MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2707 グリーンランドは誰のもの?

2025年01月08日 | 国際・政治

 世界地図で見ると、カナダの右上に大きな存在感を見せているのがグリーンランド。子供の頃に教室の壁に貼られていた(メルカトル図法の)地図ではアフリカ大陸に匹敵する巨大な面積で描かれていたため、子供心に「デンマークって国はこんなに広い国土を持っているんだ…」と羨ましく感じたのを思い出します。

 グリーンランドの実際の面積は約2,166,000 km²。アフリカ大陸の30,370,000 km²には遠く及びませんが、日本の約6倍の広さを持つ世界最大の「島」であることに間違いはありません。

 内陸部を中心に島の85%ほどは年間を通じ氷冠に覆われているとされ、氷床のない沿岸部を生活圏に暮らす人々はおよそ約5万7,000人(石川県七尾市と同じくらい)。世界でもっとも人口密度の低い地域として知られ、実際1 km²あたりの人口密度はわずか0.026人(日本は337.2人)に過ぎないとされています。

 985年ごろにバイキングによる入植がはじまったグリーンランドは、15世紀を境に一旦西洋の歴史から消えていましたが、16世紀半ばに「再発見」。1917年にデンマークの支配が全島に及んで同国の植民地となり、(政治的には)1953年には本国の県と同様の自治権を得たということです。

 現在、国際的にはデンマークの「自治領」との位置づけで、2009年には「投票」を通じて独立を主張できる権利を獲得しているとのこと。2023年には自治政府として初めて作成した憲法草案を公表しているとWikipediaにあったので、(経済的・政治的に可能かどうかは別にして)民主的な手続きを経て宣言をすれば、国家として正式に独立することもできるということなのでしょう。

 さて、なぜ急にグリーンランドの話をするのかと言えば、今年に入って米国のトランプ(次期)大統領が同島の購入に強い意欲を示している旨の報道があったから。デンマークが(自治領としての)所有権を手放さなければ高い関税で対応する構えを示したというニュースに、驚いた人もきっと多かったことでしょう。

 トランプ氏は1月7日の記者会見で、グリーンランドに関し「アメリカの国家安全保障と世界の自由のために必要だ」と改めて強調。「人々はデンマークがグリーンランドの何らかの法的権利を持っているかどうか知らない。もし、持っているのなら放棄すべきだ。それは、国家安全保障のために私たちがグリーンランドを必要としているからだ」と話したと伝えられています。

 報道によれば、トランプ氏は会見で、「グリーンランドを獲得するためなら、軍事的、経済的措置に踏み切らないとは保証できない」とまで言及した由。マンガ「ドラえもん」に登場するジャイアンも「かくや」という、金と力に物を言わせて脅すその理不尽さには(常識的な)人を呆れさせるだけのインパクトがあります。

 まあ、実際のところ、北極海を望むグリーンランドが安全保障上の戦略的要衝にあり、またウランや金、レアアース(希土類)などの地下資源に恵まれているのもまた事実。トランプ氏が2019年にもグリーンランドの購入を主張し、デンマーク政府に拒まれた経緯も広く知られています。

 当時のデンマークのメッテ・フレデリクセン首相は、トランプの申し出を「ばかげている」と一蹴したと伝えられています。また、今回の動きに関しても、デンマークの国防省はトランプ氏がグリーンランド購入の意向を公に示した直後、グリーンランドの防衛費を大幅に増額することを発表したということです。

 さて、世界がその推移を見守る中、(それでは)人口僅かに5万7000人を代表する当のグリーンランド自治政府はどのような反応を示すのか。デンマーク自治領グリーンランドのエーエデ自治政府首相は住民に向けた1月3日の演説で、デンマークからの独立を目指す意向を強調し、従来の姿勢を大きく転換したと報じられています。

 トランプ氏がグリーンランドを購入への関心を表明した昨年末、エーエデ首相は「グリーンランドは売り物ではなく、決して売らない」と拒否したと伝えられていました。しかし(エーエデ首相は)今回の演説ではトランプ氏に言及せず、「我々の未来は我々自身で行動を起こし、形作っていく。だれと緊密に協力するか、だれがわれわれの貿易相手なのかに関してもそうだ」と述べ、他国との協力を強化したい意向を示したということです。

 グリーンランドのデンマークからの独立に関しては、デンマーク当局が1960年代にグリーンランドで強制産児制限を行うなどの非道な行為を行っていた事実などが明らかにされ、近年、独立の機運が高まっていたとされています。エーエデ首相自身も「歴史と現在の環境は、われわれのデンマーク王国への協力が完全な平等の創出につながらなかったことを示している」と話し、諸外国との協力に障害があるのは「植民地主義の手かせ」だとして障害を取り除く行動を起こす必要性を訴えたと報じられています。

 さて、極北の地に広大な国土と多様な資源を持つグリーンランドが「誰のもの」かは正直よくわかりませんが、歴史的な経緯を踏まえても、まずは現在その地に暮らす人々が自ら判断すべきことであるのは間違いないような気がします。

 一つ間違えば、超大国の狭間で世界を大きな混乱に巻き込むことにもなりかねないグリーンランドの行方。住民の中には(米国の)アラスカ州やハワイ州のように、世界一の超大国の一員として安定した立場を望む声もあるでしょう。

 報道などによれば、グリーンランド住民5万7000人の過半が独立を支持している由。しかしその一方で、例え「独立」したとしても、この人数と経済規模で(大国の助けなく)広い国土や生活水準、インフラなどを維持していくにはかなりの困難が伴うことも予想されます。

 トランプ氏の「思い付き」によって、降ってわいた購入騒動。住民の皆さんには「いい迷惑」とは思いますが、個人的には(この際)当事者となったグリーンランド自治政府が合衆国と対等に渡り合い、(これでもかというような)条件闘争を繰り広げるくらいの「したたかさ」を発揮してほしいと考えるのですが、それではあまりに無責任すぎるでしょうか。


#2706 米国の政権交代と民主主義の衰退

2025年01月08日 | 国際・政治

 2024年11月の米国大統領選で当選したドナルド・トランプ氏。今年1月20日の就任式を機に、大統領に返り咲くことが決まっています。世界の大富豪や経済人が(トランプ氏が滞在する)フロリダのパームビーチに秋波を送る中、東京商工リサーチが行った調査によれば、トランプ氏が米国大統領に就任することで業績面に「マイナス」の影響があると回答した日本企業は28.1%で、「プラス」と回答した企業の8.6%を19.5ポイント上回ったということです。

 産業別では、10産業すべて「マイナス」の回答が「プラス」を上回り、特に、「マイナス」回答率では、農・林・漁・鉱業が43.5%、製造業が34.5%と際立った由。関税政策では、すでに中国への追加関税や、各国一律10~20%程度の関税を課すことを主張しているトランプ氏に不安を感じている企業は多いようです。

 もっとも、そうした影響自体がトランプ氏の狙いとも言えるところ。就任前から各国の政治や経済に揺さぶりをかけ米国の影響力を最大限に発揮させようという戦略は、既に半分成功していると言えるかもしれません。

 「何をしでかすかわからない…」世界が抱くそんな警戒感を踏まえ、エール大学教授で哲学者のジェイソン・スタンリー氏が12月18日の日本経済新聞(特集「トランプ再び」)に『「一党独裁」3千選否定できず』と題する論考を寄せ(トランプ氏を思いっきりこき下ろし)ているので、参考までに小欄でその内容を紹介しておきたいと思います。

 トランプ氏は権力を1人で牛耳る「パーソナリスト(独裁者)」。次期政権はワンマンな一党独裁のようなものになるだろうと、スタンリー氏はこの論考の冒頭で予言しています。

 イデオロギーがないから「ファシスト」ではないとの意見もあるだろう。しかし、移民や性的少数者(LGBTQ)が国家や家族を脅かすと扇動し、「救えるのは自分だけ」と主張するのはファシスト的で、トランプ運動の中核だと氏は言います。

 世界一の経済大国で多くの貧困や極端な富の格差を目にし、現状に強烈な不満がある米国の有権者には、互いに譲り合う制度である民主主義が弱々しく見える。民主主義が(実際に)人々を幸せに豊かにしない限り、人々は強い独裁者に投票するというのが氏の指摘するところです。

 一方のトランプ氏はマフィアのボスのようなもので、人々に望むのはまず「忠誠心」。第1次政権で登用した有能な人材は最後に「彼は独裁者だ」と背いたが、同じ過ちを繰り返さぬよう、不祥事など問題がある人々を味方につけるだろうと氏は言います。なぜなら、(脛にそうした傷があればこそ)相手をコントロールできるから。能力より忠誠心で部下を選ぶとは、そういうことだということです。

 いずれにしても、トランプ氏の最終目標は刑務所に入らず、自分と家族を裕福にし、死ぬまで権力の座に居座ることのはず。我々は初代大統領ジョージ・ワシントンが任期2期で退く英雄的な決断をしたと習ったが、「英雄ではない人」は2期で退くだろうか。我々は、今後、彼が居座ることなどないと思い込もうとしているだけだと氏は続けます。

 合衆国憲法は「大統領職に2回を超えて選出されることはできない」と定めるが、おそらくトランプ氏は気にしない。事業家としても法律など気にしていなかった。こうした人物を打ち負かすのは非常に厄介だというのが氏の認識です。

 (トランプ氏が主導した)外国人やLGBTQを排斥する政治が成功した背景には、現状の失敗があるとスタンリー氏は述べています。米国の人々は「民主党は偽善的」との怒りを抱いている。リベラルなエリートに恥をかかせ、苦しめたいというのがトランプ氏と支持者の共通の願望であり、「報復」として顕在化したのが今回の選挙結果だということです。

 共和党は(その手段として)真実と虚偽を「区別」する仕組みを意図的に壊した。メディアは双方の意見を平等に伝えようとし、それがまた逆に真実を潰す。そして、言論の自由を利用して虚偽を含めたあらゆる意見が同等になると、人は何を信じていいのか分からなくなると氏は言います。

 世界が米国の現状にいまさら驚くことすら既になくなった。米国がイスラエルのネタニヤフ政権を全面支持し、パレスチナ自治区ガザで膨大な犠牲を出していることで、すでに米国の国際的評価は深く傷ついている。民主化の推進や人権問題に対する圧力は、今やほとんど期待できないということです。

 スタンリー氏はこの論考において、民主主義の最大の問題は「人々が暴君に投票すること」だと厳しく指摘しています。そして、暴君に投票させないように不平等を解消するには、(残念ながら)多くの時間がかかるということです。

 人々はウソをつくトランプ氏を偽善的と思わず、偽善的な政治家の集まりで弱々しい民主主義を敵のように見る。古代ギリシャのプラトンが民主主義は専制政治に転落すると考えた理由もそこにあると話す政治哲学者としてのスタンリー氏の言葉を、私もこの論考で大変興味深く読んだところです。