徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:池井戸潤著、『下町ロケット ガウディ計画』(小学館文庫)

2018年07月31日 | 書評ー小説:作者ア行

『下町ロケット ガウディ計画』、待ちに待った文庫化。発売直後に注文して、昨日届いて、今日読み切りました。なんでも単行本では省略されていたところも収録されているそうで、小説の完成度としては文庫の方が高いということですね。

新聞連載・ドラマ化・単行本発行と『下町ロケット ガウディ計画』は2015年に随分話題になったようですから粗筋を知っている方も多いかと思いますが、自分の備忘録として粗筋をここに書かせていただきます。

前作『下町ロケット』でロケットエンジンのバルブシステムの開発により倒産の危機を切り抜けた大田区の町工場・佃製作所はまたもや危機にさらされます。日本クラインという大手医療機器メーカから謎の依頼が舞い込み、あとでそれが人工心臓のコア部品のバルブであることが判明しますが、量産を見込んで赤字でしかない試作品の製作を受けたものの、何やら怪しい動きがあり、結局試作品を納品しただけで取引打ち切り。そればかりか、佃製作所のプライドの根幹をなすロケットのバルブを収めている帝国重工からも次のロケットエンジンの開発では、NASA出身の社長率いるサヤマ製作所とのコンペになるという知らせが入り、経営の危機に直面。日本クラインのバルブ制作の受注も実はこのサヤマ製作所が横取りしていました。この二つの会社経営を揺るがす事態に加えて、内側からも危機が迫る。技術開発部の若手・中里が日本クラインのバルブを担当し、挫折してからおかしな動きをします。

そんな中、かつての部下・真野から北陸医科大学と福井の地元工場・サクラダと心臓の人工弁「ガウディ」を共同開発する話がもたらされます。ロケットから医療機器への進出は大きなリスクを伴うものの、完成すれば多くの、特に子供の心臓病患者を救うことができるというので、佃航平社長は腹をくくって新らしい挑戦に受けて立つ決断をします。

人工心臓のバルブ、ロケットエンジンのバルブ、心臓の人工弁という3つのストリングが絡み合いながら話が進行していきますが、その中で浮き彫りになるのは大企業の驕りと内部抗争に明け暮れて医療機器の本質を見失っている人たち、医学会の患者そっちのけで権力闘争にかまける人たち、医療機器の「許認可」権限を自身の権力とはき違えて威張る人たち、ただただ保身に走る人たちの卑しさと、患者第一で、医療機器を一刻も早く完成させようと真摯に努力する医師、モノ作りに誇りを持ってただひたすらいいものを作ろうと真剣に取り組む人たちの鮮やかな対比です。後者の努力が最終的には報われるというハッピーエンドですが、味わい深いと思うのが、「敵役」的な立ち位置だった人たちのなかには、ちゃんと反省し、自らの原点に立ち返ることができた人たちがいたことですね。

佃社長が神谷弁護士とともに日本クラインの傲慢コンビをやり込めるシーンも痛快ですが、部下の手柄横取り、大学の理事会でより大きな権力を求めて人工心臓の開発を進め、追放した部下の関わるガウディ計画の妨害など相当な悪役ぶりを発揮した貴船アジア医科大学心臓血管外科部長が、スキャンダルの後に地位を追われ、最後の片づけを終えて学部長室から外を行き交う人々をいとおしそうに眺め、見舞いに来た日本クラインの営業に「患者のためと言いつつ、私が最優先してきたのは、いつのまにか自分のことばかりだったな。だけどな、久坂君。医者は医者だ。患者と向き合い、患者と寄り添ってこそ、医者だ。地位とか利益も関係なくなってみて思い出したよ」というくだりが素晴らしい。そしてそう語りかけられた久坂が、なぜ自分が医療機器メーカーに就職したのか、そして営業ノルマや収益目標に追い立てられるうちに高邁な理想は脇へ追いやられ、ひたすら収益と効率を追求するばかりの日々を過ごしてきたと自覚するあたりが感動的ですね。どちらもいやーなキャラだったんですが、このように反省してくれると逆に好感度が上がります。こうして敵役の中でも様々な人物を描き分けるところがさすがですね。

先日『下町ロケット ゴースト』の書下ろし単行本が発売されました。今すぐ読みたい気持ちでいっぱいです。文庫化されるまで待つか、単行本の電子書籍版を買ってしまうか、迷うところです。

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2018年07月31日 | 書評ー小説:作者カ行

アガサ・クリスティーのポワロ(またはポアロ)・シリーズのうちの1作『The ABC Murders(ABC殺人事件)』(1936)はあまりにも有名な推理小説の古典ですが、私にとっては題名しか知らない作品の1つでした。

『ABC...』というタイトルから想像できるようにアルファベット順の連続殺人事件。先ずロンドン在住のベルギーの私立探偵エルキュール・ポワロ(Hercule Poirot)の元に「6月21日、アンドーヴァー(Andover)を警戒せよ」と文末に「ABC」と署名された挑戦状が来ます。その通りその日タバコ屋の老女アリス・アッシャー(Alice Asher)が死体で見つかり、そばにはABC鉄道案内が置かれていました。

警察(スコットランド・ヤード)は当初、彼女が夫と不仲であったため、夫を疑いますが、間もなくABC氏から第2・第3の犯行を予告する手紙が届き、Bで始まるベクスヒル(Bexhill)でB.B.のイニシャルを持つベッティー・バーナード(Betty Barnard)が、Cで始まるチャーストン(Churston)でC.C.のイニシャルのサー・カーマイケル・クラーク(Sir Carmicheal Clarke)が犠牲になり、【切り裂きジャック(Jack the Ripper)】の再来かと思われる連続殺人事件として捜査されます。 やがてセントレジャー競馬が行われる日に犯行を予告する手紙が届き、ポアロたちは第4の殺人を防止すべく、競馬の開催地ドンカスター(Doncaster)へ向かいますが、町の映画館で殺害されたのはイニシャルがD.D.の人物ではなくG.E.の理髪師の男。近くにイニシャルがDの男性が座っていたため犯人に間違えられたものと推測されます。

そんな中、てんかん持ちのアレクサンダー・ボナパート・カスト(Alexander Bonaparte Cust)は新聞報道を読み、自分が殺人事件の起きた日に同じ場所に何度も居合わせていたことから、自分が犯人なのではないかと悩み自首してきます。彼の家からは「ABC鉄道案内」が多数発見され、事件は解決したかと思われますが、カストはポアロに手紙を書いていないと主張しており、ポアロはカストの頭脳ではこうした連続殺人は計画できないため、真犯人が別にいると推理します。

その経過は大部分はポワロの協力者であるキャプテン・アーサー・ヘイスティングス(Captain Arthur Hastings)によって語られます。カストの行動はヘイスティングスの語りではなくいわゆる「神の視点」から描写されていますが、この男が本当に犯人なのか、そうでないなら真犯人は誰で、カストの役割は何なのかが分かるまで読むのをやめられません。

犯人の意図的なミスリードのトリックがかなり手が込んでいて、ポワロがその全容を明かす時、いくつかは若干の唐突感を否めません。私が伏線を読み落としただけかもしれませんが。

また、ポワロはベルギー人で、フランス語のフレーズを取り交ぜて話すという設定なので、日本語訳ではきっとフランス語の部分もカッコ入りで日本語に訳されてたりするんだと思いますが、原作では何の説明・解説もなくフランス語のまんまなので、かなり読みづらいですね。


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