徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:中山七里著、『セイレーンの懺悔』(小学館文庫)

2023年05月05日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
マスコミは人の不幸を娯楽にする怪物なのか。

葛飾区で女子高生誘拐事件が発生し、不祥事により番組存続の危機にさらされた帝都テレビ「アフタヌーンJAPAN」の里谷太一と朝倉多香美は、起死回生のスクープを狙って奔走する。
しかし、多香美が廃工場で目撃したのは、暴行を受け、無惨にも顔を焼かれた被害者・東良綾香の遺体だった。綾香が“いじめられていた”という証言から浮かび上がる、少年少女のグループ。主犯格と思われる少女は、6年前の小学生連続レイプ事件の犠牲者だった……。
マスコミは、被害者の哀しみを娯楽にし、不幸を拡大再生産する怪物なのか。
多香美が辿り着く、警察が公表できない、法律が裁けない真実とは――
「報道」のタブーに切り込む、怒濤のノンストップ・ミステリ。

帝都テレビの「アフタヌーンJAPAN」というニュース番組は、他の中山七里作品にもたびたび登場するのですが、ここではストーリー展開の中心をなしており、誤報が作られていく過程が巧みに描かれています。
若手ジャーナリストの朝倉多香美が青臭い理想と、テレビ局の視聴率至上主義
とのはざまで翻弄され、失敗を重ねつつなんとか逞しく成長して行く過程が微笑ましいです。


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書評:中山七里著、宮城県警シリーズ『護られなかった者たちへ』&『境界線』(NHK出版)

2023年05月04日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

東京や埼玉・千葉など、関東圏を舞台とすることが多い中山七里作品の中で、本シリーズは珍しく宮城県が舞台となっています。東日本大震災の爪痕がまだ生々しく残る特殊事情。誰もが家族や親族や友人を失い、震災前と同じではいられない。これが『護られなかった者たちへ』と『境界線』のドラマの素地となっています。
宮城県警捜査一課警部・笘篠誠一郎は、震災の時も公務に出ており、その間に妻子が自宅と共に津波に流されてしまい、遺体はまだ発見されないまま7年の歳月が流れた。気持ちに区切りが付けられず、いまだに「行方不明」扱いのままにしてある。

『護られなかった者たちへ』では、そんな笘篠が、仙台市の保健福祉事務所課長・三雲忠勝が手足や口の自由を奪われた状態で餓死させられた事件を負います。三雲は職場でも家庭でも善良で人格者と評判で、怨恨の線は考えにくい。しかし、現場に現金等の所持品が手つかずであったことから、物盗りの線も考えにくく、捜査は暗礁に乗り上げます。
そんなとき、一人の模範囚が出所していた。彼は過去に起きたある出来事の関係者を追っている。男の目的は何なのか?
そうして、第二の被害者が出たため、第一・第二の被害者たちの共通点を探るうち、明らかになる福祉行政のひずみ。
誰が被害者で、誰が加害者なのか。本当に「護られるべき者」とは誰なのか? 
鋭い筆致で社会問題に切り込みます。

中山七里作品によく見られる意図的なミスリードが本作でも巧みで、見事などんでん返しに舌を巻くほどです。


第二弾『境界線』では、東日本大震災の行方不明者と個人情報ビジネスという復興の闇を背景にストーリー展開します。
2018年5月某日、気仙沼市南町の海岸で、女性の変死体が発見され、遺留品の身分証から、遺体は、7年前の東日本大震災で津波によって流された宮城県警捜査一課警部・笘篠誠一郎の妻だったことが判明。笘篠はさまざまな疑問を抱えながら身元確認のため現場へ急行するが、そこで目にしたのはまったくの別人の遺体だった。
妻の身元が騙られ、身元が誰かの手によって流出していた……やり場のない怒りを抱えながら捜査を続ける笘篠。しかし、「自殺」案件であるため、管轄外の捜査は上司にも所轄にもいい顔はされない。
そのような中、宮城県警に新たな他殺体発見の一報が入るが、その遺体の顔は潰され、指が全部切り取られていた。遺留品の身分証明書から勤め先や家族に連絡を入れると、遺族からは「全くの別人」と証言される。
この二つの事件に共通する身分詐称は、個人情報ビジネスを示唆するが、どこの誰が役所にしかないはずの震災の行方不明者情報を漏洩させ、誰が買ってビジネスとしたのか?
この作品は、復興の問題もさることながら、生き残った者たちの心の傷にも迫ります。



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書評:中山七里著、『鑑定人 氏家京太郎』(双葉社)

2023年05月04日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
民間の科学捜査鑑定所〈氏家鑑定センター〉。所長の氏家は、女子大生3人を惨殺したとされる猟奇殺人犯の弁護士から再鑑定の依頼を受ける。容疑者の男は、2人の殺害は認めるが、もう1人への犯行は否認している。相対する警視庁科捜研との火花が散る中、裁判の行く末は――驚愕の結末が待ち受ける、圧巻の鑑定サスペンス!

氏家鑑定センターの所長・氏家京太郎は、中山七里の他シリーズ(『作家刑事毒島』や『御子柴礼司』など)にちょくちょく登場していますが、本作では題名の通り氏家鑑定センターを中心にドラマが繰り広げられます。

氏家は以前、警視庁科捜研に所属していたが、同僚や上司とそりが合わず、ある事件をきっかけに辞職して、民間の鑑定センターを立ち上げます。すると、彼を慕う科捜研のスタッフがごっそり科捜研を抜けて、氏家鑑定センターに転職したため、科捜研に残った職員たちからかなり恨みを買っています。
猟奇殺人犯の謎の解明に努めるうちに、こうした過去の確執も明らかにされていき、人間ドラマとしての深みがあります。


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書評:中山七里著、『特殊清掃人』(朝日新聞出版)

2023年05月04日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『特殊清掃人』は、特殊清掃業者〈エンドクリーナー〉に舞い込む清掃依頼案件を主人公・秋廣香澄の視点から描いた短編集で、『祈りと呪い』『腐蝕と還元』『絶望と希望』『正の遺産と負の遺産』の4編が収録されています。

死者が出た家・アパート・マンションは、同居人が居なければ、特殊清掃業者に依頼して後処理をしてもらうことになります。死後どのくらいの時間が経過しているかによって、清掃内容が変わってきます。
まず、ありとあらゆるゴミを出し、ウジ・ハエなどの害虫を駆除し、床や壁などを消毒。遺体から流れ出た体液の浸潤具合によって、床材や根太、大引きまで交換する必要が生じる。
体液は感染症の温床であるため、消毒が済むまでは防護服を着て作業するため、気温が高い日は拷問に近い過酷な仕事になります。
しかし、体力以上に精神力が奪われます。ある種の〈鈍感さ〉を持っていないと続けられない業種です。
孤独死が増える中、特殊清掃の需要は今後も増大することが予想されます。
一言で〈孤独死〉と言っても、十人十色。身寄りのない独居老人とは限らず、親元から離れて一人暮らしをしていた若い人の事故や自殺、あるいは犯罪被害など、様々なドラマが隠れています。
そうしたドラマを特殊清掃という過酷な作業をする者の立場から見い出していく構成です。香澄は亡くなった方に感情移入してしまいがちなので、余計に苦悩しますが、それでも真摯に遺品整理を行い、故人の思いを誰かに伝えようとするその姿勢に心が動かされます。


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書評:中山七里著、御子柴礼司シリーズ1~6(講談社文庫)

2023年04月28日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『作家刑事毒島』シリーズですっかり中山七里に嵌まってしまい、次は御子柴礼司シリーズを一気読みしました。文庫化されているのは5巻までの『贖罪の奏鳴曲』『追憶の夜想曲』『恩讐の鎮魂曲』『悪徳の輪舞曲』『復讐の協奏曲』。
3月末に発売されたばかりの最新刊『殺戮の狂詩曲』は単行本。

本シリーズの主人公・御子柴礼司は、本名を園部信一郎といい、14歳のときに近所の5歳の少女を殺して切り刻み、切り取った頭や四肢をポストや賽銭箱の上などに置いたことから〈死体配達人〉として全国を震撼させ、関東医療少年院に入ります。そこで新しい名〈御子柴礼司〉を得て、そこでの出会いをきっかけに贖罪のために生きることを決意し、猛勉強をして司法試験に受かり、弁護士として活躍するようになります。ただし、法外な弁護士料を要求する〈悪徳弁護士〉として名を馳せています。それでも勝率が9割以上であるため、顧客はいくらでもいます。そんな中で、時々気まぐれに(?)一文の得にもならず、勝ち目がないような刑事裁判の国選弁護人を引き受けたりして、周囲を驚かせます。
彼の職業倫理は一貫しており、親であろうが、イワシの頭であろうが、弁護人の利益のために全力を尽くすということです。

第一作は、御子柴礼司が死体を遺棄するシーンから始まるため、彼が何のためにそれをしたのか、本当の殺人犯は誰なのかという謎を追うミステリーで、意図的な読者のミスリードやさりげない伏線が随所に散りばめられており、非常に読み応えがあります。



続編の『追憶の夜想曲』では、夫殺しの容疑で懲役十六年の判決を受けた主婦の弁護を御子柴礼司が突如希望する。対する検事は因縁の相手、岬恭平。なぜ高額報酬を要求することで有名な御子柴が、大した報酬を望めないような主婦・亜希子の弁護をしたのか 、真相はどこにあるのか、第二審の判決はどうなるのか。
御子柴が報酬度外視で弁護を引き受けた理由は、彼の過去の犯罪と関係している。
リーガルミステリーの山場である法廷シーンは、臨場感たっぷりの描写で、どんでん返しの真実が明らかにされるクライマックスまで一気に駆け抜ける筆致。
しかし、法廷で彼の〈死体配達人〉としての過去も公になってしまい、彼の今後が危ぶまれることに。

第三弾『恩讐の鎮魂曲』では、〈死体配達人〉としての過去が公になってしまってさすがに依頼が激減し、事務所の移転を余儀なくされた御子柴が、少年院時代の教官・稲見が老人ホームの介護士殺人容疑で逮捕されたことを知り、恩師の弁護を力尽くでもぎ取ります。しかし、当の本人は罪を認め、相応の罰を受けることを望んでおり、無罪判決を勝ち取ろうとする御子柴の指示にまったく従わない。恩師の意志に反して、御子柴は殺人事件の起こった老人ホームを何度も訪れ、真相に迫ろうとします。
この巻は、御子柴の調査過程の方が読み応えがあります。普段は冷徹な論理に徹する御子柴が恩師のせいでやや感情を乱されるのも、少し微笑ましいかも。


第4巻『悪徳の輪舞曲』では、御子柴が少年院に入所して以降、消息を絶っていた妹・梓がいきなり現れ、旦那殺しの容疑で逮捕されたという母・郁美の弁護を依頼しに来ます。再婚相手の成沢琢磨は資産家であったため、遺産目当ての殺人と見られていた。成沢は鴨居に縄をかけた首吊り自殺のように偽装されていたらしい。御子柴礼司の実父も首吊り自殺を図り、その保険金でもって〈死体配達人〉被害者の遺族への賠償金の一部を支払った。この首吊り自殺も実は母・郁美の偽装殺人だったのか。親子二代の殺人ということで、いやが応にも世間の注目を浴びるが、その真相は?
30年ぶりの母子対面で、御子柴礼司の心にもまた少し変化が現れるため、成長物語としての側面もあります。



シリーズ第5弾の『復讐の協奏曲』では、御子柴の法律事務所で世間の悪評にもかかわらずなぜか事務員として居座り続ける日下部洋子に殺人容疑がかけられます。彼女がある女性の紹介で知り合った外資系コンサルタント・知原と夕食に出かけた後、知原が殺されてしまい、凶器からはなぜか洋子の指紋が発見されたのだ。
御子柴はもちろん彼女の弁護を引き受ける。一方で、〈この国のジャスティス〉と名乗る者の呼びかけにより、800人以上から懲戒請求書が事務所に届いており、返り討ちのための事務処理が洋子不在で滞っていたので、御子柴が世話になっている弁護士会元会長の口利きで、かつて過払い返還請求を専門に手広くやっていた弁護士・宝来兼人が事務の手伝いをすることになります。
御子柴と宝来の駆け引きも面白い。
宝来が手伝いに来たことで、御子柴は洋子の弁護に専念できるようになり、彼女の過去を調べていくうちに、彼と出身地が同じであることが判明する。彼女は、実は御子柴に殺された少女・佐原みどりの親友だったのだ。親友の仇とも言える御子柴のそばで働いていた洋子の意図は何だったのか。
前回の母と妹に引き続き、今回は〈死体配達人〉の被害者の関係者と対峙することになります。

最新刊の『殺戮の狂詩曲』では、高級老人ホームの介護士がある夜、〈役立たずの老人の駆除〉計画を実行に移し、9人の入所者を殺害する。彼の計画では入所者29人全員を殺害する予定だったが、同僚たちに取り押さえられた。とはいえ、令和最悪の凶悪殺人事件。死刑判決間違いなしの犯罪だが、当の本人は社会正義のための行為として、まるっきり罪の意識がない。この最低の被告人に、かつての〈死体配達人〉である御子柴礼司が弁護を引き受けるが、その意図は何なのか? 懇意にしている広龍会の外部交渉人・山崎も、事務員の洋子もこれだけは思いとどまるように忠告するが、御子柴は宣伝効果があると見え透いた露悪的な理由付けをして、忠告を一切取り合わない。
被告人は現行犯逮捕されたようなもので、証拠が山ほどあり、本人も行為を認めているため、「罪」として認めてないにせよ、ひっくり返しようがない状況で、御子柴が何をどうひっくり返そうとするのかが見ものです。


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書評:中山七里著、『作家刑事毒島』&『毒島刑事最後の事件』(幻冬舎文庫)&『作家刑事毒島の嘲笑』(幻冬舎)

2023年04月19日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

松岡圭祐と同じくらい多作で知られている中山七里の作品を始めて読んでみました。
『作家刑事毒島(ぶすしま)』シリーズは、捜査一課の刑事でありながら作家を兼業する毒島真理の鋭い舌鋒と洞察力によって事件解決に至る短編から成ります。
シリーズ第一作『作家刑事毒島』では、警視庁捜査一課の新人刑事・高千穂明日香が刑事技能指導員の毒島真理に事件についての相談を持ち掛け、彼の傍若無人ぶりに振り回されながら、着実に事件を解決していくというストーリー構成です。
容疑者として登場するのは、新人賞受賞したばかりの作家や受賞後の二作目をなかなか出せない作家、あるいは作家になりたくて様々な賞に応募し、一時落ちし続けて、自分が落ちるのは陰謀だと思い込む人など、出版界の影に跋扈する大いに勘違いした人々。彼ら彼女らに対して毒島はまったく容赦がない。
勘違いしている人たちというのは、イタイものですが、そこまでコテンパンにしてしまうのか、とちょっと驚きますね。著者の私情がここに現れているのかもしれません。


第二作の『毒島刑事最後の事件』は、毒島が刑事を辞めて作家になる前の、そのきっかけとなった事件を扱います。いわゆる〈エピソードゼロ〉というものです。皇居周辺で二人の男が射殺され、『大手町テロ』と呼ばれる事件。出版社の連続爆破、女性を狙った硫酸攻撃。 それぞれ独立した短編でありながら、どの事件にも絡んでくる謎の存在〈教授〉。〈教授〉とは誰なのか、また、彼を殺人教唆などの罪で告訴可能なのか?


第三作『作家刑事毒島の嘲笑』は、第二作と同じ短編構成で、どの事件にも共通する謎めいた存在「急進革マル派」 を作家兼業の毒島刑事が追います。
保守系の刊行物で有名な出版社への放火事件が起こり、公安一課の淡海奨務は、左翼集団の犯行とみて捜査を開始しますが、そこで毒島と出会い、行動を共にすることになります。
ブラック企業での過労自殺や沖縄の基地問題、様々な市民運動に参加して陰で資金提供を受ける〈プロ市民〉と呼ばれる活動家などの社会現象・問題を取り上げながら、そのように見られる事件の裏にある意外な真実を暴いていきます。
「急進革マル派」の正体は意外過ぎな感じがして、納得感が今一つでしたが、ストーリー展開はテンポよく、毒島の毒舌も相変わらずキレッキレで面白いです。

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書評:しきみ彰著、『後宮妃の管理人 七 ~寵臣夫婦は出迎える』(富士見L文庫)

2022年12月18日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

今年の3月末に全6巻まとめ買いして一気読みし、物語がまだ完結していなかったことに悶絶した『後宮妃の管理人』。11月半ばに発売された7巻を読んだら、登場人物たちの背景情報をすでに若干忘れていたので、また最初から読み返してしまいました。ラノベだからできる芸当ですね。

さて、黎暉大国は初夏。首都は耐えがたい暑さとなるため、優蘭たち健美省は、皇帝の勅命のもと、妃嬪たちの避暑地行きを催すことになり、後宮は朗報に湧きますが、ただ一人、普段は模範的で目立たない充媛の藍珠がなぜか避暑地行きを拒みます。どうしたものかと優蘭が夫の右丞相の皓月に相談しに行くと、そこではそれどころではない騒ぎになっていた。敵国とも言っていい杏津帝国の外交使節団がやって来るのだという。しかも、使節団代表は過激なタカ派の王弟とのことで、どんな意図があるのか議論になっていたが、受け入れないという選択肢はないため、妃嬪たちが向かうことになっていた避暑地で使節団を迎え入れることになる。このため、それが嫌だという妃は後宮に残っていいことになったが、なぜか藍珠がやっぱり避暑地に行くという。一体彼女にはどんな謎があるのか?過去の因縁から彼女が起こす行動とは?
この伏線はこの巻では大した事件には発展していませんが、後を引きそうな予感を残しています。
一方、皓月の双子の妹・蕭麗月もだんだんと後宮に馴染み、実は踊りがうまいことなど、自分を出すようになってきて、双子であるがゆえに殺される代わりに養子に出された彼女の複雑な生い立ちが明らかになってきます。

寵臣夫婦も相変わらず次々と起こる問題の対処に追われてますが、いつものことなのでさほど新鮮味はありません。

次巻はまた杏津帝国との絡みなのかな、という終わり方でした。




書評:谷瑞恵著、『額装師の祈り 奥野夏樹のデザインノート』(新潮文庫)

2022年11月30日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

谷瑞恵はこれまでコバルト文庫などの少女向け小説家というイメージがありましたが、この作品は新潮文庫というだけあって、文学性が高いです。

主人公は、婚約者を事故で亡くし、その婚約者の職業であった額装を自分で始めることで、亡くした人とのつながりを保とうとする奥野夏樹。
彼女の元にくる変わった額装の依頼(宿り木の枝、小鳥の声、毛糸玉にカレーポット)のために依頼主の背景や動機など依頼の裏に隠されているものを探し、その心を祭壇のような額で包み込む。そうした額装は夏樹の祈りのようなもの。
彼女の額装に興味を示し、何かと話しかけたり、手伝ったりする純。彼もまた子どもの頃に友だちと川でおぼれ、不思議な臨死体験をしたことがあり、後遺症や罪悪感にもがいています。
登場人物たちは皆、心に傷を負っており、その思いを額装してもらうことで観賞可能にし、心の折り合いをつけていきます。
身近な人を失った喪失感とそこからの立ち直りが本書の根底にあるテーマで、作品全体に祈りが込められているようです。

額装というなじみのない世界を垣間見ることもできて、その奥深さにも感動を覚えます。


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書評:谷瑞恵著、異人館画廊シリーズ全7巻

2022年11月30日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行



『盗まれた絵と謎を読む少女』
絵画から図像(イコン)的意味を読む取る才能に恵まれていた此花千景(18)は、誘拐事件を機に両親に見捨てられて、祖父母に養育されます。祖父は画家で、千景の特殊な才能を否定することなく伸ばそうと渡英します。祖父母は先に帰国し、千景はイギリスでスキップを繰り返し、図像学(イコノグラフィー)の研究で学位を取得。祖父の死を機に帰国します。
千景は祖母の営む異人館画廊兼カフェのある家の中の祖父のアトリエを受け継ぎ、そこで「彼に千景をもらってくれるように頼んでおいた」という旨の遺言を見つけます。
このいいなずけは誰なのか。

祖母の画廊兼カフェ「Cube」は珍しい絵を入手して観賞するサークル「キューブ」の集会場になっており、若くして老舗画廊を継いだ幼馴染の西川透磨に千景は否応なく巻き込まれ、図像の鑑定を引き受けることになります。
図像術は、人間の精神に影響を及ぼし、時として死に至らしめる危険なモノ。その技術は中世に教会から異端視され、現代では本物の図像はほとんど残っていないため、一部のマニアの垂涎の的にもなっています。

『贋作師とまぼろしの絵』
ブロンズィーノの贋作の噂を聞いた千景と幼馴染の透磨は高級画廊プラチナ・ミューズの展覧会に潜入するが怪しい絵は見つからなかった。
ところが、ある収集家が所持していた呪いの絵画が、展覧会で見た絵とタッチが似ていることに気づく。しかも鑑定を依頼してきたのが透磨の元恋人らしい。真相は?


『幻想庭園と罠のある風景』
図像術の絵を求めて離島に住むブリューゲルのコレクター・波田野を訪ねた千景。
波田野は邸の庭園でブリューゲルの絵を再現し、そこに図像術を込めようとしており、その庭園を完成させれば問題の絵を見せると言われた千景は、庭園の謎を追います。その庭園は千景の父・伸郎の設計だった。
父の見えない悪意に苦しむ千景は、さらに波田野の息子が起こした事件に巻き込まれてゆきながら、波多野家の抱える謎と問題を紐解こうとします。



『当世風婚活のすすめ』
成瀬家は、代々“禁断の絵"を守ってきた旧家。その禁断の絵が盗まれたので、現当主の美津に絵をさがしてほしいと頼まれた千景と透磨ですが、件の絵は異人館画廊に置き去りにされていました。
その頃、失踪中の次期当主候補・雪江が遺体で見つかりますが、容疑者として浮上した男が千景の誘拐事件の関係者だと判明し、深まる謎の中、記憶の封印が次第に解けていきます。
千景の経験した誘拐事件がどういう事件だったのか、その全貌は7巻でようやく明らかになります。




『失われた絵と学園の秘密』
自殺未遂した少女、消えた絵……。鈴蘭学園美術部で起こった複数の事件には、図像術につながる何かが感じられるため、理事長の依頼で、千景が転入生を装い、学園の潜入調査をします。
著名な画家・此花統治郎の孫で、目立った存在の千景に近付いてくる疑惑の同級生たち。それを心配するあまり、やきもきしながらも見守る透磨。接触した生徒たちの証言は矛盾しており、誰かが嘘をついている。どうやってそれを暴くのか?呪われた絵画「ユディト」の謎とは何なのか?
この先に、千景の過去に繋がるヒントが浮かび上がってきます。


『透明な絵と堕天使の誘惑』
千景の元に「僕が誰だかわかるかい? 僕たちは運命の糸で結ばれている。――もうすぐ僕は、絵を完成させる。見た人を不幸にする絵だ……」という脅迫めいた手紙が届くことで物語が始まります。
有名な心霊スポットに絵があるという噂を聞きつけた千景と透磨を始めとするキューブのメンバーたちは捜査に乗り出します。
消えた図像術の研究者、有名な心霊スポット「切山荘」、四つの絵……点と点が線となり、やがて千景の過去へと繋がっていきます。
誘われるように、自らの失った記憶に向き合おうとする千景を案じる透磨は、彼女を守ろうとし、千景は過去に透磨と親しかったことを思い出しつつあり、二人の距離は近づいていきます。


『星灯る夜をきみに捧ぐ』
千景が日本に帰国してはじめてのクリスマスが訪れようとしている。
昔は苦手だったクリスマスも『異人館画廊』に集う面々との交流から、まったく違う風景に感じられるようになってきた千景。
一方で、千景は英国時代の師であるヘイワード教授から博士論文を勧められており、再度渡英するかどうか悩みます。

そんな中で起きた不可解な強盗事件に、呪われた絵画が関わっているらしいと京一から相談を受けた千景と透磨は、カラヴァッジョに憑りつかれるように魅せられた男と、父との軋轢に苦しみ続けた女の奇妙な接点に気づきます。
見る者の心揺さぶるアウトサイダー・アートの謎を追う中で、千景の過去の誘拐事件の全貌も明らかになり、自分と図像術の切っても切れない関係を自覚することになります。
この巻で第1部完了です。


図像術という特殊な題材が興味深いです。図像の意味を直観的に読み取ってしまう特殊能力を持つ千景の孤独・罪悪感・劣等感は、『伯爵と妖精』の妖精を見ることができるために〈妖精博士〉を名乗るリディアと通じるものがあります。
過去の記憶を取り戻した千景が、今後どのように成長してくのか楽しみです。

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書評:澤村御影著、『准教授・高槻彰良の推察8 呪いの向こう側』(KADOKAWA)

2022年11月05日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
年末、憂鬱な気分で実家に帰省した尚哉。複雑な気持ちを抱えながらも、父と将来の話を交わす。翌日、散歩に出た先で、尚哉は小学校時代の友人の田崎涼と出会う。何気なく民俗学研究室や高槻の話をすると、後日高槻の元に涼の兄から相談が。勤務先の小学校で「モンモン」という正体不明のお化けの噂が立ち、不登校の児童も出ているという。怪異大好きな高槻は喜ぶが、その小学校は苦い思い出が残る尚哉の母校で――。(第一章 押し入れに棲むモノ)
「幸運の猫」がいるという旅館に、泊まりがけで出掛けた高槻、尚哉、佐々倉。何故かスキーをすることになり、大いに戸惑う尚哉だが、高槻と佐々倉に教えてもらい、何とか上手く滑れるように。休憩所で宿泊客たちと歓談していると、うち一人が「昔会った雪女を探しに来た」と言い――?(第三章 雪の女)夢で死者に会う!? 雪山で高槻と尚哉が見たものとは――。異界に魅入られた凸凹コンビの民俗学ミステリ、未来を望む第8弾!

この商品説明に入っていない第二章は「四人ミサキ」というタイトルで、小学校時代に仲の良かった女子4人グループの1人で予知夢を見るらしいミサキが病死し、その後しばらくして4人グループのもう1人が事故死し、3人目が「四人ミサキ」の絵を受け取り、4人目はまだ何も受け取ってないものの、「次は自分かも」と怯えて高槻に相談をしに来る話です。この話が一番『呪いの向こう側』というこの巻のタイトルに相応しいエピソードと言えます。
話運びからして、死んだミサキが「ずっと一緒にいよう」と子どもの頃にした約束を果たしに昔の友だちを道連れにしようとしている呪いのように思えます。3人のうちの1人はミサキと同じマンションなので小学校卒業以降もずっと近所付き合いがあったのですが、あとの2人は疎遠になってしまい、ミサキに対して後ろめたい罪悪感を抱いていたことが恐怖を増幅させてしまったようです。つまり、ネタバレになりますが、本物の怪異ではありません。

それに対して第一章と第三章は、本物の怪異で、特に第一章の押し入れに棲むものはかなりやばいもののようです。

もう1人の高槻彰良が登場する頻度が高くなっているようですが、その正体はまだ不明です。いつかその正体も解明されるのでしょうか?今後も目が離せませんね。