MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2708 銀行の貸金庫は「パンドラの箱」

2025年01月10日 | ニュース

 昨年暮れのニュースで話題になったのが、三菱UFJ銀行の40代女性行員が東京都内の支店の貸金庫から顧客の金品を繰り返し盗んでいた事件。東京都内の2支店で営業課長などを務めていた彼女は、スペアキーを使って無断で金庫を開錠し中に入っていた顧客の現金を自分のものにしていたということです。

 被害者は少なくとも60人にのぼり、被害額も分かっているだけで10億円に上る由。現金を1円単位で厳しく管理している銀行でこれまで発覚しなかったのは、現金を盗み出した貸金庫に顧客が訪れた際には、他の顧客の貸金庫の現金を一時的に補塡し帳尻が合っているように偽装していたからとのこと。私自身は「貸金庫」というものを使ったことはありませんが、あらためてその存在の「危うさ」と、管理の(意外なまでの)杜撰さに驚いた人も多かったのではないでしょうか。

 そもそも、(話には聞いていた)銀行の各支店などにある「貸金庫」とはどういう存在で、どんな人が利用し、中には何が入っているのか。12月13日の「東洋経済ONLINE」(「三菱UFJ銀行「貸金庫事件」が開けたパンドラの箱」)がその辺りの事情も含め分かり易く伝えているので、この機会に少し勉強してみたいと思います。

 事件に関する三菱UFJ銀行の(これまでの)発表によると、貸金庫からの資産の窃取は練馬支店、玉川支店の2カ店で管理職だった女性行員が行っていたもの。被害者は約60人、被害総額は十数億円に上ると記事はその冒頭に記しています。

 関係者によれば、元行員が盗み取った多くは「現金」だった由。同行は、貸金庫に格納できる対象を規約に例示しているがその中に「現金」はなかった。しかし一方で、格納できないものとして「危険物や変質、腐敗のおそれがある等、保管に適さないもの」が挙げられているだけで、そこにも「現金」の文字はなかったということです。

 普通、「金庫」と言えばお金を入れるもの。しかし、こと貸金庫に関しては、「現金」を入れないことがデフォルトとされていた。でも、どこにも明確に「ダメ」とは書かないことで、いわば「大人の了解」「グレーゾーン」として扱われていたということでしょうか。

 もちろん、(被害の状況からも判るように)多くの顧客はそれを承知の上で貸金庫を利用していたのでしょう。そしてこれは件の三菱UFJ銀行に限ったことではなく、全国津々浦々の金融機関の支店で同じような使われ方をしていることが予想されます。

 さて、そう考えれば今回の事件では、元行員が行った窃取という犯罪行為以外にも、もう一つ問われるべき視点があると記事は指摘しています。

 それは、「なぜ銀行の貸金庫に現金を格納するのか」という根本的な疑問です。当然ながら銀行には、預金窓口もあればATMもある。貸金庫の契約者は口座を持っていることが前提なので、現金をわざわざ貸金庫に入れる必要がどこにあるのか?

 この合理的とは言えない行動から浮かび上がるのは、貸金庫の中にあったのが「表に出せない金」ではなかったのかという疑念だと記事はしています。実際、多額の現金が窃取されたにもかかわらず、被害届があまり出ていないとのこと。貸金庫の中を覗いて「あれ?」と思っても、入れてはいけない場所にあってはならないお金を隠していた身としては、なかなか言い出せないのも頷けます。

 一般的には公正証書や不動産の権利書などを入れている事例が多いと考えられる貸金庫ですが、記事は「相続時の資産をごまかすため、あるいは現金での報酬など課税対象となる所得をごまかすために格納しているケースはあるかもしれない」と話す関係者の声を伝えています。

 今回の事件の舞台となったのは、わずかに都内の2カ店のみ。しかし、わずか2カ店の、それも一部の貸金庫に十数億円近い現金があったことを考えれば、全国の銀行支店の貸金庫にはいったいどれほどの現金が潜んでいるのだろう。仮に巨額の「脱税マネー」が全国の金融機関の貸金庫に潜んでいるのであれば、それ自体、見過ごすことはできない問題だと記事は指摘しています。

 記事によれば、現在、三菱UFJ銀行に対し銀行法24条に基づく報告徴求手続きを進めている金融庁が、(今回の事件を踏まえ)貸金庫業務を営む全国の金融機関に対し利用実態の調査に乗り出す可能性も高いとのこと。もちろん、貸金庫に対する税務当局の視線も厳しくなることでしょう。

 実際のところ、銀行にとっての貸金庫業務は、年間数万円の利用手数料を徴収できる一方で、厄介な問題を抱えるようになっていると記事はしています。

 例えば、貸金庫の存在について「本人以外に通知不可」とする契約を結んでいる場合、本人が認知症などになった際には「開かずの扉」となってしまう。「開かずの扉」となった貸金庫では本人の所在がわからないケースも珍しくなく、さらに「中身が何かわからないものを銀行が預かっていいのか」というコンプライアンス上の問題も大きくなっているということです。

 金利が上昇した現在、貸金庫のような手数料ビジネスよりも、貸し出しや有価証券運用などにリソースを割くほうが収益性は高まる。金融庁などの要請により管理の手間が大幅に増すようなことになれば、貸金庫業務から撤退する金融機関が出てきても不思議ではないと記事は最後に指摘しています。

 しかし一方で、金融機関が相次いで業務から撤退し、金融庁の監督権限が届かない民間企業が貸金庫ビジネスの主体となれば、それこそ脱税や犯罪収益の現金が潜む温床となりかねないとの懸念も残る由。様々な課題や問題をあぶり出すことになった今回の貸金庫事件だが、三菱UFJ銀行の女性行員が開けたのは(何が出てくるかわからない)「パンドラの箱」だったのかもしれないと話す記事の指摘を、私も興味深く読んだところです。