時そば(ときそば)

みんな知ってる「いまなんどき」のアレ。名人がやると俄然映えますねえ。
夜鷹そばとも呼ばれた、屋台の二八そば屋。
冬の寒い夜、屋台に飛び込んできた男、
「おうッ、何ができる? 花巻にしっぽく?
しっぽくぅ しとつ こしらいてくんねえ。寒いなァ」
「今夜はたいへんお寒うございます」
「どうでえ商売は? いけねえか?
まあ、あきないってえぐらいだから、
飽きずにやんなきゃいけねえ」 と最初から調子がいい。
待って食う間中・・・!、
看板が当たり矢で縁起がいい、あつらえが早い、
割り箸を使っていて清潔だ、いい丼を使っている、
鰹節をおごっていてダシがいい、そばは細くて腰があって、
竹輪は厚く切ってあって……
と、歯の浮くような世辞をとうとうと並べ立てる。
食い終わると
「実は脇でまずいそばを食っちゃった。おまえのを口直しにやったんだ。
一杯で勘弁しねえ。いくらだい?」
「十六文で」
「小銭は間違えるといけねえ。手ェ出しねえ。
それ、一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ、
今、何どきだい?」
「九ツで」
「とお、十一、十二……」すーっと行ってしまった。
これを見ていたのが、ぼーッとした男(与太郎)。
「あんちきしょう、よくしゃべりやがったな。
はなから、しまいまで世辞ィ使ってやがら。
てやんでえ。値段聞くことねえ。十六文と決まってるんだから。
それにしても、変なところで時刻を聞きやがった、
あれじゃあ間違えちまう」と、何回も指を折って
「七つ、八つ、何刻だい、九ツで」とやった挙げ句
「あ、少なく間違えやがった。
何刻だい、九ツで、ここで一文かすりゃあがった。
うーん、うめえことやったな」
自分もやってみたくなって、
翌日早い時刻にそば屋を捕まえる。
「寒いねえ~」
「へえ、今夜はだいぶ暖かで」
「ああ、そうだ。寒いのはゆんべだ。
どうでえ商売は? おかげさまで?
逆らうね。的に矢が……当たってねぇ。
どうでもいいけど、そばが遅いねぇ。
まあ、オレは気が長えからいいや。
おっ、感心に割り箸を……割ってあるね。
いい丼だ……まんべんなく欠けてるよ。
鋸に使えらあ。
鰹節をおごって……ぶあっ、塩っからい。
湯をうめてくれ。
そばは……太いね。ウドンかい、これ。
まあ、食いでがあっていいや。
ずいぶんグチャグチャしてるね。
こなれがよくっていいか。
竹輪は厚くって……おめえんとこ、竹輪使ってあるの?
使ってます?
ありゃ、薄いね、これは。
丼にひっついていてわからなかったよ。
月が透けて見えらあ。
オレ、もうよすよ。いくらだい?」
「十六文で」
「小銭は間違えるといけねえ。手を出しねえ。
それ、一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ、
今、何どきだい?」
「四ツで」
「五つ六つ七つ八つ……」

《うんちく》
夜鷹そば・・・夜泣きそば(夜鷹)は一杯十六文と
相場が決まっていて、異名の二八そばは
二八の十六からきたとも、
そば粉とつなぎの割合からとも諸説あります。
《何どきだい?》
冬の夜九ツ刻(ここのつ どき)はおよそ子の刻、
午前0時~2時。
江戸時代の時刻は、明け六ツから、およそ2時間ごとに
五四九八七、六五四九八七 とくり返します。
後の間抜け男が現れたのは四ツですから、
夜の10時~0時。
あわてて2時間早く来すぎたばっかりに、
都合8文も、ぼられたわけです。
《ひょっとこそば》
この噺を得意にしていた三代目桂三木助は、
マクラに「ひょっとこそば」の小ばなしを振っています。
客が食べてみるとえらく熱いので、思わずフーフー吹く、
「あぁたのそのお顔が、ひょっとこでござんす」
これは六代目三遊亭円生もやりました。

《だそく》
それまでそばの代金の数え方を
「ひいふうみい」とする演者が多かったのを、
時刻との整合から、
「一つ、二つ」と改めたのは三代目三木助でした。
なるほど、こうでなければそば屋はごまかされません。
今ではほとんど三木助通りです。
たしか、先代・春風亭柳橋だったと記憶しますが、
「何どきだい?」 「へい九ツで」 のところで、
お囃子のように、二人が間を置かず、
「なんどきだーいここのつでー」
とやっていたのが、たまらないおかしさでした。
これだと、そば屋も承知でいっしょに遊んでいるようで、
本当は変なのですが。
◆五代目 柳家小さん 古典落語特選集 第六巻
※師匠方の敬称は略させて頂きました。
参考・引用:
◆「落語家はなぜ噺を忘れないのか 柳家 花緑 (角川SSC新書)」

◆「新宿末広亭のネタ帳 長井 好弘 (アスペクト)」
◆「落語のあらすじ 千字寄席」 時そば
http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2004/11/post_13.html