(9月9日)安部俊幸さんの逝去が公表される
今月は印象的な出来事がいつにもまして多かったように感じるが、個人的にはやはりこの訃報に最もショックを受けた。
チューリップのギタリスト・安部俊幸さんが、7月7日に居住先のインドで脳出血の為亡くなっていたことがこの日公表された。
あれは1984年のこと。
その日たまたまラジオのチューニングをNHK-FMに合わせた際、チューリップが夏に行った野外ライブの特集をやっていて、流れてくる曲の良さに魅了され、一発でファンになった。
まだ現役だったものの、リアルタイムでリリースされるものより、遡って昔リリースされた曲の方をより熱心に聴いていたように思う。
とりあえずその時の「今」に早く追いつきたい、その一心でデビューの頃から順に作品をチェックしていくといった感じだった。
そして、やっと追いついた頃に解散(1989年)。
けれど、それで熱が冷めるどころか、過去のアルバムのCDによる再発が活発になった恩恵?を存分に受け、更に熱心に聴くようになり、いつしか僕にとっては別格的なアーティストのひとつとなっていた。
安部さんは朴訥とした語り口が特徴で、その話に耳を傾けるだけで人のよさが伝わってくるような、そんな人物だった。
チューリップでリードボーカルを務めたナンバーは極めて少ないが、同じくメンバーの姫野達也さんとのコンビ(安部さん作詞・姫野さん作曲)による楽曲には数多くの名作があり、財津和夫さんの才能が目立つチューリップの作品群に於いて、それとは異なるかたちで個性的な楽曲を届けてくれる重要な存在であった。
だからこそ、安部さん(や姫野さん)が一時脱退した後のチューリップが明らかにパワーダウンしたように当時感じられたのも、当然と言えば当然だった。
安部さんはビートルズのジョージよろしくインドに人一倍心を奪われたようで、遂には暮らしの拠点をインドに移し、バンドの再結成のたびに日本に戻って来るという生活スタイルを採っていた。
インドといっても開発著しい都市部でなく、ヒマラヤ近くの本当に自然豊かな田舎だったという。
古くからの友のつのだひろさんの話によると、倒れてから病院に運ばれるまで、そういう場所な為に約8時間も要したらしい。
それでは助かるものも助かるまい。
もし日本に暮らしていれば……とつい考えてしまうが、安部さんの立場からすれば、こういうかたちであれ、愛するインドで人生の幕を閉じられたことは幸せだったのかも知れない。
それは、本人にしか分からないが……。
ひとつ言えることは、もうオリジナル・メンバーでのチューリップの演奏を、この目で、この耳で確かめることは永遠に叶わなくなったということ。
この歴然たる事実が、堪らなく哀しい。
安部さん、長い間本当にありがとう。
のこしてくれた作品の数々を、これからも愛し続けるよ!