東京都知事・石原慎太郎氏が1995年に発表し、芥川賞を受賞した『太陽の季節』の中に、ポコ珍で障子を破るシーンが描写されていたことを思い出した。ちょっと見は、フェンス越しに覗く露出狂の変態オヤジといった風情だが、ここはあえて太陽族のカリスマというべき「裕ちゃん」に見立てたい。
それにしても自然の生命力というものは、実にスゴイ。だからといって、フェンスを破っている訳ではなく、食い込んだ上で成長を続け、 . . . 本文を読む
日本の古来からの文化に「見立て」というものがある。本来の物の姿や用途を、別の姿になぞらえたり、違う使い方に用いたりすることをいう。和歌や俳句、芸能などさまざまなものに「見立て」が活躍する。あるときは“粋”であり、またあるときは“野暮”だったりして、一喜一憂する。落語では、扇子を煙管や箸、筆に見立てたり、手ぬぐいを煙草入れや書籍に見立てたりする。山陰地方には「一式飾り」といって、陶器や金物など一種類 . . . 本文を読む
森が近所にある。一見「林」かもしれないが、分け入ってみると、結構深いし、一人歩きでは身の危険(自殺者などがときどき出て、背筋が寒い?)を感じるような独特の湿度と静寂さを感じるから、「森」もあながち誇大表示じゃないかも。
ところで、自然というか、木々のありようは、ときとしてエロかったり、それが芸術性を帯びていたりして、ついついデジカメで画像に残しておきたい衝動にかられるものがある。この作品もその一つ . . . 本文を読む
寒気団が活発になってきて、朝晩冷え込むようになってきた。ふと見回すと、緑色の大きな塊だったユリの木の街路樹が丸坊主になっていた。駐輪場の人がセッセと枯葉掃除に忙しそうだと感じていた矢先である。昨年は、枯葉で歩道や車道が茶色のジュウタンを敷き詰めたようだった。それが今年は、まだほとんどの葉が緑のうちに刈り払ってしまった。これ以上樹勢を大きくしないようにやったことなのか、枯葉の清掃費用と天秤にかけてや . . . 本文を読む
北斗の拳のことじゃなく、リンゴのこと。今年は豊作で、とんでもなく美味い。私がいつも宅配をお願いする木村農園では、青森県内を襲った雹雨の被害も免れたため、特に大玉で蜜入りも多い。北斗は、ほとんどのリンゴ農家で期待され、栽培された過去を持つが、大玉で熟成度が高い宿命からか、ツル割れや芯カビが多発し、それ自体は味覚に影響がないのに見た目の悪さから敬遠されるに至った過去を持つ。今では栽培農家も少なく、幻の . . . 本文を読む
以前、旧小机領三十三札所巡りの話をしたけれど、ついつい板東三十三観音霊場巡りを始めてしまった。というのも、阪急交通社のバスツアーに、その企画案内を見つけ、第一回はお試し価格となっていたからだ。まず、1番札所の鎌倉・杉本寺を皮切りに、6番厚木・長谷寺(飯山観音)、7番平塚・光明寺(金目観音)、5番小田原・勝福寺と回って、最後はカマボコの鈴広でお買い物となる。驚いたことに添乗員が同行するほか、先達又は . . . 本文を読む
スポットCMでは「納棺師」の物語だというから、だれでもが葬儀屋さんのこと?と勘違いしているらしい。大抵、葬儀の流れの中に、湯灌や納棺といった行程があるために、葬儀屋さんがほとんど仕切ってしまうが、それを特化したものが「納棺師」という職業だ。実に重いテーマで進行するのかと思っていたら、ときとしてユーモアのある小ネタがあってクスリとさせられる。だれでも「おくりびと」となり「おくられびと」になるという大 . . . 本文を読む