閉そく感が漂う経営環境の中で、何かにつけて「何かこう、目が覚めるようなアイディアはないものか?」「若い発想で、いい企画を考えろ」と上司から無茶振りされ、困っているサラリーマンも多いかもしれません。
そうは言ったって、ライバル企業だってボーっとしているわけではないのだから、やれることは大概やり尽くされている。消費者だって、ちょっとやそっとではお財布の紐を緩めたりはしてくれません。
そうした安定した既存のマーケットを根底から覆すような、「破壊型」のイノベーションを起こすには一体どうしたらよいか。
そうした問いかけに応え、イノベーション研究を専門とする関西学院大学教授の玉川俊平太氏がKDDI総合研究所の機関紙「Nexcom」(2018夏号)において、(破壊的)イノベーションを手に入れるためのいくつかの「ヒント」を提供してくれています。
玉川氏によれば、「イノベーションのジレンマ」で知られるハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授は、イノベーションの道標べになるものとしてまず「無消費(ノン・コンサプション)」の状況を挙げているということです。
「無消費」とは、何かの制約によって製品やサービスが使われていない状況のこと。新規事業を探すにはこの「無消費」の状態にある「無消費者」を見出し、次にその消費を妨げている制約を解き放つようなできるだけシンプルな解決策をチームで考えるとよいと玉川氏はしています。
それでは、私たちの消費を妨げる「制約」には一体どのようなものがあるのか?クリステンセン教授はそこに「スキル」「資力」「アクセス」「時間」の4つを挙げていると玉川氏は説明しています。
まず、「スキル」による制約とは、人々が適切なスキルを身に着けていないために、使いたい製品やサービスがあってもそれを消費できない状況にあること。言い換えれば、その製品やサービスを利用するのが難しすぎて、多くの人々を消費から遠ざけている状況を指すものです。
1970年代ころまでの大型コンピューター(メインフレーム)はトレーニングされた専門のオペレーターのものでした。このため、世の中の大半の人は求められるスキル障壁の高さゆえに尻込みをしていたということです。
翻って、身近な製品やサービスにおいて専門家の手助けが必要なものがあれば、それは「スキルによる障壁」が存在している証しであり、そこには「無消費」というビジネスチャンスが生じている可能性が高いと米山氏はしています。
次に「資力」による制約です。これは平たく言えば、消費者は「ほしいけれど高くて買えない」状況のこと。こういう状況では、劇的なコストダウンを達成した企業が価格を引き下げても利益を確保できるようになり、併せてマーケット拡大の利益を一身に手に入れることが可能となるということです。
有名なヘンリー・フォードのフォードシステムは、ベル子トンベアによる流れ作業で自動車の大量生産とコストダウンを可能とし、自動車を大衆の手元に届けました。
身近なところでは、70年代頃までは大企業でしか導入できなかったコピー機を、小規模事業所や個人事業主でも購入できるようにしたキャノンのファミリーコピアやミニコピアなどもこれに当たるということです。
3つめは「アクセス」による制約です。これは、ある商品やサービスが特定の場所や状況に「閉じ込められて」いて、そこでしか使えない状況を指すものです。
昔は居間にデンと陣取っていたオーディオシステムや専用デスクを必要とするような据置型のパソコン、携帯電話が登場する前の固定電話機などは、それが置かれている特定の場所に行かなければ利用できなかった。
同様に、かつてはゲームセンターや喫茶店に行かなければインベーダーゲームはできなかったし、写真屋さんにフィルムを出さなければ写真を手に入れられなかったと玉田氏は指摘しています。
しかし、その後のウォークマンやノートパソコン、携帯電話、家庭用プリンターなどの大ヒットにより、容易なアクセスが可能となった。このように、ニーズがあっても顧客がアクセスしにくくなっている状況があれば、破壊的イノベーションをもたらす可能性がより高まるということです。
さらに、最後に氏が指摘するのが「時間」による制約です。これは、消費するのが面倒だったり時間かかりすぎたりする場合に生じるもので、まとまった時間がなかなか取れない現代人に特に現れやすい制約だと氏は説明しています。
例えば、学生時代にはのめり込めたテレビゲームの(「ドラゴン・クエスト」のような)RPGも、社会人になるとなかなか取り組みにくくなる。それはクリアするのに膨大な時間が必要になるためであり、そのため最近流行るスマートフォン用のゲームでは、それぞれ隙間時間でも遊べるような様々な工夫が凝らされているということです。
もしも、こうした時間による制約を見つけることができ、隙間時間などを上手く利用する製品やサービスの提供が可能となれば、新たな破壊的ビジネスにつながるだろうと玉田氏は見ています。
さて、玉田氏はこの論考の最後に、クリステンセン教授の理論から導かれる(破壊的イノベーションを成功させるための)ある種の「定石」を紹介しています。それは、破壊的イノベーションを企画・成功させたかったら「独立した別組織に任せろ」というものです。
顧客の要求を第一に考えることに最適化された組織に対して「破壊的イノベーションを起こせ」と言うのは、空高く飛べるように進化した鳥に向かって「地面に潜れ」と言っているのと同じで土台無理な話だと玉田氏はしています。
持続的イノベーションを起こす上では上手く働いた組織の価値基準やプロセスは、破壊的イノベーションを起こすためには逆に大きな阻害要因になってしまう。性能や品質を上げたり機能を付加したりという今までの価値基準は「一旦チャラ」にして取り組む必要があるということです。
「新しい酒(破壊的イノベーション)は、新しい革袋(独立した組織)に入れてやらないと腐ってしまう」と玉田氏はこの論考の最後に記しています。破壊的な力を持ったイノベーションとは、それほど既存の考え方や枠組みを嫌うものだということでしょう。
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