
(昼過ぎの富士山。風が強い日です。6日夜は落雷がすごかった)
「日限地蔵」は、いろいろなところに祀られているものなんですね。
戦国期・安土桃山時代に、会津を拠点とした蘆名 盛氏が夢のお告げにより、
城の堀から拾い上げた地蔵菩薩像3体を「日限地蔵」として、
会津若松の西光寺に祀りました。
その後、江戸・白金に下高井戸から移転させた松秀寺に、
紀州の殿様が2体を求めて寄付したことをきっかけに全国に広まったのだそうです。
「駒込病院百年史」に、こんな一文を見つけました。
(戦後)或る年、、歳末無料診療の後で都の職員の代表として我々3人の者が宮中へお招きを受けて、皇后様の前で御報告申上げた事があったが、その頃は皇后様はまだお若く美しく本当に慈母の様な感じのするお方であった。話のついでに「我々の病院の直ぐ前に、日限りの地蔵様と云う小さな祠があり霊験あらたかだと云う評判で香煙の絶えることがありません。病院の往復に患者の家族が---何日迄に病人を治して下さい---と日を限ってお願いして来ますが、病人が治って退院する時には我々病院職員へは挨拶はしなくても、お地蔵様の方へは厚く御礼を申上げて帰宅します」と申上げた所、皇后様は声をあげてお笑いになられた。
今では、遺伝子レベルとか、ナノレベルとかいって、
神・仏よりも、医者や科学者がいるから大丈夫。
でも、いざ治せないとなると「医者のくせに」とかなんとか、
平気で文句をいったり、なじったりする人が多くなりました。
それが今回の新型コロナウィルスが感染拡大して、治す薬がないとなると、
アマビエだとか、ヨゲンノトリだとかに頼ろうとするのは、
結局のところ、今も昔も変わりがありませんね。
違いといえば、医療技術が発達していない中で、
最善を尽くそうとするお医者さんには、
神・仏と同じ尊敬の念を抱き、感謝する人が多かったということ。
インドのある都市では、外出禁止令に従わない若者を懲らしめようと、
道路に検問を張り、捉えた青年を、
コロナ患者に扮した役者のいる救急車に押し込むという対策をしているのだとか。
よく、死体が流れてくるガンジス川で、
ヒンズー教徒が沐浴するなんて映像を見たことがありますが、
宗教に関係なく、伝染病を恐れない若者がいるってことは、
インドもずいぶん近代化しているんだなと合点がいきました。
横浜にも、港南区に「日限地蔵」が祀られています。
万が一、感染してしまったら、願掛けに行きたいと思います。
いけない!なおさら外出自粛しなくては・・・。合掌
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