が家督を継ぐ代わりにその家の主としての義務を課せられました。戦後はみな平等ということになり、兄弟姉妹、継げるものが継げばいいという考え方になりました。すると、自由ということは、逆に不自由になります。いい例が、「親の面倒」をだれが見るのかという問題です。家制度があればそんな問題は起きません。そのタガが外れれば、誰が「親の面倒」をみるのか責任のなすり合いが始まります。束縛をはずすのは簡単ですが、後始末が大変で、親子のキズナが希薄になります。それにより、先祖から受け継がれてきた血脈の分断がおこりました。誘発したのが「核家族」という形態です。そして、また核が分裂し、親子がバラビラになり、挙句の果てが、孤島で暮らすがごとく、独身者や独居老人が増え続けています。
「井戸端会議」という言葉もなくなり、近所付き合いもなくなりました。結果、他人への“おせっかい“もなくなり、横の絆もなくなりました。隣にすんでいるひとはだれかな?向こう三軒両隣も死語になりました。
経済と人間関係がずたずたになった令和です。
今日の記事です。
杉田官房副長官、就任3134日で在職歴代最長に「代わりが務まる人いない・・・・」
読売新聞オンライン
2012年に発足した第二次安倍内閣で官僚機構の頂点である事務担当の官房副長官に就いた。17年8月からは、省庁幹部人事を統括する内閣総理大臣人事局長を兼務し、「官邸の要」(加藤官房長官)として霞ヶ関を統率している。
杉田官房副長官「発熱で検査入院」に大ブーイング! そして聞こえる後任人事“本命と対抗”(日刊ゲンダイDIGITAL) https://news.yahoo.co.jp/articles/4a7af8c345b051a4d007bf4f49cd11465183bd5e
今日の曲は
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