徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:中山七里著、『能面検事の奮迅』(光文社)

2023年05月20日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
学校法人荻山学園に対する大阪・岸和田の国有地払い下げに関し、近畿財務局職員の収賄疑惑が持ち上がり、大阪地検特捜部が捜査を開始。ところがその特捜部内の担当検事による決裁文書改竄疑惑が浮上。最高検から調査チームが派遣され、大阪地検一級検事の不破俊太郎は惣領美晴事務官と調査に乗り出し、信じがたいものを発見する……。「能面検事」再び! 現実の事件を彷彿させる物語に、能面検事・不破の鋭いメスが冴えわたる! 

「能面検事」シリーズ第2弾。文庫化はされていないものの、続編となれば気になるので、単行本のまま購入しました。
本作の事件のあらましは、財務省近畿財務局が、大阪府豊中市の国有地を大幅値引きして森友へ売るまでの一連の土地取引と、この取引をめぐる決裁文書を財務省が改ざんしたいわゆる「森友学園問題」に着想を得ています。
しかし、現実をそのままなぞるような野暮なことをせず、売却予定地の選定過程に隠し玉があり、過去の美談っぽい話が暴かれることになります。
不破俊太郎検事は相変わらず周囲の期待や圧力をどこ吹く風と受け流し、まったくのマイペースで真実を掘り起こそうとします。
その彼に影のように(?)付き従う総領美晴も相変わらず感情が顔に出てしまう悪癖が治らず、自分の感情論や単純な正義感を不破検事に木端微塵に粉砕されてもめげずに、いつか検事になることを夢見てコツコツと事務官の仕事を続けます。
不破検事の容赦ない罵倒がくせになっているのでは?と疑問に思わなくもないです。しかし、彼は卑劣さ卑屈さとは無縁であるため、容赦ない理屈も一本筋が通っていて、よくよく耳をすませば納得が行くものでもあります。
しかし、容赦ない一本筋の通った理屈も、能面顔で語られると、やはり人間味が足りなくて、ちょっと薄気味悪いのではないでしょうか。
語り手の総領美晴は、不破検事とは対照的に感情に振り回され過ぎて、およそ検事を目指す者として相応しからぬキャラクターが魅力と言えば魅力なのでしょう。私はちょっと引いてしまいますが。。。



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書評:中山七里著、『嗤う淑女』『ふたたび嗤う淑女』(実業之日本社文庫)&『嗤う淑女  二人』(実業之日本社)

2023年05月20日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

この『嗤う淑女』シリーズは、不幸な生い立ちの美女・蒲生美智留が次々と人を不幸に陥れていく話で、〈傾国の美女〉もかくや、という感じです。
自分を性的虐待し続けた父親を殺したことを除けば、自ら手を汚すことなく、巧みに犯罪を教唆するため、捜査の手も及ばず、たとえ捕まってもどんでん返しで無罪釈放。
事件解明はされても、古典的な意味での解決、すなわち逮捕・起訴・有罪判決とはならず、「最後に笑うのは私」とばかりに美智留はまんまと逃げおおせるところが興味深いミステリーです。
シリーズ3作目で笑う淑女が二人に増えますが、二人目の悪女・有働さゆり は、『連続殺人鬼カエル男』で登場するキャラクター。彼女のしたたかさは、蒲生美智留の悪知恵も結局及ばず、「共犯者は始末するもの」という美智留のポリシーをまんまと免れて逃走。こうして悪女が二人とも捕まらずに逃走中なのです。
悪の華を礼賛する、というほどではないにしても、読者の倫理観や正義感を逆撫でする作品であることには変わりありません。にもかかわらず、最後まで読ませてしまうのは、さすがどんでん返しの帝王・中山七里の筆致のなせるわざというものでしょう。

『笑う淑女』
商品説明
徹夜確実! 女神なのか、悪魔なのか――最恐悪女度no.1小説。中学時代、いじめと病に絶望した野々宮恭子は従姉妹の蒲生美智留に命を救われた。美貌と明晰な頭脳を持つ彼女へ強烈な憧れを抱いてしまう恭子だが、それが地獄の始まりだった――。名誉、金、性的衝動…絶世の美女に成長した美智留は老若男女の欲望を残酷に操り、運命を次々に狂わせる。連続する悲劇の先に待つものは? 史上最恐の悪女ミステリー。漫画家・松田洋子氏による文庫版限定「あとがき漫画」収録!


『ふたたび嗤う淑女』
商品説明
この悪女、制御不能!
シリーズ累計12万部突破の大ヒット作、待望の文庫化!

巧みな話術で唆し、餌食となった者の人生を狂わせる――
稀代の悪女・蒲生美智留が世間を震撼させた凶悪事件から三年。
「野々宮恭子」と名乗る美貌の投資アドバイザーが現れた。
国会議員・柳井耕一郎の資金団体で事務局長を務める藤沢優美は、
恭子の指南を受け、不正運用に手を染めるが……
金と欲望にまみれた人々を弄ぶ恭子の目的とは! ?
どんでん返しの帝王が放つ、戦慄のミステリー!

人気漫画家・松田洋子氏による、文庫版限定「あとがき漫画」も、
シリーズ第1作『嗤う淑女』につづけて、ふたたび収録!

『嗤う淑女  二人』
商品説明
最恐悪女が最凶タッグ!これはテロか、怨恨か<? br> 真相は悪女のみぞ知る――。
戦慄のダークヒロイン・ミステリー、衝撃の最新刊!

高級ホテル宴会場で17名が毒殺される事件が発生。
犠牲者の一人、国会議員・日坂浩一は〈1〉と記された紙片を握りしめていた。
防犯カメラの映像解析で、衝撃の事実が判明する。
世間を震撼させた連続猟奇殺人に関与、
医療刑務所を脱走し指名手配中の「有働さゆり」が映っていたのだ。
さらに、大型バス爆破、中学校舎放火殺人……と、新たな事件が続発!
犯行現場には必ず、謎の番号札と、有働さゆりの痕跡が残されている。
さゆりは「ある女」に指示された手段で凶行に及んでいたが、
捜査本部はそのことを知る由もなく、死者は増え続ける一方で、
犠牲者は49人を数えるのだった……。
デビュー11年目、どんでん返しの筆がますます冴える人気作家が放つダークヒロイン・ミステリー第3弾、ついに刊行!


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書評:中山七里著、『闘う君の唄を』(朝日文庫)

2023年05月08日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
埼玉県の片田舎・神室町に幼稚園教諭として赴任した喜多嶋凛。
あらゆることに口出しをしてくるモンスターペアレンツと対立しながらも、
自らの理想を貫き、少しずつ周囲からも認められていくのだが……。
どんでん返しの帝王が贈る驚愕のミステリ。



〈驚愕のミステリー〉と何度も煽られるといささか興醒めなのですが、『闘う君の唄を』も安定の面白さです。
先に第2弾の『騒がしい楽園』を読んでしまったので、幼稚園教諭が主人公となっていることに違和感はありませんが、本作品の前半は、お仕事小説?と思えるくらい喜多嶋凛の神室幼稚園での奮闘ぶりが描写されています。
神室幼稚園では、異常に保護者会の力が強く、園側は唯々諾々とその要求を受け入れるばかり。そうなるきっかけとなったのが、15年前に起きた園児連続殺人事件。犯人が幼稚園の送迎バスの運転手であったため、衝撃が余計に大きく、退園する児童も多く、新規入園希望者も激減して、廃園の危機に晒された。その対策の1つとして、園の方針に保護者会の承認を受けるような体制が敷かれたのだった。

この過去の事件が後半の物語を一転させる。『テミスの剣』などのキャラクター埼玉県警捜査一課の渡瀬刑事がこの事件の再捜査に乗り出してくるのだ。その後のストーリー展開は、過去の冤罪、意外な真犯人(とはいえ、予想可能)、そして主人公・喜多嶋凛の過去の克服が描かれるいかにも「中山七里ミステリー」。
子ども自身のことよりも自分のエゴや見栄を優先するモンスターペアレントの問題、冤罪、加害者家族に対する誹謗中傷や匿名の正義の皮をかぶった陰惨な悪意の問題をうまく絡めてあり、さらに幼児の視点が加わっていることで新鮮な味わいがあります。


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書評:中山七里著、刑事犬養隼人シリーズ1~5(角川文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

刑事犬養隼人シリーズは、警視庁捜査一課の犬養隼人警部を主人公とした警察小説ですが、臓器移植や子宮頸がんワクチン、安楽死、臓器売買と貧困問題など、社会的・倫理的に非常に難しい問題を扱っており、様々な立場の人間の様々な言い分を浮き彫りにさせた上で、あえて結論を出さないままストーリーを締めくくるところが魅力です。

犬養隼人はバツ2の1人暮らしですが、腎不全を患う娘がいるため、警察官として違法行為を取り締まるのは自明の理と考える一方で、常に、娘の場合だったら、自分は父親として遵法精神から娘の命を諦められるのか、娘の命を救うために脱法・違法行為もやむを得ないと考えるのか、そのたびに悩み惑います。

非常にセンシティブな倫理問題を背景に、法の不備や文化による死生観の違いを浮き彫りにしていく中、犬養親子の関係の変化も物語の味わいを深めています。最初、娘の沙耶香は、浮気して自分達母子を捨てた父親に対して憎しみの感情しか持っておらず、定期的に見舞に来る犬養に対して無視を決め込んでいましたが、氷河期はやがて終わりを告げ、ぎこちないながらも親子の関係を新たに築いていきます。
法の不備、子どもの苦しみ、親の願い。事件の解決と犯人の訴追が、誰かの苦しみとなり、その人の命を奪うことに繋がる矛盾。その狭間で葛藤・苦悩しつつ職務を全うする犬養。
一筋縄ではいかない社会問題と絡めた社会派ミステリーの本シリーズは、安易な一件落着のカタルシスを読者に許さない重みのあるストーリーでありながら、なおもエンタメ性を失わない二転三転するストーリー展開が魅力です。

ちなみに犬養隼人の相棒として登場する高千穂明日香は、『作家刑事毒島』シリーズでも登場するキャラクターです。
こうした作品間を跨ぐキャラクター達も、中山七里作品の面白さですね。

『切り裂きジャックの告白』
商品説明
東京都内の公園で臓器をすべてくり抜かれた若い女性の死体が発見された。やがてテレビ局に“ジャック”と名乗る犯人から声明文が送りつけられる。その直後、今度は川越で会社帰りのOLが同じ手口で殺害された。被害者2人に接点は見当たらない。怨恨か、無差別殺人か。捜査一課のエース犬養刑事が捜査を進めると、被害者の共通点としてある人物の名前が浮上した――。ジャックと警察の息もつかせぬ熾烈な攻防がはじまる!


『七色の毒』
商品説明
中央自動車道を岐阜から新宿に向かっていた高速バスが防護柵に激突。1名が死亡、重軽傷者8名の大惨事となった。運転していた小平がハンドル操作を誤ったとして逮捕されるも、警視庁捜査一課の犬養は事故に不審を抱く。死亡した多々良は、毎週末に新宿便を利用する際、いつも同じ席に座っていた。やがて小平と多々良の過去の関係が明らかになり……。(「赤い水」)
人間の悪意をえぐり出した、どんでん返し満載のミステリ7編!


『ハーメルンの誘拐魔』
商品説明
少女を狙った前代未聞の連続誘拐事件。身代金は合計70億円。捜査を進めるうちに、子宮頸がんワクチンにまつわる医療界の闇が次第に明らかになっていき――。孤高の刑事が完全犯罪に挑む!


『ドクター・デスの遺産』
商品説明
死ぬ権利を与えてくれ――。安らかな死をもたらす白衣の訪問者は、聖人か、悪魔か。警視庁VS闇の医師、極限の頭脳戦が幕を開ける。安楽死の闇と向き合った警察医療ミステリ!


『カインの傲慢』
商品説明
臓器を抜き取られ傷口を雑に縫合された死体が、都内で相次いで発見された。司法解剖と捜査の結果、被害者はみな貧しい環境で育った少年で、最初に見つかった一人は中国からやってきたばかりだと判明する。彼らの身にいったい何が起こったのか。臓器売買、貧困家庭、非行少年・・・・・・。いくつもの社会問題が複雑に絡み合う事件に、孤高の敏腕刑事・犬養隼人と相棒の高千穂明日香が挑む。社会派×どんでん返しの人気警察医療ミステリシリーズ第5弾!



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書評:中山七里著、『騒がしい楽園』(朝日文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
都内の幼稚園へ赴任してきた神尾舞子。騒音や待機児童など様々な問題への対応を迫られる中、園の生き物が何者かに惨殺される事件が立て続けに起き、やがて事態は最悪の方向へ──。『闘う君の唄を』に連なる、シリーズ第2弾。《解説・藤田香織》

これが第2弾だとは知らずに読んでしまいましたが、特に違和感はありませんでした。
主人公の幼稚園教諭・神尾舞子は理性的・論理的で、自らの就学前教育の技術に自信を持っている〈デジタルウーマン〉で、あまり「保母さん」のイメージに当てはまらないキャラクターです。
都内の幼稚園に赴任早々、幼稚園の騒音が許せない町内会会長の苦情の相手をさせられ、幼稚園の見学日では待機児童を抱える母親から入園の便宜を図るよう賄賂を持ちかけられる。園児たちのお迎えの時間になると、母親たちの派閥争い。前途多難な状況が最初からぶっちぎりで描写されていますが、全金埼でも同僚だった池波智樹がまた同じ勤務先になったという安心要素も瞬く間に吹っ飛ぶ事件が起こります。園児たちが世話をしている池の魚が殺される、蛇の潰された死骸が投げ込まれる、猫の死体が吊るされる。どうにも物騒なので、幼稚園の教員たちが夜の見回りをすることになります。法的にはそのような義務は一切ないし、時間外労働の超過勤務でしかないのですが、子どもたちの安全のためという大義名分が全ての理屈を押し流してしまいます。そして、舞子が同僚・池波と二人で見回りに出た夜、決められた時間より30分早く切り上げて喫茶店でゆっくりとしていた、その翌朝。園児の死体が門の前に放置されていた。
戦々恐々となった親たちに舞子も池波もまるで殺人容疑者であるかのように非難されます。時間通り見回りをしていたら事件が防げたのかどうか、とか、そもそも園児が帰宅した後の安全が幼稚園の責任なのかという理屈は通用しない理不尽な空気。
待機児童問題と、騒音のために幼稚園立ち退きを求める町内会の要求との絡みから起きた事件なのかと思いきや、園児殺害の真相は実に俗なところにあった。人間の狭量さをまざまざと見せつける作品。


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書評:中山七里著、『能面検事』(光文社文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
大阪地検一級検事の不破俊太郎はどんな圧力にも屈せず、微塵も表情を変えないことから、陰で〈能面〉と呼ばれている。新米事務官の総領美晴と西成ストーカー殺人事件の調べを進めるなかで、容疑者のアリバイを証明し、捜査資料が一部なくなっていることに気付いた。これが大阪府警を揺るがす一大スキャンダルに発展して――。一気読み必至の検察ミステリー!

この作品で、著者は検察に切り込みます。能面検事と呼ばれる不破俊太郎。能面のように表情を変えない、誰にも破られないから〈不破〉という名前なのかと思えるような命名ですね。
この不破氏は、誰に対しても、いついかなる時でも、無表情で、余計なことは一切口にしないという態度を貫きます。この徹底した態度に新米事務官の総領美晴は戸惑い、反発しますが、それでもその徹底ぶりに畏敬の念を抱き、できる限り学ぼうとします。
不破の方も学ぶ姿勢を見せる美晴には彼なりの親切心を出して、割と丁寧に質問に答えるようになります。少なくとも、彼が回答が必要と見なした場合は。
それ以外の場合には、いかなる質問にもけんもほろろの対応で、「言われたことをやれ」。
こうして、大阪府警の捜査資料紛失問題に踏み込んで行きますが、蜘蛛の巣を張り巡らせるかのように用意周到で、相手に有無をいう人間を与えず、一気呵成に畳みかけます。そして最後に、最初の冤罪的送検となった事件で重要だったはずの証拠品が紛失していた理由を突き止めます。

この作品では、〈どんでん返し〉というほどの意外性は見られず、怪しい者は最初からかなり不審な動きをしています。その背後関係を明らかにし、逃げ口上を許さないところまで犯人を追い詰める過程が読み応えがあります。


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書評:中山七里著、『死にゆく者の祈り』(新潮文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
死刑執行直前からの大どんでん返し! ?
絞首台へ向かう友の魂を救えるか――。
究極のタイムリミット・サスペンス! !
何故、お前が死刑囚に――。教誨師の高輪顕真が拘置所で出会った男、関根要一。それはかつて、雪山で遭難した彼を命懸けで救ってくれた友だった。本当に彼が殺人を犯したのか。若い男女二人を無残に刺殺したのか……。調べれば調べるほど浮かび上がる、不可解な謎。無実の罪で絞首台に向かう友が、護りたいものとは――。無情にも迫る死刑執行の刻、果たして教誨師の執念は友の魂を救えるのか。人気沸騰中の“どんでん返しの帝王"による、予測不能・急転直下のタイムリミット・サスペンス‼

『死にゆく者の祈り』は、死刑囚のために説教をする教誨師が探偵役を務める一風変わったミステリーですが、上の商品説明にあるように、刻々と迫る死刑執行の刻限に無罪証明が間に合うかどうか、最後の抵抗が功を成すか否かというギリギリの緊迫感を味わえるサスペンスでもあります。
主人公の高輪顕真の出家の動機、死刑囚となっていたかつての友・関根要一の守ろうとしたもの、そして、本当の真犯人の昏い動機。それらが鮮やかに織りなされた綾の如く紡がれ、読む者の心を絡め捕ります。
『ネメシスの使者』とは違った切り口で、死刑制度の可否について考えさせられる作品です。


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書評:中山七里著、『テミスの剣』&『ネメシスの使者』(文春文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
『テミスの剣』
商品説明
若手時代に逮捕した男は無実だったのか?
鳴海刑事は孤独な捜査を始めたが…社会派ミステリーに驚愕の真実を仕掛けた傑作。

豪雨の夜の不動産業者殺し。
強引な取調べで自白した青年は死刑判決を受け、自殺を遂げた。
だが5年後、刑事・渡瀬は真犯人がいたことを知る。
隠蔽を図る警察組織の妨害の中、渡瀬はひとり事件を追うが、
最後に待ち受ける真相は予想を超えるものだった!
どんでん返しの帝王が司法の闇に挑む渾身のミステリ。

ギリシャ神話の法と掟の女神テミスの振るう『テミスの剣』は、常に冷厳で公平なのか? 裁く者が人間である以上、過ちは避けられない。裁判官とは、神の領域の任務を畏れ多くも請け負っている。しかし、現実は検察と警察が癒着し、警察が功を焦って容疑者の自白を取って送検すれば、検察はこれをほとんど検証することなく起訴し、一度起訴されれば、ほぼほぼ有罪確定。有罪率99.9%が日本の実情です。
本作は〈冤罪〉が作られる過程と、〈冤罪〉が判明した後の警察・検察組織の組織防衛しか考えていないような対応を描写し、かかる問題に切り込みます。しかし、問題に切り込むだけでは済まず、さらに意外な結末を用意しているのが中山七里作品らしいところです。




『ネメシスの使者』
商品紹介
死刑判決を免れた殺人犯たちの家族が殺される事件が起きた――。

殺害現場に残された“ネメシス”のメッセージの謎とは?
ネメシスとはギリシャ神話に登場する「義憤」の女神。

事件は遺族による加害者への復讐か、
はたまた司法制度へのテロか?
ネメシスの真の狙いとはいったい……?

ドンデン返しの帝王が本書で挑むのは「死刑制度」。
『テミスの剣』の渡瀬刑事が追う社会派ミステリー最新作。 

前作『テミスの剣』で冤罪発覚後に吹き荒れた粛清の嵐をただ一人生き残り、埼玉県警捜査一課に異動した渡瀬刑事は、「二度と間違えない」という誓いの下、仕事に邁進している。若手時代に冤罪の内部告発をした過去により、彼はいまだに警察組織から厄介者扱いされている。それでも、組織論理に阿ることなく、ただただ真相の究明を目指す。本作で、彼は死刑を逃れた加害者の家族を連続で殺している犯人を追います。
義憤の女神ネメシスにちなんで、各章も「私憤」「公憤」「悲憤」「憂憤」「義憤」「怨墳」と、様々な「憤」の形を描写するタイトルとなっており、それに沿ってストーリー展開していきます。
この作品では、死刑が果たして極刑なのか、という疑問が投げかけられています。犯罪被害者遺族にとっては、犯人が死ぬまで気持ちに区切りが付けられない、犯人は死刑になって然るべきという考えが支配的です。これは、日本では「死をもって責任を取る」という(悪しき)文化があることに依拠しています。しかし、罪を背負い、世間に非難され続けながら生き続け、決して許されないことを知りながらもずっと贖罪していくことの方が辛く厳しい罰なのではないでしょうか?
本作の魅力は、こうした社会的問題に切り込み、社会通念に疑問を投げかけつつも、一方的な主張にならず、様々な立場から多角的に物事を捉え、その中でグイグイとストーリー展開していき、最後に思ってもみなかった方角から矢が飛んでくるような結末に至るところにあります。

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書評:中山七里著、『魔女は甦る』&『ヒートアップ』(幻冬舎文庫)

2023年05月06日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『魔女は甦る』
商品説明
元薬物研究員が勤務地の近くで肉と骨の姿で発見された。埼玉県警の槇畑は捜査を開始。だが会社は二ヶ月前に閉鎖され、社員も行方が知れない。同時に嬰児誘拐と、繁華街での日本刀による無差別殺人が起こった。真面目な研究員は何故、無惨な姿に成り果てたのか。それぞれの事件は繋がりを見せながら、恐怖と驚愕のラストへなだれ込んでいく……。

『魔女は甦る』はヒッチコックの『鳥』を連想させるようなホラーっぽいストーリー展開です。文庫の表紙絵でもそのことが暗示されています。
無残な死体を晒していた薬物研究員・桐生隆は、ドイツのスタンバーグ製薬会社の日本支社に勤めていたのですが、閉鎖後も研究所に行こうとしたらしく、その付近で絶命。
渋谷の繁華街で起こった何件かの暴行・無差別殺人事件では、犯人たちの血中に『ヒート』が検出された。これは恐怖心と理性を減退させる代わりに闘争心と破壊衝動を増進させる働きのある新しい麻薬の一種。しかし、身体依存性がないため、禁断症状がない。
この『ヒート』の出所がスタンバーグ製薬日本支社であることは容易に察しがつきますが、会社は閉鎖、社員は行方不明という状況では、証言も証拠も集めにくく、捜査がなかなか進みません。
現場に足を運ぶ埼玉県警の槇畑は、そこで何度も桐生隆の恋人・美里に遭遇します。彼女も何かを独自に調べており、槇畑は彼女を説得して協力を取り付け、閉鎖されたスタンバーグ研究所周囲を探りますが、そこで彼らが出くわすのはー。
その先はホラー展開です。
エピローグで、まだ完全に終わりではないことが仄めかされるのが、実にホラーらしいところです。



『ヒートアップ』
商品説明
七尾究一郎は、おとり捜査も許されている厚生労働省所属の優秀な麻薬取締官。製薬会社が兵士用に開発した特殊薬物“ヒート”が闇市場に流出し、それが原因で起こった抗争の捜査を進めていた。だがある日、殺人事件に使われた鉄パイプから、七尾の指紋が検出される......。誰が七尾を嵌めたのか!? 誰も犯人を見抜けない、興奮必至の麻取(マトリ)ミステリ!

続編の『ヒートアップ』では、『魔女は甦る』で名前しか登場していなかった麻薬取締官・七尾究一郎が問題の薬物「ヒート」を追う物語です。
協力者は、広龍会渉外委員長・山崎岳海というおよそヤクザらしくないインテリヤクザで、幅広い情報網が売り。山崎は御子柴礼司シリーズでも登場する脇役キャラクターですが、本作ではかなり重要な役回りで、七尾と共に死線をくぐることになります。
前作がホラーだったのに対して、本作はアクションミステリーの展開でドキドキします。そして、こちらは「どんでん返しの帝王」の本領発揮という感じで、意外な黒幕が最後に明らかになります。中山七里パターンとも言えるので、逆にそれほど意外ではないかも?

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書評:中山七里著、『ワルツを踊ろう』(幻冬舎文庫)

2023年05月06日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
容疑者は村人全員! ?

20年ぶりに帰郷した了衛を迎えたのは、閉鎖的な村人たちの好奇の目だった。
愛するワルツの名曲〈美しく青きドナウ〉を通じ、荒廃した村を立て直そうとするが……。
雄大な調べがもたらすのは、天啓か、厄災か!?

都会で金融関係の仕事をしていた溝端了衛は、リーマンショックの煽りを受けて失職し、その上、父親も病死したため、七戸9人しか住民のいない限界集落・東京都西多摩郡依田村竜川地区にある実家に移住します。移住して1週間経った朝、隣の地区長に改めて引っ越しの挨拶に行き、そこで住民全員に挨拶がてら回覧板を回すように指示され、村人たちと初めてまともに話す機会を得ます。
この主人公は30代も後半でありながら、人の機微というものが分からない不器用で、少々独り善がりな人物で、村を立て直そうという試みが悉く空回りしてしまいます。
何度か失敗した後、ようやく地区長を納得させるだけの村おこし案を出すことができ、村全体を説得して、一時、全戸団結したかのように見えましたが、盛り上がりの後の失敗は、了衛をさらに孤立させ、経済的にも追い詰めることになります。
村八分にされた了衛は、職も見つからないまま、精神的にどんどん追い詰められていき、ついにとんでもない事件を起こすに至ります。

本作品は、〈平成の八つ墓村〉または〈平成の津村事件〉と呼ばれた2018年に山口県周南市で起きた事件の経緯をなぞっています。
〈美しく青きドナウ〉は主人公のお気に入りの曲で、毎朝これで目覚めるようにしてあるばかりでなく、ことあるごとにこれを聴いていて、いわば人生のお供のようなものです。この音楽モチーフが陰惨な行為の伴奏となるとき、その猟奇性が際立ってきます。

限界集落・村社会の実情、閉鎖的で貧しい精神性を持つ村民と、中途半端な都会性と独善性を持つ移住者との間の軋轢が生んでいく過程が克明に描写され、読者の心に重くのしかかっていくばかりでなく、最後の最後で黒幕が明らかにされることで、「どんでん返しの帝王」の名にふさわしいエンディングとなっています。



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