開館以来25年の「劇場史」の中でこの小屋が手がける5つ目のロシア・オペラである。今回は「開場25周年記念公演」と銘打たれている。「ボリス」と言う為政者の孤独をテーマにした作品が、ロシアの一人の為政者によって残虐な侵攻が繰りかえさえているまさにそれと時を同じくして開幕するとは何たる巡り合わせだろう。そうした意味で、今回のこの舞台はまさに身につまされる思いで観ざるをえなかった。全編ほぼ美しい独立したアリアもない形式は、ワーグナーの「指輪」と同じとも言えるが、心に訴える瞬間は比較にならないほど多い。それはこの時期だからということもあろうが、「ボリス」が決して観念ではなく、人の心のドラマだからであろう。とりわけ主人公の行動をPTSD(心的外傷後ストレス障害)と関係付けて考えることから始めたマリウシュ・トレンスキー演出による、手の込んだ、よく考えられた大胆な読み替え演出は、この16世紀の物語の本質をぐっと現代の我々に近づけ、同時に脚本の可能性を究極まで引き出したということができよう。1969年初演版と1972年改訂版の折衷という版の選択も、プロジェクションによる映像挿入手法も、すべてはそのために寄与していたと納得させる仕上がりだった。沢山のキューブを使ってボリスの内面を表現したボリス・グドルチカの装置も実に効果的だった。ソリストは皆素晴らしい歌唱と演技で説得力があったが、とりわけピーメン役のゴデルジ・ジャネリーゼの美声にはうっとりした。日頃良い仕事を重ねている新国立劇場合唱団には、まさに実力発揮の場であった。大野和士率いる都響の表情豊かなピットは、職人的な器用さとは正反対のムソルグスキーの荒削りなスコアを手際よくまとめ上げ、今回の舞台を成功に導いた。
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