等々力(とどろき)は大学を辞(や)めてから、とある田舎(いなか)の小さな村(むら)で暮(く)らすことにした。もともと家族(かぞく)というものがあるわけでもないので、どこへでも自由(じゆう)に行けたからだ。
彼は小高(こだか)い丘(おか)の上に小さな家を建(た)てた。家といっても生活(せいかつ)のスペースはほんのわずかで、ほとんどが研究室(けんきゅうしつ)として使われていた。退職金(たいしょくきん)を使い果(は)たしてしまったので、暮らしは楽ではなかったが、誰(だれ)にも邪魔(じゃま)されずに研究が続けられるので彼は満足(まんぞく)していた。
村の人達は彼を快(こころよ)く迎(むか)え入れた。先生、先生と呼んで、何かにつけて世話(せわ)をやいてくれた。人付き合いが苦手(にがて)だった等々力も、いつの間にか村の一員(いちいん)になってしまった。
ある日のこと、等々力が研究室の屋上(おくじょう)で夜空(よぞら)を観察(かんさつ)していた時だ。下の方から彼を呼ぶ声がした。誰かと思って下を覗(のぞ)いてみると、そこには若(わか)い女性が立っていた。
「等々力教授(きょうじゅ)! やっと見つけましたよ。どうして急にいなくなったんですか?」
それは、大学の研究室で押(お)し掛けの助手(じょしゅ)をしていた涼子(りょうこ)だ。等々力は驚(おどろ)いて言った。
「君(きみ)、どうしたんだ? 何でここに…」
「何でじゃありませんよ。教授を捜(さが)すのに、どれだけ大変(たいへん)だったか――」
涼子は元の職場(しょくば)へ戻(もど)れと言われたが、その気になれずに辞(や)めてしまった。あの所長(しょちょう)の強引(ごういん)なやり方が気に入らない、ってこともあった。でもここへ来るまでに、彼女なりにいろいろ悩(なや)んで、結論(けつろん)を出したようだ。この教授となら、何か新しいことが出来るかもって…。
<つぶやき>さてさて、涼子さんの思いが教授に届(とど)くんでしょうか? 追(お)い返されるかも?
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高校野球(こうこうやきゅう)の地方大会(ちほうたいかい)。彼のチームは決勝戦(けっしょうせん)まで勝(か)ち進(すす)んだ。決勝の相手(あいて)は強豪校(きょうごうこう)。8回までは何とかしのいで、1対1の同点(どうてん)のまま…。そして迎(むか)えた9回。だが彼のチームは無得点(むとくてん)のまま。そして9回裏(うら)になり、一打(いちだ)サヨナラ負(ま)けの場面(ばめん)に直面(ちょくめん)した。
ピッチャーの彼は緊張(きんちょう)のためか、力(りき)みすぎて思いもよらない球(たま)を投(な)げてしまった。その球はバッターの手元(てもと)で大きく変化(へんか)して、打者(だしゃ)にバットを振(ふ)らせた。しかし…、ボールはキャッチャーミットをそれてワイルドピッチに――。三塁走者(さんるいそうしゃ)が走り込み、彼のチームはあっけなく敗退(はいたい)した。試合(しあい)後、球場(きゅうじょう)に来ていたスカウトマンが彼に声をかけた。
「君(きみ)、プロになる気はないかい? あんな球を投げられるなら――」
だが、彼はその誘(さそ)いを断(ことわ)った。あの球をどう投げたのか、彼は全く覚(おぼ)えていなかったのだ。同じ球を投げることなんかとてもできない。それに、彼には特別(とくべつ)な才能(さいのう)があるわけではない。ごく普通(ふつう)の高校球児(きゅうじ)だ。
その後、彼は進学(しんがく)を選(えら)び、野球からは離(はな)れてしまった。大学を卒業(そつぎょう)すると、彼は地元(じもと)の企業(きぎょう)に就職(しゅうしょく)した。そして、現在(げんざい)にいたっている。――あの時の彼の決断(けつだん)は正しかったのか…、それは分からない。けど、彼は今、昔(むかし)の野球仲間(なかま)たちと草野球(くさやきゅう)を楽しんでいる。そして試合の後の飲み会で話題(わだい)になるのが、あの時の魔球(まきゅう)の話だ。仲間たちの間では、幻(まぼろし)の魔球として語り継(つ)がれている。
<つぶやき>誰(だれ)しもテンパると、思いもよらない才能を発揮(はっき)するものなのかもしれません。
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あかねは悩(なや)んでいた。突然(とつぜん)、職場(しょくば)の人に告白(こくはく)されて…。思わず、「はい」と言ってしまったのだ。そして、明日、初めてのデート…。あかねはベッドの上へ服(ふく)を並(なら)べたまではよかったが、どれを着ていけばいいのか…。そもそも、何で私なんかに告白したんだろう?
あかねが溜息(ためいき)をついたとき、妹(いもうと)が部屋(へや)に入って来た。あかねは妹に彼のことを話した。
「お姉(ねえ)ちゃん、やったじゃない。じゃあ、あたしの服、貸(か)してあげるよ。お姉ちゃんって、地味(じみ)な服しか持ってないでしょ。そんなんじゃ嫌(きら)われちゃうよ」
妹は自由奔放(じゆうほんぽう)な性格(せいかく)で、誰(だれ)からも好(す)かれて、いつも輪(わ)の中心(ちゅうしん)にいるような娘(むすめ)だった。それに比(くら)べてあかねは、周(まわ)りに気をつかって何事(なにごと)も無難(ぶなん)に生きてきた。あかねは、
「ダメよ。あなたのは派手(はで)すぎるわ。それに、あの人が私のこと何で好きになったのか…」
「もっと自信(じしん)を持ちなよ。お姉ちゃんは、あたしと顔立(かおだ)ちも似(に)てるし、スタイルだってあたしより良いじゃない。――じゃあ、あたしがその人のこと見てあげる。紹介(しょうかい)してよ」
「それは…、イヤよ。そんなことしたら、彼、あなたのこと好きになっちゃうかも…」
「でしょ! やっぱりあたしの服を着ていった方がいいよ。お姉ちゃんも、その人のこと気になってるんでしょ。あたしに任(まか)せて。お姉ちゃんにぴったりの服、持ってくるから」
妹は部屋を出るとき振(ふ)り返って言った。「女は本能(ほんのう)よ。自分の直感(ちょっかん)を信じなきゃ」
<つぶやき>好きの基準(きじゅん)は性格重視(せいかくじゅうし)って男は言うけど、綺麗(きれい)な娘(こ)に目が行くのも事実(じじつ)です。
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月島(つきしま)しずくが子供(こども)の頃(ころ)に楓(かえで)から聞いた話をかいつまむとこうであった。
昔(むかし)、政府(せいふ)は特殊(とくしゅ)な能力(ちから)を持った者(もの)達を密(ひそ)かに集めて、国のために働(はたら)かせようとしていた。だが言葉巧(たく)みにとある施設(しせつ)へ連れて行かれた彼らを待っていたのは、協力(きょうりょく)とは名ばかりの人体実験(じんたいじっけん)。彼らの能力を遺伝子(いでんし)レベルから調(しら)べようというのだ。彼らの名前(なまえ)は消(け)され、人間(にんげん)としての尊厳(そんげん)も否定(ひてい)された。まるで実験動物(どうぶつ)のように扱(あつか)われたのだ。
その施設から逃(に)げ出そうとした者も何人かいたが、連れ戻(もど)されたり、殺(ころ)された者さえいたようだ。だが、彼らの思念(しねん)を止めることはできなかった。彼らの叫(さけ)びは他(ほか)の能力者に届(とど)いていた。メッセージを受け取った者達は、自分たちの能力を隠(かく)して暮(く)らすようになった。
――それから何十年もたっている。その施設は閉鎖(へいさ)されたようだが、まだ能力者の捜索(そうさく)は今も続いている。つくねの家族(かぞく)も狙(ねら)われて、両親(りょうしん)を失(うしな)うことになったのだ。その魔(ま)の手が、しずくにかかろうとしている。楓は、ある決意(けつい)を持ってしずくに語(かた)りかけた。
「これからは、自分の身(み)は自分で守(まも)りなさい。母さんには、もうあなたを守ってあげられるだけの能力(ちから)はないの。だから、あなたの足手(あしで)まといにならないように、これからは別々に暮らすのよ。お父さんと貴志(たかし)はもう行ったわ」
しずくは戸惑(とまど)い懇願(こんがん)するように言った。「そんなのイヤよ。私、どうすれば…」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。後はあずみ先生に頼(たの)んでおいたわ。――まさか、こんな日が来るなんて…」
<つぶやき>しずくの家族はどうなっちゃうの? これからのしずくの運命(うんめい)はいかに…。
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田舎(いなか)の古(ふる)い空(あ)き家へ引っ越してきた家族(かぞく)。子供(こども)たちは初めての家に目をパチクリさせていた。玄関(げんかん)から中を覗(のぞ)くと、それなりにきれいになってる。多分(たぶん)、役場(やくば)の人達が掃除(そうじ)をしてくれたのだろう。子供たちは探検(たんけん)気分で家の中へ――。庭(にわ)を見ていた妻(つま)が言った。
「こんなに広いと大変(たいへん)だわ。まず雑草(ざっそう)を取って、花の種(たね)を蒔(ま)きましょ」
その時、家の中から子供たちの悲鳴(ひめい)が聞こえた。夫婦(ふうふ)は慌(あわ)てて家へ駆(か)け込んだ。――まだ雨戸(あまど)を閉めたままなので家の中は薄暗(うすぐら)かった。奥(おく)の座敷(ざしき)へ入ってみると、子供たちが駆(か)け寄ってきて、床(とこ)の間(ま)を指(ゆび)さして叫(さけ)んだ。「あそこに、誰(だれ)かいる! こわいよ!」
奥の床の間の上にぼんやりと人の姿(すがた)が…。夫(おっと)は慌てて電気(でんき)のスイッチを入れるが――。
床の間の方から声がした。「点(つ)かんぞ。電球(でんきゅう)が切れとるんじゃ。取り替(か)えてくれ」
夫は恐(おそ)る恐る訊(き)いてみた。「あなたは、どなたですか? 何でここに…」
「わしか? わしは、家主(やぬし)じゃ。あんたたちか? 新しい住人(じゅうにん)は」
「家主って…。私たち、この空き家を土地付(つ)きで買い取ったんですが…」
「誰が大家(おおや)だと言った。わしは家主じゃ。この土地(とち)に三百年住(す)んでおる」
夫婦は気味(きみ)が悪(わる)くなり、子供たちをかばうように抱(だ)き寄せた。家主は続けて、「掃除はしといたぞ。ひとつ頼(たの)みがあるんじゃが、トイレはぜひ水洗(すいせん)にしてくれ。それと風呂(ふろ)も最新(さいしん)のものに取り替(か)えるんじゃ。あと、庭じゃが、野菜(やさい)を作るといい。わしもがじれるようにな。あとは…、おいおいとな…」家主はそこまで言うと、忽然(こつぜん)と姿を消(け)してしまった。
<つぶやき>こいつは幽霊(ゆうれい)か妖怪(ようかい)か? でも、そんなに悪い奴(やつ)ではないのかもしれません。
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