長年共に演奏活動を繰り広げている息のあったコンビの演奏会だ。今回はコロナ禍での彼らの研究成果の発表の場となったと言っても良いだろう。庄司は愛器のストラディバリに太めのガット弦を張り、古典ボウを使用。一方のカシオーリは、ポール・マクナルティの製作したワルター・ピアノを模したフォルテピアノを使用するという凝った試みだ。広いサントリー大ホールの舞台の真ん中にチョコンと小さなフォルテピアノと譜面台が置かれていて、それがこの夜に繰り広げられる音楽世界を象徴していた。そして一曲目のモーツアルトのバイオリン・ソナタ第28番ホ短調が繊細の極みと言って良いような音で始まった。二人の音は小さいが、その小さな音の世界に一杯のドラマがあり聴く者はどんどんその世界に吸い込まれ、意識は揺蕩うような音界に飲み込まれてゆく。何たる幸福感!この幸福感は、音の世界に遊ぶ二人の稀有な音楽家の世界に招き入れてもらえたからこそ味わえたものだろう。製作者が舞台に現れて丁寧なチューニングを施した後に二曲目は同じく第35番ト長調。ここでも幸福感は持続する。ピリオドを標榜した演奏は、先鋭的な過激なスタイルで興隆したが、その後様々な試みを繰り返す中で、やっと本来の自由な音楽の世界を獲得したといえるだろう。今回のスタイルは正にその典型で、ここまで前半に繰り広げられた音楽はある意味で究極的なモーツアルト演奏だったような気がする。休憩を挟んで後半は、今回の演奏スタイルを模索する中で参考になる著作もあるC.P.E.バッハの「ファンタジア」で始まった。二人の演奏家の解き放たれた精神が、200年以上も前の古典音楽をまるで出来立ての現代音楽のように仕上げていてとても興味深かった。そして最後はベートーヴェンの中期の傑作として知られるバイオリン・ソナタ第9番イ長調「クロイツエル」だ。しかし、時代もここまで来ると音楽にダイナミズムが要求されるし、とりわけこの曲は競奏的な特徴を持っているので、今回のスタイルではいささか厳しいかなという感じを持った。つまり試みとしては面白いが、「古典」をはみ出たベートーヴェンの真髄は伝わらなかったように思った。盛大な拍手にアンコールは C.P.E.バッハのバイオリン・ソナタハ短調からAgagio。ここでまた静謐で繊細な音楽がピタリとハマる世界に戻って良い締めくくりになった。
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