「誰でも、いつでも、どこででも」…支払い能力に応じて保険料を納めれば、重い負担なしに一律の料金で医療サービスを受けられる健康保険制度。日本で国民のすべてが健康(医療)保険証を持つ「皆保険」体制が整ったのは1961(昭和36)年の4月の話で、それまでの日本は自営業者を中心に、総人口の3分の1が健康保険証を持てない時代だったとされています。
厚生労働省の推計(2017年度)によれば、現代に生きる日本人が一生涯に使う医療費は、男女平均で2,724万円に上る由。その金額を考えれば、普段は「随分高いな…」とは感じている社会保険料も、「まあしょうがないか…」くらいの気持ちにはなってくるというものです。
特に、(この)生涯医療費の概ね半分は70歳以降で使うということなので、老後の不安を抱えずに生きていけるのはありがたい話。2008年(平成20年)度からは75歳以上対象の「後期高齢者医療制度」が独立する形で創設され、4割の支援金を(現役世代の)全保険制度からもらいながらなんとかやりくりをしているようです。
とはいえ、社会の超高齢化に加え医療の高度化やコスト高による医療費の高騰が続く中、いつまでも現役世代に頼っているわけにはいかなくなっているのもまた事実。健康保険制度の新たな見直しも模索されているところです。
50年、100年先の未来は別にして、現代を中堅世代として支える高齢者予備軍たちは、今後迎える高齢期をこのまま逃げ切ることができるのか。
5月15日の総合ビジネスサイト「現代ビジネス」に、医師で作家の奥 真也氏が、『近い将来、資産が「長生きの質」を左右する…日本の保険制度が「危なくなる時代」に備えるダンドリ』と題する一文を寄せているので、参考までに指摘の一部を残しておきたいと思います。
奥氏によれば、医療技術が発達した現代では、病気になったときの治療の選択肢が昭和の時代と比べて格段に増えているとのこと。そしてこの日本では、国民皆保険制度のおかげで、国民全員が安い医療費で高度な医療を受けられるようになっているということです。
国内には、患者自身が国内にある医療機関の中から自由に選んで受診できるフリーアクセスの制度もある。しかし、これらの制度がこれから先も続くかどうか…今のように誰もが自由に病院にかかり、治療を選べる状態は長く続かない可能性もあるというのが氏の懸念するところです。
国の医療費は年々増加している。2022年の医療費は46兆円となり、過去最高を更新した。医療の進歩によって新薬や新しい医療機器、医療技術が登場して診療報酬も増額され、さらに団塊の世代が全員75歳以上となる2025年以降には益々医療費が膨らむ(だろう)と氏は見ています。高額医療製品は増え、それを使う人が増えているので医療費は増える一方。現在の公的医療制度を維持し続けることがかなり難しくなっているのは疑いようがないということです。
そうなると、次に起こるのは、個人の医療費負担の増額ということになる。保険が適用される病気も少しずつ限定されていくかもしれないと氏は言います。治療しなければ患者さんが死に至る確率が極めて高い「致死的な病気」については国(や保険)が面倒を見るが、そうでない病気については面倒を見ないという傾向が強まっていく。「致死的な病気」、例えば心筋梗塞、脳梗塞、脳出血、がん、結核などは別にして、花粉症、皮膚炎、虫歯、骨折、軽度の心不全や狭心症などは保険適用から外される未来もないとは言えないというのが氏の認識です。
もちろん国も、保険適用される病気が減らないよう努力を続けてはいくだろうが、いつかは減らさなければ国家財政が立ち行かなくなる時も来る。その際、非致死的な病気を治療するのは全て自己負担になるということです。
さて、そうなった場合、日本の高齢者はどんな環境の中で生きていくことになるのか。非致死的な病気の治療が自己負担になった未来では、その治療方法は侵襲性(身体に傷害を与える可能性)や予後(病気の経過についての医学的な見通し、あるいは余命)のよしあしによってランク付けされることになると氏は予想しています。
そして、ランクの高いほうから「特上」「並」と2種類あった場合、お金のある人は「特上」を選び、そうでない人は「並」を選択せざるを得ない。「特上」の人は身体的負担が軽く、入院日数は少なく、退院後の回復も早く、いち早く日常生活に戻れる術式となるが、「並」の人は従来と同じで、退院までにある程度の時間を要する開腹手術になるということです。
「並」は「並」なので、それなりに身体的負担が大きくリハビリもしなければならず、退院後の回復にも「特上」より時間がかかる。「特上」の人も「並」の人も、手術は受けて永らえることに変わりはありませんが、その後の生活の質に差が出てくるというのが氏の指摘するところです。
このように、同じ「長生き」でも、お金持ちの長生きとそうでもない人の長生きでは、その「質」に大きな違いが出てくるようになるだろうと氏は話しています。
主に民間の医療保険が適用されるアメリカなどでは既に当たり前の状況なのでしょうが、「地獄の沙汰も金次第」というも(何とも)世知辛い話。(とりあえず今のところ)医療的な「平等」が当たり前となっている日本に生まれてよかったなと、改めて感じた次第です。