徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:原田マハ著、『暗幕のゲルニカ』(新潮文庫)

2022年05月18日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行


100冊以上あった積読本の中に長いこと埋もれていた『暗幕のゲルニカ』。
どうしてこの本を買ったのか、きっかけすらもう覚えていないのですが、どこかで誰かが勧めていて、何かしら興味を惹いたので買っておいたのでしょう。

その価値はありました。
本書は「アートの力とは何か」を世に問うミステリー。
まさに『ゲルニカ』を生み出した画家、パブロ・ピカソが絵筆一本でゲルニカ空襲を行ったフランコ反乱軍とそれを支持したナチス・ドイツおよびムッソリーニ・イタリアのファシズムに、引いては戦争や暴力一般に対して「芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ」と立ち向かったように、観賞するための飾りではないアート、世に干渉するアート、政治的・社会的メッセージ性が濃厚なモダンアートの影響力を、小説という別の表現手段のアートで描く作品です。

この作品が生み出されるきっかけとなったのは、2001年9月11日のWTCへの同時多発テロを発端とした「テロとの戦い」と標榜していたブッシュ大統領はアフガニスタン攻撃後、イラクを次の標的に定め、コリン・パウエル国務長官が国連安全保障理事会でイラクを大量破壊兵器を開発・保有していると激しく糾弾し、かつ国連安保理のロビーで記者会見を開いた際に、長官の後ろに位置する場所にあったピカソの『ゲルニカ』に暗幕がかけられていた事件です。
ゲルニカは、空爆によって阿鼻叫喚の地獄となった事態を象徴するもので、反戦のシンボルでもあります。このため、アメリカがこれから実行するイラク攻撃によって、イラク国内で同様の事態が引き起こされることを予想した何者かによって隠されたのではないかと作者は考えたのです。

本作品は史実に基づいたフィクションで、20世紀パートは「ゲルニカ」の制作過程を写真に収めた当時のピカソの恋人ドラ・マールの視点で描かれ、21世紀パートはニューヨークのMoMaのキュレーターで、夫を911で亡くした八神瑤子の視点で描かれます。ピカソに関わることで人生を変えられてしまった二人の女性の過去と現在の時間軸が交錯しながら物語が進行していきます。

「サスペンス」色が濃くなるのはかなり終わりの方で、出だしは10歳の瑤子と「ゲルニカ」との出会い、「序章 空爆」では1937年4月29日のパリに舞台が変わってドラ視点でゲルニカ空爆の知らせを受けたピカソの様子が描かれ、物語のテーマと舞台設定が提示されるのですが、個人的な印象ではあまり「引き」が強くないと思います。

「第二章 暗幕 一九三七年 パリ/二〇〇三年 ニューヨーク」でようやく例の国連安保理のロビーのゲルニカ・タペストリーに暗幕がかけられる事件が扱われ、その辺りから俄然面白くなってきて、読むスピードに勢いが付いてきて、最後まで一気に読み通しました。
様々な過去のエピソードが最後には現在に直接つながってきて、「ああ、そうつながるんだ」と納得できるすばらしい構成です。

私はアートのことはあまりよく知らないので、勉強にもなりました。
巻末の参考文献には、著者のピカソに対するこだわりの強さが如実に表れています。