徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:三橋健著、『カラー図解 イチから知りたい! 日本の神々と神社』(西東社)

2023年08月07日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

古事記・日本書紀の分かりやすい解説は数多くありますが、本書のように神話から始まって、ご神体や神社の分類、鳥居・本殿・拝殿などの建築様式の分類、神社の仕組みや神職の区分、お札・お守り・破魔矢・お神酒などの由来や意味、神社と人生との関わり、有名神社とその祭祀など包括的に図解してくれるものはあまりないのではないでしょうか。
おそらく、細かいところでは正しいとは言い難い所が含まれているのでしょうが、門外漢または普段なんとなく関わっているけれど、そもそもの意味を知らないといった人にとっては非常に分かりやすい図解入門書です。

目次
【1章】日本神話と神々の系譜
【2章】神社に祀られる神々
【3章】全国展開した神社信仰の分布
【4章】神社の仕組み
【5章】全国の有名な神社
【6章】暮らしの中の神々と神社
【付録】全国の主な神社一覧
 
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書評:下地 寛也著、『プレゼンの語彙力 おもしろいほど聞いてもらえる「言い回し」大全』(KADOKAWA)

2023年08月06日 | 書評ーその他

『プレゼンの語彙力 おもしろいほど聞いてもらえる「言い回し」大全』は、2年ほど前に話し方や語彙力、プレゼン力関係の本を買いあさった際に購入したものですが、残念ながらそのまま今まで積読本リストの一角を占め続けていました。
今月は、志を新たに、積読本を消化することにし、本書を手に取った次第です。

読んでみて思いましたが、実は「積読」しとくほどのものではありませんでした。実に読みやすく、1つの言い回しに見開きを使い、左ページにイラストと標語などがあり、右ページに具体例と簡単な解説があります。

目次
第1章 「自信を示す」言い回し
第2章 「興味を引く」言い回し
第3章 「驚きを与える」言い回し
第4章 「納得感を高める」言い回し
第5章 「信頼させる」言い回し
第6章 「共感を得る」言い回し
第7章 「決断を促す」言い回し

他の類似書で取り上げられている内容も多かったですが、よく分類されているのと、1つの言い回しに1ページという構成の良さが理解しやすく、また、探しやすさから実践的と言えるでしょう。


書評:アルベール・カミュ著、窪田啓作訳、『異邦人』(新潮文庫)2021/12/28

2023年08月05日 | 書評ー小説:作者カ行

『異邦人』(新潮文庫)は4か月ほど前に『ペスト』と一緒に安売りしていたので購入したのですが、そのまま積読本と化していました。しかし、2年前の積読本リストが思い出としてFacebookのフィードに上がって来て、「そうだ、積読本を消化しなくては」と思い立ち、手始めにカミュのデビュー作『異邦人』を片付けることにしました。

1942年に刊行された本作は著者の出身地でもあるフランス領アルジェリアのアルジェを舞台としており、当時の「今時の若者」だったムルソーの母が養老院で亡くなったという知らせを受けるところから始まります。
休みを取って養老院へ行き、母の埋葬を済ませ、翌日は日曜日ですることもなかったので海水浴に行き、そこで元同僚マリイに偶然再会する。二人とも同僚であった時は憎からず思っていたので、その再会を機に付き合いだし、映画館に行って、その後情事に耽る様子が淡々と描写されます。
同じアパルトマンに住む住人達とのやり取りなども淡々としており、ムルソーの無感動・無関心が浮き彫りになっていきます。どちらでも構わないから成り行きに任せて流されるような生き方で、マリイとも欲情の方が優るらしく、彼女に愛しているかどうか問われても「おそらく愛してはいない」「でも、君が結婚したいなら結婚してもよい」的な発言をし、そのローテンションぶりが実にムルソーらしさということのようです。

そうした生活の中、同じアパルトマンに住む男レエモンの痴情のもつれに巻き込まれ、頼まれるまま代筆してやったり、女との喧嘩の際には後で警察で証言してやったりするが、これが尾を引いて、アラビア人たちと争うことになり、レエモンはけがを負う。彼から預かった拳銃を持ったままムルソーはひとりで散歩に出、そのアラビア人に偶然出くわし、匕首を出されたので拳銃で撃って殺してしまいます。なぜかその男が死んだと分かっているのに、その後4発も撃ち込んでしまいます。
ここで第一部が終了します。
第二部は予審や裁判、弁護士や司祭とのやり取りとムルソーの回想が綴られています。ムルソーの罪深さを証明するためと称して、彼が母を養老院へやったことや、母の埋葬に際して悲しみを見せなかったこと、翌日にはマリイと海水浴に行ったことなどが取り沙汰され、そのように許しがたい罪深い魂であるがゆえに殺人も計画的に行ったに違いなく、極刑に値するなどと論証されていきます。(本人は「太陽のせいだ」と反駁)
こうした裁判の論証の仕方にかなりの違和感を抱かざるを得ませんが、それは置いておくとしても、ムルソーが検事や弁護士の弁論などを自分ごとに思えないことや、お前は罪を犯したと言われたから、自分は罪人なのだろうと考えたり、およそ罪の意識を持たず、従って周囲の人間が求める改悛の心も持ち得ないところなど、ムルソーの不条理さが際立ちます。
しかし、裁判官や検事などの論証もずいぶんと理不尽で、これで死刑が確定してしまう当たりに歴史的・文化的背景の違いを感じます。

近代フランス文学の傑作のひとつに数えられるだけあって、非常に興味深い人物・情景・社会描写が含まれています。アルジェの太陽の光と海に対する著者の愛着が感じられるのも魅力のひとつと言えるでしょう。

残念なのは、いかにもフランス語から翻訳したことがありありと分かる日本語文の不自然さです。
彼は付け加えて、「あなたの振舞には、私にはわかりかねる点が多々あるが、あなたが私を助けて、それをわからせてくれることを、確信しています」といった。
とか、
記者は、私にむかって、ちょいと手をあげて打ちとけた合図をして、われわれを離れて行った。
とか。
今日的な基準では「訳がこなれていない」とボツになること請け合いの文体です。


書評:川端康成著、『雪国』(角川文庫)

2023年08月05日 | 書評―古典

「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」という出だしで有名な川端康成の『雪国』。正直、タイトルのこの出だししか知らなかったので、期間限定セールになっていたのを機に新仮名遣いの本書を購入し、読んでみました。

情景描写や人物描写に力があり、描かれた状況がくっきりと立ち上がってくるような印象を受けるのはさすが著名な文学作品と感心するあまりですが、ストーリーはというと、ちょっとしたことで知り合った芸者に会いに新潟県の温泉街まで東京から通い、長逗留する無為徒食の男・島村の目線から描かれた芸者・駒子の自分に対する思いや、それにどうとも答えられない自身の情けなさや、雪国へ向かう列車の中で目を惹いた若い娘・葉子に対する曖昧な情など、あまり面白くない、というのが正直な感想です。
島村に対する感想は、「なんだこのふらふらしたどうしようもない男は⁉」です。カッコつけて、斜に構え、親の遺産を食いつぶしながら、少しばかりの書き物をして、自分からは何も積極的に取り組もうともしない、約束も守らないいい加減な男が物珍しい雪国の情景とそれにまつわる女の話を語っただけ。主人公に全く共感できないのは、私が女だからなのでしょうか?

随所に散りばめられた日本語表現だけはすばらしい作品。


書評:松岡圭祐著、『高校事変 14』(KADOKAWA)

2023年05月30日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

『高校事変 13』(電子版)が発売されたのは3月22日。この14巻は5月23日に販売開始。わずか2か月しか経っていない、驚異的な執筆スピードは相変わらずのようですが、しばらく中山七里作品を立て続けに読んでいたため、松岡圭祐作品はずいぶんと久しぶりのような気がします。

『高校事変 XII』をもって、結衣編が終了し、彼女の妹・凜香と13から新登場したもう一人の妹・瑠那が都立日暮里高校に入学し、凜香・瑠那編がスタート。
二人はその生い立ちの特殊さから人殺しと無縁でいられない生活を余儀なくされていますが、「普通の女子高生」としての生活を夢見ている。そんな彼女らが14巻で遭遇するのは「設問Z」としてメモリーカードが届けられることから始まるネットを介した国際闇賭博。そこではなぜか日暮里高校の体育祭で生徒たちの各競技での勝負が賭けの対象となっていた。闇賭博の胴元X、以前から独り勝ちしている Killer Deeper の正体は誰なのか?

『高校事変 X』でのホンジュラス事変を生き延びた雲英亜樹凪は、留年して日暮里高校に転校し、13巻の連続女子高生誘拐事件に巻き込まれ、凜香・瑠那コンビと自衛官上がりの教師・蓮実に救出されますが、その事件の裏で糸を引いていた「異次元少子化対策」を掲げる組織・EL異次体の思想に共感するところで終わっていました。今回は彼女が妙な動きを見せますが、闇賭博やKiller Deeperとの関係やいかに?
凜香・瑠那を危険な目に合わせようとするのは一体誰なのか?

相変わらずバイオレンスアクションの展開です。感情的な凜香と天才で冷静な瑠那は絶妙なコンビで、結衣が単独行動していたのと対照的です。
当の結衣はすっかり暴力行為から遠ざかり、普通の大学生をやっているのが信じられないくらいです。今起こりつつあることを調べてはいるようですが、戦闘はしないという誓いを頑なに守り、すっかりバックアップに回っていることに少々違和感を持たずにはいられません。
とりあえず、ストーリー展開は現在JKの凜香・瑠那コンビを中心ということですね。


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書評:石田リンネ著、『十三歳の誕生日、皇后になりました。8』(ビーズログ文庫)

2023年05月28日 | 書評ー小説:作者ア行
商品説明
まもなく十四歳の誕生日を迎える莉杏は、暁月から「叉羅国で開かれるムラッカ国とバシュルク国の停戦会談に、仲介役として出席する」という大役を任される。赤奏国の使節団の責任者になった莉杏は、暁月に教えられた『秘密の合言葉』をお守りに叉羅国へ。道中、ワケあり王子、少女傭兵と奇妙な同行仲間が増える中、叉羅国で内乱勃発の危機が迫り!?

『茉莉花官吏伝 十二 歳歳年年、志同じからず』で茉莉花がバシュルク国に潜入し、ムラッカ国が攻め入って来た時に無事に停戦合意を取り付けることができ、バシュルク国潜入のために協力してくれた赤奏国と叉羅国のラーナシュ司祭にそれぞれ借りを返すために、バシュルク国とムラッカ国の停戦会談の場を叉羅国に、仲介を赤奏国に依頼することになりました。
それを受けて、『十三歳の誕生日、皇后になりました。8』で赤奏国の皇后・莉杏が両国仲介の外交を任されて叉羅国に旅立つことになります。
しかし、叉羅国王女誘拐事件をきっかけに、そもそも二重王朝で政情不安の同国に内乱勃発の危機が迫り、莉杏たちは首都に辿り着く前に赤奏国に戻ることになりますが、異国人狩りが行われ、関所では異国人の通過が許されなくなり、莉杏たちは道中で大変な困難に遭遇します。
それでも、莉杏はこれまで学んできたことをもとに慎重に考え、一生懸命、最前の決断を下そうと努力します。
笑顔を崩さず、決して諦めない粘り強さで多くの成果を得ていくのが微笑ましいやら先行きが恐ろしいやらな感じです。

皇帝・暁月がそんな莉杏をなんやかやでとても大切にしていて、糖度の高いエピソードになっています。



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茉莉花官吏伝

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 皇帝の恋心、花知らず』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 2~ 百年、玉霞を俟つ 』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 3 月下賢人、堂に垂せず』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 4 良禽、茘枝を択んで棲む』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 5 天花恢恢疎にして漏らさず』 (ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 6 水は方円の器を満たす 』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 7 恋と嫉妬は虎よりも猛し 』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 8 三司の奴は詩をうたう 』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 9 虎穴に入らずんば同盟を得ず』(ビーズログ文庫) 

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 10 中原の鹿を逐わず』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 十一 其の才、花と共に発くを争うことなかれ』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『茉莉花官吏伝 十二 歳歳年年、志同じからず』(ビーズログ文庫)


十三歳の誕生日、皇后になりました。

書評:石田リンネ著、『十三歳の誕生日、皇后になりました。 』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『十三歳の誕生日、皇后になりました。 2』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『十三歳の誕生日、皇后になりました。3』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『十三歳の誕生日、皇后になりました。4』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『十三歳の誕生日、皇后になりました。5』(ビーズログ文庫)

書評:石田リンネ著、『十三歳の誕生日、皇后になりました。6』(ビーズログ文庫)


おこぼれ姫と円卓の騎士

書評:石田リンネ著、『おこぼれ姫と円卓の騎士』全17巻(ビーズログ文庫)


女王オフィーリア

書評:石田リンネ著、『女王オフィーリアよ、己の死の謎を解け』(富士見L文庫)

書評:石田リンネ著、『女王オフィーリアよ、王弟の死の謎を解け』(富士見L文庫)


書評:中山七里著、『人面瘡探偵』(小学館)

2023年05月27日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
名探偵は肩にいる!? 不可解連続殺人の謎。

三津木六兵には秘密がある。子供の頃に負った右肩の怪我、その傷痕がある日突然しゃべりだしたのだ。人面瘡という怪異であるそれを三津木は「ジンさん」と呼び、いつしか頼れる友人となっていった。
そして現在、相続鑑定人となった三津木に調査依頼が入る。信州随一の山林王である本城家の当主・蔵之助の死に際し遺産分割協議を行うという。相続人は尊大な態度の長男・武一郎、享楽主義者の次男・孝次、本城家の良心と目される三男・悦三、知的障害のある息子と出戻ってきた長女・沙夜子の四人。さらに家政婦の久瑠実、料理人の沢崎、顧問弁護士の柊など一癖ある人々が待ち構える。
家父長制度が色濃く残る本城家で分割協議がすんなり進むはずがない。財産の多くを占める山林に希少な鉱物資源が眠ることが判明した夜、蔵が火事に遭う。翌日、焼け跡から武一郎夫婦の焼死体が発見された。さらに孝次は水車小屋で不可解な死を遂げ……。一連の経緯を追う三津木。そんな宿主にジンさんは言う。
「俺の趣味にぴったりだ。好きなんだよ、こういう横溝的展開」
さまざまな感情渦巻く本城家で起きる事件の真相とは……!?
解説は金田一俳優でもある片岡鶴太郎氏。

山奥の旧家。古い因習。素封家の遺産相続争い。そして相続人たちが次々と殺害される。
人里離れたところでおどろおどろしいストーリー展開は、明らかに横溝正史の金田一耕助シリーズを彷彿とさせます。どうやら横溝正史へのオマージュのようです。絵本の物語をなぞるような事件が続く、「見立て殺人」であることも推理小説の王道の素材を扱っています。
しかし、探偵役が個性的です。相続鑑定人である三津木六兵は、右肩に人語を話す人面瘡「ジンさん」を持っている。宿主のようなものである六兵よりも記憶力と情報処理能力が高く、なにかと六兵を罵り、ときに助言もする存在です。二人三脚で事件を解決するようなものですが、ホームズとワトソンのように別個の存在ではなく、内密に自分会議を開いているようなものです。
そのやり取りは、決して対等ではなく、「ジンさん」が六兵を罵倒するパターン。それが実にユーモラスで、情けない六兵にかえって同情という共感を持てます。
この人面瘡の「ジンさん」というキャラクターがなければ、この作品はどこかで読んだような話の1つに成り下がってしまうことでしょう。



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書評:中山七里著、『笑え、シャイロック』(角川文庫)

2023年05月26日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
新卒行員の結城が配属されたのは日陰部署の渉外部。しかも上司は伝説の不良債権回収屋・山賀。憂鬱な結城だったが、山賀と働くうち、彼の美学に触れ憧れを抱くように。そんな中、山賀が何者かに殺され――。

シャイロックとは、言わずと知れたシェイクスピアの『ベニスの商人』の登場人物で、強欲な高利貸しのユダヤ人のことです。不良債権回収は銀行業務の中では融資と表裏一体である陰に隠れた業務で、なんとしても貸した金を取り戻そうとするシャイロックの姿に重なります。回収業務一筋の山賀はシャイロックと評されるやり手ですが、業務上のトラブルがこじれたらしく、殺されてしまう。
回収業務ではまだ新米の結城は、山賀がこれまで一人で担当していた難しい案件を一手に引き受けることに。ひとつづつ案件に当たっていくうちに、過去のおかしな事実に行き当たり、そこから山賀を殺した犯人が浮かび上がってきます。

金融関係の題材であることから、池井戸潤の作品と似ているような印象を受けます。



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書評:中山七里著、『さよならドビュッシー』 『さよならドビュッシー 前奏曲』 『おやすみラフマニノフ』(宝島社文庫)

2023年05月25日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
祖父と従姉妹とともに火事に遭い、全身大火傷の大怪我を負いながらも、ピアニストになることを誓う遥。コンクール優勝を目指して猛レッスンに励むが、不吉な出来事が次々と起こり、ついに殺人事件まで発生する……。ドビュッシーの調べも美しい、第8回『このミス』大賞・大賞受賞作。

香月玄太郎は一代で莫大な資産を築き上げた立志伝中の人で、地元では名士ですが、脳梗塞の後遺症で車椅子生活を余儀なくされたため、自宅の敷地にバリアフリーの離れを作り、趣味のプラモデルを作りながら元気に生活しています。長女の娘・ルシアはインドネシア生まれで、毎年香月家に遊びに来ていましたが、その年に限り両親の仕事の都合で一人だけ日本に来ているときにスマトラ島沖地震が起こり、一度に両親を失くしてしまいます。孤児となったルシアは香月家の養女となる予定でした。
香月家には、玄太郎の長男・徹也とその妻と娘の遥、次男の研三が一緒に暮らしており、遥とルシアは共にピアノを習っています。
ある夜、徹也夫妻が不在のため、遥とルシアは祖父の住む離れに泊まります。そこで火事が起こり、祖父とルシアが逃げ遅れ、遥は重度の火傷を負ったものの命拾いします。最初はスプーンで食べることすら難儀するくらいでしたが、それでもピアニストになる夢を捨てられず、地元の大学で音楽の臨時講師をしているピアニスト・岬洋介にピアノを教わることになります。

玄太郎は遺産相続に関して遺言を残しており、総資産の半分は遥がピアニストになるために使える信託財産で、残りの半分は長男・次男で分けることになっていました。数億の遺産相続が原因なのか、研三と遥の母が殺されてしまう。いったい誰がどんな理由で?

16歳の少女が障害を克服してピアニストを目指す根性ストーリーと殺人事件のミステリーが絡み合った構成。検事の父を持ち、自身も一度は法曹の世界を目指したこともある岬洋介が探偵役を務める。
このデビュー作からすでに「どんでん返し」パターンが発揮されています。

 
商品説明
車椅子の玄太郎おじいちゃん&介護者・みち子さんコンビが大暴れ!玄太郎は下半身が不自由で「要介護」認定を受けている老人だが、頭の回転が早く、口が達者な不動産会社の社長。ある日、彼の分譲した土地で建築中の家の中(密室状態)から死体が発見された。お上や権威が大嫌いな玄太郎は、みち子を巻き込んで犯人捜しに乗り出す!ほか、リハビリ施設での怪事件や老人ばかりを狙う連続通り魔事件、銀行強盗犯との攻防、国会議員の毒殺事件など、5つの難事件に挑む!

 『さよならドビュッシー 前奏曲』は、エピソードゼロの位置づけですが、香月玄太郎を主人公とした短編集で、離れの火事の前夜までの話が収録されています。「車椅子探偵」を自任し、身の回りで起こった事件をあらゆるコネを駆使して調べて解決します。
玄太郎と介護者のみち子さんの掛け合いを始め、様々な人たちとの会話が非常に軽快で面白く読めます。玄太郎の傍若無人ぶりがパワフルで読み応えがあります。国会議員の毒殺事件では玄太郎の賃貸物件を借りている岬洋介も巻き込まれます。ここで、内緒で遥やルシアにピアノを教えてやるように岬洋介に頼んでおり、それが本編に繋がっていくことになります。


商品説明
『さよならドビュッシー』の続編です! 秋の演奏会を控え、第一ヴァイオリンの主席奏者である音大生の晶は初音とともに、プロへの切符をつかむために練習に励む。しかし完全密室で保管される、時価2億円のチェロ、ストラディバリウスが盗まれた。彼らの身にも不可解な事件が次々と起こり……。ラフマニノフの名曲とともに明かされる驚愕の真実! 美しい音楽描写と緻密なトリックが奇跡的に融合した人気の音楽ミステリー。 

『おやすみラフマニノフ』は岬洋介・音楽シリーズ第2作で、『さよならドビュッシー』同様、きめ細やかな音楽描写が特徴的です。
語り手は愛知音大ヴィルトゥオーゾ科に通う貧乏学生の城戸晶。
同音大は、稀代のラフマニノフ弾きである柘植彰良が理事長・学長を務めており、孫の初音はチェリストを目指す。
晶と初音は仲がいいが、晶がなぜか腰が引けているため、恋人関係にはなっていない。
秋の演奏会には柘植彰良がピアノを弾くことになっており、そのためのオーケストラがオーディションで選出され、コンマスと第一チェロ奏者は大学保有のストラディバリウスを弾くことができる。外部の音楽関係者も多く見に来るため、出演者にはスカウトされるチャンスもある。
晶もコンマスを目指して真剣に練習に励む。同大学一と目されるバイオリン弾きが負傷していたため、晶にチャンスが訪れるが、指揮者とは相性が悪く、オケメンバーも個性的なのが多くて前途多難。
そんななか、ストラディバリウスのチェロの盗難を皮切りに、柘植モデルと呼ばれる柘植彰良専用のピアノの破壊、演奏会を中止させようとする大学ホームページへの書き込みなど、不可解な事件が続く。
本作は珍しく人死にのないミステリーで、音楽で生きていくことの難しさに打ちひしがれ、それでも音楽に向き合い、ひたむきに練習する青春ドラマ。
謎解きは、少し拍子抜けする部分もありますが、音楽とは生き方そのものだという考え方には感動的なものがあります。

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書評:中山七里著、『逃亡刑事』 (PHP文芸文庫)

2023年05月22日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
県警内部、全員敵⁉
「どんでん返しの帝王」が贈る、息をもつかせぬノンストップ・ミステリー。
単独で麻薬密売ルートを探っていた刑事が、銃で殺された。千葉県警刑事部捜査一課の高頭班が捜査にあたるが、事件の真相にたどり着いた警部・高頭冴子は真犯人に陥れられ、警官殺しの濡れ衣を着せられる。
自分の無実を証明できるのは、事件の目撃者である八歳の少年のみ。
少年ともども警察組織に追われることになった冴子が逃げ込んだ場所とは⁉ そして彼女に反撃の手段はあるのか⁉

施設で日常的に虐待を受けている8歳の少年・猛が、麻薬中毒の治療中である母の入院先の病院を目指して夜中に家出することで、警官殺しの現場を目撃してしまいます。
高頭冴子警部は少年に事情を聴き、似顔絵を作成しようとしますがうまくいかず、少年が帰ろうとするときに警察署の廊下ですれ違った男、それが犯人だった。少年の証言だけでは足りないため、証拠固めをしようと動き出すが、相手の方が上手で、冴子は麻薬押収品の横流しと警官殺しの濡れ衣を着せられてしまう。そのまま冤罪で追い詰められないようにするために逃亡を図り、大切な承認を口封じから保護するため、少年を連れて行く。
協力者は、他作品でもお馴染みの宏龍会の渉外委員長・山崎。
潜伏先は日雇い労働者やホームレスが多く、警察署が焼き討ちに遭うような治安の悪い大阪の一地区。
そこのホームレスたちの生態描写が興味深い。反権力の彼らは、警察に追われる冴子と猛を受け入れ、何くれと手助けしてくれる。

この作品の対立構造は、千葉県警組織対冴子・猛&ヤクザとホームレスという変則的な様相を呈しており、それにより警察内部の腐敗が浮き彫りになります。しかし、腐敗しているのは一部だけで、組織内には冴子の主張を信じる者、少なくとも耳を傾け、きちんと調べようとする者も存在しており、警察もまんざら捨てたものではないと思わせる読後感です。



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