川瀬有希の時の旅


「今日は何の日」と題し、過去のその日に起こった出来事を、自由気ままに語るブログです。

10月5日/ 今日は何の日

2012-10-05 00:15:00 | テレビ・ラジオ

(1987年)『ニュース22プライムタイム』放送開始

この帯番組が始まった為に(一旦)消えたもののひとつが金曜夜10時のドラマ枠。
「ドラマのTBS」を象徴する数々の傑作を生み出した支持率の高い枠だったのに、テレ朝の『ニュースステーション』に対抗するという視聴者無視・業界内の発想のみで平気で潰し、同番組をスタートさせた。
案の定失敗。
僅か1年で打ち切り。
そして、何事もなかったかのようにドラマ枠を復活させた。
が、一度裏切られたものに、世間は兎も角、僕は関心を持てず、以後今日に至るまでその枠で放送されるドラマは全く観ていない。
振り返ると、「民放の雄」とも評されたTBSが長期低迷に陥る分岐点がこの辺りだったように思う。


10月4日/ 今日は何の日

2012-10-04 00:15:00 | テレビ・ラジオ

(1982年)『笑っていいとも!』放送開始

正式名称は『森田一義アワー 笑っていいとも!』。

僕の実家のある地域の隣県のテレビ局(地理的にかなり近いので視聴出来た)は本来の生放送でネット、地元の局は夕方に録画放送だったので、学校に行っててリアルタイムで観られない中高生時代は、地元局でチェックしていた。
80年代はそんな感じで、1990年に限っては宅浪だった関係で、昼食をとりながら毎日チェック。
1991年春、大学進学後は観る機会が激減し、結局それっきり観なくなり今日に至る。
……完全に時間が止まってる(笑)。

当時は結構好きな番組だったが、ここまで長く続くとは思わなかった。
近年視聴率低迷の影響か、度々打ち切り説がまことしやかに流れるが、だからと言って『いいとも』に代わる、或いはそれを「越える」新番組をつくれるだけの力量は、今のフジテレビにはないだろう。
何だかんだ言われつつも、当分は続くものと予想。
ただ『いいとも』がなくなれば、ロケ収録の為の時間がより確保出来るので、NHKの『ブラタモリ』が通年放送されるようになるかも知れない。
それならそれで嬉しかったりする。


10月3日/ 今日は何の日

2012-10-03 00:15:00 | テレビ・ラジオ

(1990年)『夜のヒットスタジオ』放送終了

フジテレビの代表的音楽番組。
たまにマニアックなアーティスト(滅多にテレビに出ないアーティスト)が登場するので、好きな番組のひとつだった。
オフコース脱退後ソロになったヤスさん(鈴木康博さん)が出た時は正座して観賞したなぁ(笑)。

一番馴染みのある司会者は、井上順&芳村真理コンビ。
ただ芳村の、どことなく上から目線の話し方(あくまで僕がそう感じただけで、実際そうだったという訳ではない。念の為)だけは最後まで好きになれなかったが……。
井上から古舘伊知郎に交代したまでは受け入れたが、柴俊夫の加入は明らかに違和感があり、観ない回数が増えた。

そして、問題の加賀まりこ。
彼女の起用は100%失敗だったと断言出来る。
一例として、THE ALFEE登場回。
高見沢の顔に目をやり「髭ぐらい剃りなさいよ」等、どうでもいい小言をネチネチと言い続けた為、高見沢が爆発寸前になった時はテレビの前でハラハラしたものだ。
そんな無茶な進行が頻繁に為されるので、観るのがつらくなり、完全に番組から遠ざかることになった。
あんな嫌な気分になるのは御免被りたかったので、最終回も意識的に観なかったので、どんな終わり方をしたか、いまだに知らない。


9月28日/ 今日は何の日

2012-09-28 00:15:00 | テレビ・ラジオ

(1985年)『8時だョ!全員集合』放送終了

(1986年)『オールスター家族対抗歌合戦』放送終了

(1989年)『ザ・ベストテン』放送終了



これら人気長寿番組が、奇しくも同じ9月28日に終了していた。



僕は完全に全員集合派で、裏のひょうきん族には目もくれなかった。
ただ、小学6年生になる前後から急に興味をなくし、番組を観なくなり(土曜の夜に塾に通い出したのも影響か?)、番組が終わったこともちょっと経ってから知ったぐらいだ。
昔の熱狂具合からは想像も出来ないぐらいあっけなく冷めてしまったことが、今でも信じられない。



『家族対抗歌合戦』を含め、当時我が家の日曜夜は、7時台前半を除きチャンネルはフジテレビに固定されていた。
具体的にはこんな感じ。

タツノコプロ製作アニメ
  ↓
サザエさん
  ↓
(夜7時だけTBS『アップダウン・クイズ』に移動)
  ↓
世界名作劇場
  ↓
オールスター家族対抗歌合戦
  ↓
花王名人劇場

だから、大河ドラマも『西部警察』も全然馴染みがない。
この鉄壁の牙城は、1982年10月に日テレで『久米宏のTVスクランブル』がスタートするまで崩れなかった。



初めてベストテンを観たのは1981年1月、八神純子の「Mr.ブルー ~私の地球」オンエア回。
何故それを憶えているかというと、歌う彼女のバックに映し出されたキノコ雲や空襲による焼け跡のモノクロ映像が鮮烈で、歌詞のメッセージを具体化したようなあの演出は、今なお目に焼き付いているから(この件については、こちらでも紹介)。
小学3年だったその日からおよそ3年間は、僕が得る音楽情報の大半は、この番組からのもので占められていた。
アイドルも演歌もニューミュージックも、ベストテンで流れないものは蚊帳の外といった感じ。
6年生に進級した辺りからラジオを聴き始め、テレビには登場しないアーティストの音楽や流行歌以外の楽曲及びアルバム作品に沢山触れるようになり、次第にそちらに関心の主軸が移り、中学校入学以降は観る機会が激減した。
高校進学後には、番組の存在自体忘れる始末。
だから、最終回も視聴していない。
今思えば、ラストぐらいは観ておけばよかったという気もする。


9月27日/ 今日は何の日

2012-09-27 00:15:00 | テレビ・ラジオ

(2005年)『火曜サスペンス劇場』終了

日テレの2時間ドラマ枠。
テレ朝の『土曜ワイド劇場』同様、シリーズ化される人気ドラマを数多く生み出した名物番組。
岩崎宏美の「聖母たちのララバイ」をはじめ、エンディング・テーマが大ヒットすることもしばしば。

この通称〈火サス〉の終了に、最後まで反対したのが水谷豊と言われる(あくまで噂で、真相は定かでない)。
今や『相棒』の印象が広く浸透しているが、2000年代初頭までは、火サスを代表する役者というイメージの方が強かった。
実際、火サス最多出演者であり、最終回を飾ったのも彼が主役を演じた『事件記者・三上雄太』であった。