典子(のりこ)はもうろうとする意識(いしき)のなかで、動物(どうぶつ)たちの声を聞いていた。
「なぜだ? なぜ動かない! 手順(てじゅん)を確認(かくにん)するんだ」
この声は、あの犬(いぬ)だ。私をこんな所へ連れて来て、何をしようとしているの? 典子は身体(からだ)を動かしてみた。でも、留(と)め具(ぐ)のせいで自由(じゆう)に動けない。どうやら、椅子(いす)の背(せ)もたれが倒(たお)され、横(よこ)に寝(ね)かされているようだ。突然(とつぜん)、お腹(なか)の上に何かが飛び乗ってきた。
「どうだい、気分(きぶん)は?」典子の目の前にぬっと顔を出した犬が、皮肉(ひにく)たっぷりに言った。
典子はか細(ぼそ)い声で、「私に、何をしたの。どうするつもりよ…」
「まだ分かっていないようだな。俺(おれ)たちが捜(さが)していたゲートは、あんたなんだよ」
「私が、ゲート? 何よ、それ」
「この装置(そうち)を動かすには、あんたが必要(ひつよう)だったのさ。だからここへ連れて来た。この装置が動き出せば、あいつらを根(ね)こそぎ倒すことができるわけさ」
「あいつらって、あのモドキとかいう…」
「ヒロシもきっと喜(よろこ)んでくれるだろう。これで、この世界は俺たちのものになるんだ」
その時、部屋の中にボールのようなものが転(ころ)がり込んできた。それは、大きな音をたて、回りながら白い煙(けむり)を勢(いきお)いよく噴射(ふんしゃ)した。瞬(またた)く間に、何も見えなくなってしまった。
<つぶやき>誰(だれ)かが助けに来てくれたのか? この装置は、いったい何なのでしょうか。
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その研究所(けんきゅうじょ)は、森の中に隠(かく)れるように建(た)っていた。動物(どうぶつ)たちは典子(のりこ)をここまで連れて来ると、何のためらいもなく建物(たてもの)の中へ入って行った。
典子は、少し足がすくんだ。何となく薄気味悪(うすきみわる)く、いやな感じがしたからだ。あの犬が、典子の足に身体(からだ)をこすりつけて、「さあ、行こう。ここなら、あいつらも来ないさ」
建物の中にはいくつもの扉(とびら)があった。開いている扉から中を覗(のぞ)くと、わけの分からない機械(きかい)が並(なら)んでいた。一番奥(おく)の部屋へ動物たちは入って行く。その部屋の中は広く、大きな機械が回りをぐるりと囲(かこ)んでいて、色とりどりのランプが点滅(てんめつ)を繰(く)り返していた。
典子は不思議(ふしぎ)に思った。ここには電気(でんき)がきている。何でここだけ…。呆気(あっけ)にとられている典子に構(かま)わず、動物たちは機械の前のそれぞれの定位置(ていいち)についた。
「さあ、あんたの席(せき)はそこだよ」
小さな犬は、部屋の中央(ちゅうおう)に置かれた椅子(いす)へ目線(めせん)をやる。
「あの椅子はとても座り心地(ごこち)がいいんだ。あんたのためにあるような椅子さ」
典子は促(うなが)されるまま、その椅子に座った。確(たし)かに座り心地はいい感じだ。ふと、彼女は気づいた。この椅子にはいろんなコードがつながれていることに。その時だ。四匹の猿(さる)が飛び出して来て、典子の手足(てあし)に取りつき、留(と)め具(ぐ)で動けなくしてしまった。
典子は突然(とつぜん)のことに驚(おどろ)き、動揺(どうよう)して叫(さけ)んだ。「何するの! 外(はず)しなさいよ。外して――」
<つぶやき>この世界では、何が起こるか分からないです。誰(だれ)が敵(てき)で、誰が味方(みかた)なのか。
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やっと落ち着いた典子(のりこ)は、この世界(せかい)のことを動物(どうぶつ)たちから聞かされた。今、この世界を支配(しはい)しているのはモドキと呼(よ)ばれる連中(れんちゅう)で、彼らは地面(じめん)の下からやって来ていた。そして、地上(ちじょう)にいるものをさらって行くという。まさに、典子もさらわれるところだったのだ。
今まで典子と同じ人間が大勢(おおぜい)連れて行かれ、誰(だれ)一人戻って来ることはなかった。ただ一人を除(のぞ)いて。その一人というのが、動物たちがヒロシと呼ぶ人物(じんぶつ)だった。
ヒロシは町外れの研究所(けんきゅうしょ)にいたようだ。典子は、そんな研究所があるなんて全く知らなかった。彼女は動物たちに訊(き)いてみた。
「そのヒロシという人は、まだそこにいるの?」
「ああ、そこで眠(ねむ)っているよ。――俺(おれ)たちのところへ戻って来たときには瀕死(ひんし)の状態(じょうたい)で、もうどうすることもできなかった。ヒロシは最後(さいご)に言ったんだ。ゲートを捜(さが)せと」
「ゲート? それは、何なの?」
動物たちは鳴(な)き声を上げた。小さな犬は、典子の手に前足を置くと、
「別の世界とつながる入口さ。あんたは、その別の世界から来たんじゃないのか?」
「うん、たぶん。ねえ、そのゲートが見つかれば、私は自分の世界へ戻れるのかな?」
「やっぱりそうか――」犬はひと声吠(ほ)えると、「反撃(はんげき)のときが来た!」と叫(さけ)んだ。
<つぶやき>これからどうなるのか? ヒロシという人物がカギをにぎっているのかも。
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動物(どうぶつ)たちは鼻(はな)をヒクヒクさせて、典子(のりこ)の臭(にお)いを嗅(か)いでいた。もう逃(に)げ道はなかった。彼女は震(ふる)える声で、「何なの…。私を食べたって美味(おい)しくないわよ」
動物たちの間(あいだ)をかき分けるように一匹の小さな犬(いぬ)が典子の前に進み出ると、にっこりと微笑(ほほえ)んだ。犬が笑(わら)うなんて信じられないことだが、彼女にはそう見えたのだ。小さな犬は頭をかしげると、口を開いた。「間(ま)に合ってよかったよ」
犬がしゃべった! それが合図(あいず)のように、回りの動物たちも良かった良かったと連呼(れんこ)する。典子は、何が何だか分からなくなった。犬は前足で地面(じめん)をかきながら言った。
「あいつらには近づかない方がいい。とっても危険(きけん)なんだ」
「危険って…。あなたたちの方が…、よっぽど」
「俺(おれ)たちは何もしないよ。あんたを助(たす)けたかっただけだ」
「なに言ってるの。あの人は、私を元の世界へ戻すために…」
「あいつらは、あんたの仲間(なかま)じゃないよ。臭いがまるっきり違(ちが)うんだ」
周(まわ)りの動物たちも口々に、<いやな臭いだ。吐(は)き気がするよ。鼻が曲(ま)がりそうだ>
典子は悲(かな)しくなってきた。涙が頬(ほお)をつたう。犬は慰(なぐさ)めるように彼女の頬(ほお)をなめて、
「心配(しんぱい)ないよ。俺たちが守ってやるから。あんたはヒロシと同じ臭いだ。俺たちの味方(みかた)」
典子は、暑苦(あつくる)しいくらい側(そば)に寄(よ)ってくる動物たちを押(お)しやりながら、
「分かったから、こないで。向こうへ行ってよ。もう、なめないで…」
<つぶやき>望(のぞ)みを絶(た)たれて落ちこむ典子です。でも、哀(かな)しんでいても仕方(しかた)ありません。
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「僕(ぼく)は、あなたを連(つ)れ戻(もど)しに来たんです。すぐに会えてよかった」
典子(のりこ)の家で傷(きず)の手当(てあ)てを受けながら男は言った。彼女は嬉(うれ)しくて涙(なみだ)が出そうになるのをグッとこらえて、微笑(ほほえ)んだ。これでやっと家族(かぞく)に会うことが出来る。彼にも…。
「本当(ほんとう)に帰れるんですか? 私、帰れるんですね」
疑(うたが)っているわけではないのだか、彼女はまだ信じられないのだ。男は肯(うなず)いて、
「もちろんです。さあ、行きましょう。もう、あまり時間がないんです」
「はい。でも、少し待って下さい。荷物(にもつ)をまとめて…」
「そんな時間はありません。急(いそ)がないとあいつらに――」男は突然(とつぜん)口をつぐんだ。そして、何かを誤魔化(ごまか)すように彼女の手を取り、「さあ、行きましょう」
二人は家を出ると、外に停(と)めておいた車へ向かった。そして、乗り込もうとしたその時、どこからともなく叫(さけ)び声がして、目の前に大きな黒いものが飛び出してきた。毛むくじゃらのその生き物は男に襲(おそ)いかかり、男は数メートル跳(は)ね飛ばされた。典子は足がすくんで声も出ない。その生き物は彼女を見ると、のそのそと近づいて来た。典子は後退(あとずさ)る。その時、車のエンジン音が聞こえた。一瞬(いっしゅん)の間(ま)もなく、男は猛(もう)スピードで車を発車(はっしゃ)させた。
――いつの間にか動物たちに取り囲(かこ)まれて、典子はその場にしゃがみ込むしかなかった。
<つぶやき>典子はどうなるのか。男は助けに来てくれるのでしょうか。彼女の運命(うんめい)は?
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