見晴台学園トピックス

 1990年、学習障害や発達障害の中学生・高校生が学ぶ全国にも珍しい父母立の学園です。

今明かされる18年前の秘密

2010年06月24日 | 日々つれづれ
 先日、笠寺・刈谷校舎時代にお世話になっていた国語の講師の先生とお会いしました。

 その時に、第8回全国LD実践研究集会のオープニング企画で生徒たちが発表した
「ひとりじゃない」という創作詩は18年前に授業で生徒たちと一緒に作った
「見晴台学園ってなんだ」という詩がヒントになりました。とお話ししました。
 
 先生は今でもこの詩を学園が大切にしていることを知り、とても喜んでくださいました。
そんな会話の中で先生が一言ポツリと、

 実は一つ悔やまれることがあるのよね、あの詩で…

 “電信柱”のそばで話をしている子がいるってフレーズ、
 生徒は“電信ボウ”って言ったのの、それを、あっ“電信柱”ね、って
 書き換えてしまったのよ。

  名古屋は“電信ボウ”っていうのよね…
                
 確かに子どもの頃は“電信ボウ”って言っていました。(すっかり忘れていましたが)
その表現を標準語に直してしまったことを先生はとても悔やんでいたのです。

 そんな思いがあったとはつゆ知らず…
それでも当時の生徒や先生たちが学園に寄せる思いを一つにして
創った詩『見晴台学園ってなんだ』
 その頃の様子を想像しながら読み返してみました。

 
 見晴台学園ってなんだ

 見晴台学園は名古屋にある
 名鉄「本笠寺」駅近く
 笠寺観音の北
 坂を上がっていく
 自転車を乗り回している子や
 電信柱のそばで 話をしている子がみえる
 そこが 見晴台学園だ

 当時の一年生と討議しながら作り上げた「詩」の冒頭部分である。
「見晴台学園をどう案内するの」という問いかけにまず地理案内がなされた。
予想通りの展開である。しかし、続いて石田さんからそこに見える仲間の様子が
語り始められた時、私は思わずはっとした。そして気づかされた。学園がどこに
どう位置するのかなどということはどうでもよかったのだ。彼女にとって、いや
彼女だけではあるまい。みんなにとって「見晴台学園」は大切な「仲間」の
いるところだったのである。
                      「飛び立つ」見晴台学園編著p202より