徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:中山七里著、『連続殺人鬼カエル男』&『連続殺人鬼カエル男ふたたび』 (宝島社文庫)

2023年05月21日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
マンションの13階からフックでぶら下げられた女性の全裸死体。傍らには子供が書いたような稚拙な犯行声明文。これが近隣住民を恐怖と混乱の渦に陥れる殺人鬼「カエル男」による最初の凶行だった。警察の捜査が進展しないなか、第二、第三と殺人事件が発生し、街中はパニックに……。無秩序に猟奇的な殺人を続けるカエル男の正体とは?どんでん返しにつぐどんでん返し。最後の一行まで目が離せない。 

『さよならドビュッシー』と同時に新人賞予選に残り、入選は逃したものの評判が良かったために出版された作品が、猟奇連続殺人を描く『連続殺人鬼カエル男』です。埼玉県飯能市内の殺人現場に今日はカエルをどうしたかというひらがなで書かれた日記のようなものが残されていたことから〈カエル男〉と命名された犯人。
第三の殺人事件が起こってしまった後で、被害者の名前が「あ・い・う」で始まることから、犯人は被害者をあいうえお順に選んでいるのではないかという推測が広まり、住民たちは警察を無能呼ばわりし、自警団を結成し、挙句の果てに容疑者名簿を求めて埼玉県警本部を集団で襲撃する事態に発展します。
「日本人は礼儀正しい」というクリシェをぶち壊し、パニックになった民衆は凶暴化するという群集心理のセオリー通りに展開するところが恐ろしく本質的で興奮を誘います。
犯人に迫る刑事・小手川が意外にも弱くて、容疑者たちにかなりボコボコにされてしまうので、ヒーローらしいヒーローが不在です。真相は二転三転し、本当の黒幕は殺人教唆にも問えない点が、『笑う淑女』のパターンを彷彿とさせます。
すでにここで、埼玉県警捜査一課の渡瀬警部が脇役キャラとして登場しているのが興味深いですね。

商品説明
シリーズ累計23万部突破! 渡瀬&古手川VSカエル男、ふたたび!
凄惨な殺害方法と幼児が書いたような稚拙な犯行声明文、
五十音順に行われる凶行から、街中を震撼させた“カエル男連続猟奇殺人事件"。
それから十カ月後、事件を担当した精神科医、御前崎教授の自宅が爆破され、その跡からは粉砕・炭化した死体が出てきた。そしてあの犯行声明文が見つかる――。
カエル男・当真勝雄の報復に、協力要請がかかった埼玉県警の渡瀬&古手川コンビは現場に向かう。
さらに医療刑務所から勝雄の保護司だった有働さゆりもアクションを起こし……。破裂・溶解・粉砕。ふたたび起こる悪夢の先にあるものは……。
 

前回、あいうえお順連続殺人で「え」まで実行され、次の「お」でピックアップされていた御前崎教授が初っ端に犠牲となります。しかし、彼の自宅は千葉県松戸市。〈カエル男〉は県境を跨いでしまいます。
次の犠牲者はさ行に移り、次々と殺人事件が起きていき、標的は埼玉・千葉にとどまらず、東京にまで及びます。関東一円をパニックに陥れるカエル男の正体は誰なのか? 
前回のカエル男事件で収監されていた有働さゆりは、今回の実行犯ではなかった。では、真犯人は?

この作品で、有働さゆりは脱獄し、『笑う淑女二人』に繋がっていきます。
彼女の弁護士としてかの悪名高い元〈死体配達人〉の御子柴礼司がちょい役で登場しています。
このように作品を跨ぐキャラの登場も、中山七里作品を読む面白さの1つです。

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書評:中山七里著、『いまこそガーシュウィン』vol. 1~3 (宝島社)

2023年05月21日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
『いまこそガーシュウィン』はデジタル限定配信の4回連載であるため、一話が短く、少々物足りない感じがします。
音楽モチーフのストーリーは、デビュー作『さよならドビュッシー』以来の岬洋介シリーズの系譜に連なる作品です。
ショパン・コンクールで6位入賞という微妙な成績のピアニストのエドワードが、次のコンサートツアーにやる曲に悩みつつ、全米に広がる「Black lives matter」運動と、それに対する差別主義的発言を繰り返すトランプ大統領候補という世情にも憂えています。
差別が先鋭化する空気を音楽で吹き飛ばそうと、エドワードは文化融合的なガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」を演目に入れることを思いつきます。2台のピアノで弾く相手は、かつて戦場で5分間の演奏で人命を救ったという伝説の男・岬洋介。こちらが表のストーリーライン。

裏のストーリーラインは、差別主義の新大統領暗殺を請け負う〈愛国者〉の物語。この〈愛国者〉の表の顔は演奏家でもあるため、エドワードたちの「ラプソディー・イン・ブルー」のための演奏者オーディションに応募し、ついに裏と表が交差することになります。
さて、その先は? 暗殺が実現してしまうのか? コンサートは成功するのか?
舞台がアメリカであるため、感情移入がしづらいきらいがありますが、十分に読ませるミステリーです。


商品説明
本シリーズはデジタル限定で全4回連載予定。3か月毎に新刊を配信予定です 。
ショパン・コンクールで入賞し、アメリカで指折りのピアニスト、エドワード。彼は大統領選挙により変貌しつつある国内の様子に憂い、音楽を通して何かできないか模索していた。一方、暗殺者である〈愛国者〉はある男から新大統領の抹殺を依頼される――。



商品説明
アメリカで指折りのピアニスト・エドワードは、大統領選挙により変貌しつつある国内の様子に憂い、音楽を通して何かできないか模索していた。そんなとき、彼は日本で起きた出来事を知り衝撃を受ける。6年前、エドワ―ドが入賞したショパンコンクールで、鮮烈な演奏をしたあの男がとあるコンサートにサプライズ登場したのだ。羨望、嫉妬、感激….様々な感情が渦巻く中、エドワ―ドはある作戦を閃く――。 


商品説明
アメリカで指折りのピアニスト・エドワードは、大統領選挙により変貌しつつある国内の様子に憂い、音楽を通して何かできないか模索していた。そして彼はついに、6年前のショパン・コンクールで鮮烈な演奏をし、たった五分間の演奏で人命を救った男・岬洋介との競演コンサートを取り付ける。岬と譜面を囲み、意見を交わすことに喜びを覚えるエドワード。しかし、それは束の間の楽しいひと時にすぎなかった。一方その頃、新大統領抹殺の依頼を受け、計画を進めていた〈愛国者〉は、依頼主の男から思わぬ提案をされ――。 


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書評:中山七里著、『夜がどれほど暗くても』(ハルキ文庫)

2023年05月21日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
志賀倫成(しがみちなり)は、大手出版社の雑誌『週刊春潮』の副編集長で、その売上は会社の大黒柱だった。
志賀は、スキャンダル記事こそが他の部門も支えているという自負を持ち、充実した編集者生活を送っていた。
だが大学生の息子・健輔(けんすけ)が、ストーカー殺人を犯した上で自殺したという疑いがかかったことで、
幸福だった生活は崩れ去る。スキャンダルを追う立場から追われる立場に転落、社の問題雑誌である『春潮48』へと左遷。
取材対象のみならず同僚からも罵倒される日々に精神をすりつぶしていく。
一人生き残った被害者の娘・奈々美から襲われ、妻も家出してしまった。
奈々美と触れ合ううちに、新たな光が見え始めるのだが……。 

日本では、加害者家族はもちろんのこと、犯罪被害者の家族も正義の皮をかぶった匿名の誹謗中傷に晒され、野次馬根性の下劣さに神経をすり減らされていくのが現状です。
この作品では、ストーカー殺人犯とされた大学生の父親と、そのストーカー殺人犯に両親を殺されてしまいただ一人生き残った未成年の娘が出会い、何度も衝突するうちに、庇護する者と庇護される者の関係に変貌していく過程が語られます。
特に菜々美が同級生たちから受ける仕打ちは凄惨を極めており、思春期の少年少女たちの非常識な酷薄さが浮き彫りになります。そうしたいじめを受けながらも警察にも誰にも相談せず、1人で立ち向かおうとする菜々美は悲壮で、たしかに大人の庇護欲を掻き立てるかもしれません。
一方、志賀の方は自分や息子の犯した犯罪、被害者遺族をネタに記事を書かざるを得ない状況に追いやられ、これまで自分がしてきたことの下劣さをわが身をもって体験することになります。
マスコミ批判と正義面した匿名の悪意に対する厳しい批判が込められているものの、その批判は一方的ではなく、そのような悪意に負けずに強くしなやかに生きようとする志賀と菜々美の生き様に焦点を当て、感動的な物語を生み出しています。


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書評:中山七里著、『帝都地下迷宮』(PHP文芸文庫)

2023年05月21日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
鉄道マニアの公務員・小日向巧はある日、廃駅で立ち入り禁止となっている地下鉄銀座線萬世橋駅へと潜り込む。そこで出会ったのは、政府の“ある事情”により地下で生活する謎の集団「エクスプローラー」だった。その集団内で起こった殺人事件をきっかけに、小日向は捜査一課と公安の対立も絡む大事件に巻き込まれていき・・・・・・。エクスプローラーが抱える秘密とは? 殺人犯は誰か? 東京の地下で縦横に展開するノンストップミステリー!

「ひょっとすると僕は死体愛好家なのかもしれない」という主人公・小日向巧の独白から始まる本作は、一体どんな偏執狂的殺人犯の話なのかと戸惑いますが、どうやらそれも著者の策略のひとつのようです。
小日向は鉄道マニアの中でも珍しい廃駅マニアで、廃駅の寂れた侘しい様子が死体を連想させるため、「死体愛好家」という表現に至ったようです。
立ち入り禁止で、誰もいないはずの地下鉄線とその駅に「エクスプローラー」と名乗る謎の集団が暮らしていたーーというあり得ない設定がSF染みていて面白いのですが、その100名ばかりの人たちが政府の思惑により文字通り日陰の存在にさせられたのだとしたら? 
小日向巧は区役所で生活保護を担当する公務員であるため、その方面からエクスプローラーの人々を支援しようと試み、彼らの相談に乗るうちにその正体にだんだんと気づいていきます。
そこで起こる殺人事件と、捜査の手から逃れるために集団移動を企み、地下鉄の廃駅に詳しい小日向が彼らを先導することになります。病気の高齢者が多いので、困難な逃避行になります。
追ってくるのは強行犯係の捜査一課と公安。
この地下の逃避行という舞台がサスペンスとして面白くしている要素で、「エクスプローラー」の謎や殺人事件のミステリーの筋自体はそれほど秀逸なわけではないという印象を受けました。



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書評:中山七里著、『月光のスティグマ』(新潮文庫)

2023年05月20日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
幼馴染の美人双子、優衣(ゆい)と麻衣(まい)。僕達は三人で一つだった。あの夜、どちらかが兄を殺すまでは――。十五年後、特捜検事となった淳平は優衣と再会を果たすが、蠱惑(こわく)的な政治家秘書へと羽化した彼女は幾多の疑惑に塗(まみ)れていた。騙し、傷つけ合いながらも愛欲に溺れる二人が熱砂の国に囚われるとき、あまりにも悲しい真実が明らかになる。運命の雪崩に窒息する! 激愛サバイバル・サスペンス。

1995年の阪神・淡路大震災以前の淳平と隣の双子姉妹・優衣と麻衣の三人の思い出語りから物語は始まります。双子に振り回されつつまんざらでもなかった淳平は、将来2人のうちのどちらかと結婚することを約束させられますが、思春期の頃になると、積極的な麻衣よりも少し控えめな優衣に惹かれ、お互いの思いを確認し合う。一方、淳平の兄はかねてから麻衣を狙っており、阪神・淡路大震災前夜、彼女を工場跡に呼び出していた。淳平は兄が刺されるところを目撃してしまうが、驚いて家に逃げ帰ってしまう。翌日確認に行くつもりだったが、震災でそれどころではなくなる。彼は無事に家の外に出られたが、無事だったのは彼一人だった。隣で助けを求める声が聞こえたので、双子姉妹を救いに行くが、救出できたのは優衣だけで、その後、家屋は倒壊してしまった。仕方なく淳平は優衣を背負って避難所まで連れて行く。やがて親戚が迎えに来て、二人はそのまま離れ離れに。

15年後、淳平は特捜検事として国民党牧村派の政治家・是枝孝政が名を連ねるNPO法人・震災孤児育英会に内偵に入る。そこに是枝の秘書として現れたのが優衣だった。
二人は完全に敵・味方に分かれ争うことになるのか、歩み寄れるのか?
過去の誓いと兄殺しの疑い、そして是枝のカネの流れを追う任務の間で葛藤する淳平は、能面検事のようにはいかず、内偵にかなり苦戦します。

その後のストーリー展開は、『総理にされた男』とシンクロし、同作品のB面のような様相を呈しています。併せて読むとなお、面白いかもしれません。

 


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書評:中山七里著、『総理にされた男』(NHK出版)

2023年05月20日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
人気作家・中山七里が描く
ポリティカル・エンターテインメント小説!

売れない舞台役者・加納慎策は、内閣総理大臣・真垣統一郎に瓜二つの容姿とそ精緻なものまね芸で、ファンの間やネット上で密かに話題を集めていた。ある日、官房長官・樽見正純から秘密裏に呼び出された慎策は「国家の大事」を告げられ、 総理の“替え玉”の密命を受ける 。慎策は得意のものまね芸で欺きつつ、 役者の才能を発揮して演説で周囲を圧倒・魅了する 。だが、直面する現実は、政治や経済の重要課題とは別次元で繰り広げられる派閥抗争や野党との駆け引き、官僚との軋轢ばかり。政治に無関心だった慎策も、 国民の切実な願いを置き去りにした不条理な状況にショックを受ける。義憤に駆られた慎策はその純粋で実直な思いを形にするため、国民の声を代弁すべく、演説で政治家たちの心を動かそうと挑み始める。そして襲いかる最悪の未曽有の事態に、慎策の声は皆の心に響くのか――。
予測不能な圧巻の展開と、読後の爽快感がたまらない、魅力満載の一冊。 

総理が病気で倒れ、そのまま政府が倒れてるのを回避するため、よく似た売れない役者を替え玉にする、という荒唐無稽な設定に目をつぶれば、これほど面白いポリティカルエンターテイメントはなかろうと思えるほど傑作でした。
「立場が人をつくる」とはよく言ったもので、まったくのノンポリだった加納慎策は、総理として扱われ、総理として演技しているうちに政治に目覚めていきます。
そして、訪れる前代未聞の危機。アルジェリアでテロが起こり、日本大使館が占拠されます。大使を含む職員らと大使館に保護を求めた日本人やアルジェリア人が人質に取られ、3時間おきに一人処刑されていく。加納慎策演ずる真垣統一郎総理が下す決断とは? 自国民の危機に、他国に頼るばかりで自ら救済に赴くことできずして独立国と言えるのか? 自衛隊の位置づけと国家のあり方に一石を投じる作品。
護憲一辺倒の平和主義者たちにとっては「すわ、右翼向け小説か?!」と非難すべきものかもしれませんが、現実問題として似たような状況に陥った本物の日本国政府が人質を見殺しにしたことを鑑みると、あながち作中の加納慎策が下した結論は、独立国家として当然の人道主義的決断だったと言えるのではないでしょうか。


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書評:中山七里著、『能面検事の奮迅』(光文社)

2023年05月20日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
学校法人荻山学園に対する大阪・岸和田の国有地払い下げに関し、近畿財務局職員の収賄疑惑が持ち上がり、大阪地検特捜部が捜査を開始。ところがその特捜部内の担当検事による決裁文書改竄疑惑が浮上。最高検から調査チームが派遣され、大阪地検一級検事の不破俊太郎は惣領美晴事務官と調査に乗り出し、信じがたいものを発見する……。「能面検事」再び! 現実の事件を彷彿させる物語に、能面検事・不破の鋭いメスが冴えわたる! 

「能面検事」シリーズ第2弾。文庫化はされていないものの、続編となれば気になるので、単行本のまま購入しました。
本作の事件のあらましは、財務省近畿財務局が、大阪府豊中市の国有地を大幅値引きして森友へ売るまでの一連の土地取引と、この取引をめぐる決裁文書を財務省が改ざんしたいわゆる「森友学園問題」に着想を得ています。
しかし、現実をそのままなぞるような野暮なことをせず、売却予定地の選定過程に隠し玉があり、過去の美談っぽい話が暴かれることになります。
不破俊太郎検事は相変わらず周囲の期待や圧力をどこ吹く風と受け流し、まったくのマイペースで真実を掘り起こそうとします。
その彼に影のように(?)付き従う総領美晴も相変わらず感情が顔に出てしまう悪癖が治らず、自分の感情論や単純な正義感を不破検事に木端微塵に粉砕されてもめげずに、いつか検事になることを夢見てコツコツと事務官の仕事を続けます。
不破検事の容赦ない罵倒がくせになっているのでは?と疑問に思わなくもないです。しかし、彼は卑劣さ卑屈さとは無縁であるため、容赦ない理屈も一本筋が通っていて、よくよく耳をすませば納得が行くものでもあります。
しかし、容赦ない一本筋の通った理屈も、能面顔で語られると、やはり人間味が足りなくて、ちょっと薄気味悪いのではないでしょうか。
語り手の総領美晴は、不破検事とは対照的に感情に振り回され過ぎて、およそ検事を目指す者として相応しからぬキャラクターが魅力と言えば魅力なのでしょう。私はちょっと引いてしまいますが。。。



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書評:中山七里著、『嗤う淑女』『ふたたび嗤う淑女』(実業之日本社文庫)&『嗤う淑女  二人』(実業之日本社)

2023年05月20日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

この『嗤う淑女』シリーズは、不幸な生い立ちの美女・蒲生美智留が次々と人を不幸に陥れていく話で、〈傾国の美女〉もかくや、という感じです。
自分を性的虐待し続けた父親を殺したことを除けば、自ら手を汚すことなく、巧みに犯罪を教唆するため、捜査の手も及ばず、たとえ捕まってもどんでん返しで無罪釈放。
事件解明はされても、古典的な意味での解決、すなわち逮捕・起訴・有罪判決とはならず、「最後に笑うのは私」とばかりに美智留はまんまと逃げおおせるところが興味深いミステリーです。
シリーズ3作目で笑う淑女が二人に増えますが、二人目の悪女・有働さゆり は、『連続殺人鬼カエル男』で登場するキャラクター。彼女のしたたかさは、蒲生美智留の悪知恵も結局及ばず、「共犯者は始末するもの」という美智留のポリシーをまんまと免れて逃走。こうして悪女が二人とも捕まらずに逃走中なのです。
悪の華を礼賛する、というほどではないにしても、読者の倫理観や正義感を逆撫でする作品であることには変わりありません。にもかかわらず、最後まで読ませてしまうのは、さすがどんでん返しの帝王・中山七里の筆致のなせるわざというものでしょう。

『笑う淑女』
商品説明
徹夜確実! 女神なのか、悪魔なのか――最恐悪女度no.1小説。中学時代、いじめと病に絶望した野々宮恭子は従姉妹の蒲生美智留に命を救われた。美貌と明晰な頭脳を持つ彼女へ強烈な憧れを抱いてしまう恭子だが、それが地獄の始まりだった――。名誉、金、性的衝動…絶世の美女に成長した美智留は老若男女の欲望を残酷に操り、運命を次々に狂わせる。連続する悲劇の先に待つものは? 史上最恐の悪女ミステリー。漫画家・松田洋子氏による文庫版限定「あとがき漫画」収録!


『ふたたび嗤う淑女』
商品説明
この悪女、制御不能!
シリーズ累計12万部突破の大ヒット作、待望の文庫化!

巧みな話術で唆し、餌食となった者の人生を狂わせる――
稀代の悪女・蒲生美智留が世間を震撼させた凶悪事件から三年。
「野々宮恭子」と名乗る美貌の投資アドバイザーが現れた。
国会議員・柳井耕一郎の資金団体で事務局長を務める藤沢優美は、
恭子の指南を受け、不正運用に手を染めるが……
金と欲望にまみれた人々を弄ぶ恭子の目的とは! ?
どんでん返しの帝王が放つ、戦慄のミステリー!

人気漫画家・松田洋子氏による、文庫版限定「あとがき漫画」も、
シリーズ第1作『嗤う淑女』につづけて、ふたたび収録!

『嗤う淑女  二人』
商品説明
最恐悪女が最凶タッグ!これはテロか、怨恨か<? br> 真相は悪女のみぞ知る――。
戦慄のダークヒロイン・ミステリー、衝撃の最新刊!

高級ホテル宴会場で17名が毒殺される事件が発生。
犠牲者の一人、国会議員・日坂浩一は〈1〉と記された紙片を握りしめていた。
防犯カメラの映像解析で、衝撃の事実が判明する。
世間を震撼させた連続猟奇殺人に関与、
医療刑務所を脱走し指名手配中の「有働さゆり」が映っていたのだ。
さらに、大型バス爆破、中学校舎放火殺人……と、新たな事件が続発!
犯行現場には必ず、謎の番号札と、有働さゆりの痕跡が残されている。
さゆりは「ある女」に指示された手段で凶行に及んでいたが、
捜査本部はそのことを知る由もなく、死者は増え続ける一方で、
犠牲者は49人を数えるのだった……。
デビュー11年目、どんでん返しの筆がますます冴える人気作家が放つダークヒロイン・ミステリー第3弾、ついに刊行!


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書評:中山七里著、『闘う君の唄を』(朝日文庫)

2023年05月08日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
埼玉県の片田舎・神室町に幼稚園教諭として赴任した喜多嶋凛。
あらゆることに口出しをしてくるモンスターペアレンツと対立しながらも、
自らの理想を貫き、少しずつ周囲からも認められていくのだが……。
どんでん返しの帝王が贈る驚愕のミステリ。



〈驚愕のミステリー〉と何度も煽られるといささか興醒めなのですが、『闘う君の唄を』も安定の面白さです。
先に第2弾の『騒がしい楽園』を読んでしまったので、幼稚園教諭が主人公となっていることに違和感はありませんが、本作品の前半は、お仕事小説?と思えるくらい喜多嶋凛の神室幼稚園での奮闘ぶりが描写されています。
神室幼稚園では、異常に保護者会の力が強く、園側は唯々諾々とその要求を受け入れるばかり。そうなるきっかけとなったのが、15年前に起きた園児連続殺人事件。犯人が幼稚園の送迎バスの運転手であったため、衝撃が余計に大きく、退園する児童も多く、新規入園希望者も激減して、廃園の危機に晒された。その対策の1つとして、園の方針に保護者会の承認を受けるような体制が敷かれたのだった。

この過去の事件が後半の物語を一転させる。『テミスの剣』などのキャラクター埼玉県警捜査一課の渡瀬刑事がこの事件の再捜査に乗り出してくるのだ。その後のストーリー展開は、過去の冤罪、意外な真犯人(とはいえ、予想可能)、そして主人公・喜多嶋凛の過去の克服が描かれるいかにも「中山七里ミステリー」。
子ども自身のことよりも自分のエゴや見栄を優先するモンスターペアレントの問題、冤罪、加害者家族に対する誹謗中傷や匿名の正義の皮をかぶった陰惨な悪意の問題をうまく絡めてあり、さらに幼児の視点が加わっていることで新鮮な味わいがあります。


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読書メモ:村端五郎・村端良子著、『第2言語ユーザのことばと心 マルチコンピテンスからの提言』(開拓社 言語・文化選書57)

2023年05月07日 | 書評ー言語

『第2言語ユーザのことばと心 マルチコンピテンスからの提言』を読み出したのは3月半ば。内容が小難しいために、なかなか読み通すことが叶わず、5月になってようやく完読できました。

目次
はしがき
第1章 マルチコンピテンス(複合的言語能力)とは?
第2章 第2言語ユーザの「ことば」
第3章 第2言語ユーザの「心」
第4章 マルチコンピテンスの研究課題と研究方法
第5章 マルチコンピテンスの英語教育への示唆
あとがき
参考文献
索引

マルチコンピテンスの考え方とは、従来の「母語」と「外国語」を独立した別存在として捉える考え方に異議を唱えるものです。現代において、純粋なモノリンガル(単言語使用者)はほとんど存在しておらず、程度の差こそあれ、母語以外の外国語に接し、その影響を受けているため、外国語学習において目指すべき理想の〈母語話者〉も空虚であることを指摘します。
この考え方から、外国語を学ぶ者を外国語〈学習者〉とは呼ばず、〈第2言語ユーザ〉と呼びます。
個人的には〈ユーザ〉と二つ目の長音記号を省く書き方に抵抗がありますが、それはともかく、たとえ初級レベルであっても外国語を学ぶことで、脳内の言語能力の様相が変化しており、外国語の影響がその本人の母語運用に影響を与えたり、母語の特徴が外国語の運用に影響を与えたり、と双方向の影響関係が認められ、その混然一体となった言語能力はその人独自の言語であることに誇りを持って、〈ユーザ(使い手)〉と自認すべきだ、というのが本書の核心となる主張です。

自分はある外国語の〈学習者〉と自覚していると、いつまでも母語話者レベルに到達しない、不完全な使い手のイメージがつきまとい、そのせいで余計に運用に自信を持てないままなのは残念なことである、という主張は共感できます。

英語教育への提言としては、〈母語話者〉信仰の見直し、英語のみで行う授業の見直し、訳読活動の再採用などが挙げられています。

確かに、英語のみで英語の授業を行った場合、生徒の英語理解が進むのかについては疑問の余地があるため、日本語で行う英語の授業を蔑ろにするのは極端な方針と言えるでしょう。
英語運用の練習には、英語のみの授業、英語の文法構造の説明には日本語での授業というように目的に応じて使い分けるのが合目的的であるように思えます。