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♯715 豊洲市場は100億円の大赤字?

2017年01月28日 | ニュース


 敷地内の201カ所の地下水の再調査により、環境基準の最大79倍に上るベンゼンをはじめ、シアン、ヒ素などが約70カ所で検出された豊洲新市場。

 東京都は今回の検査結果を受け、2017年度の都の当初予算案には築地市場から豊洲市場への移転経費を盛り込まず、築地での運営を前提に予算編成を行う針を明らかにしたと1月16日の朝日新聞は伝えています。

 さらに都は1月25日、(これに追い打ちをかけるように)築地市場からの移転を延期した豊洲市場が開場した場合、施設の減価償却費などを含めた収支は年間100億円程度の赤字となるという試算結果を公表しました。

 (まるで畳み掛けるような)この発表によって、地下水から環境基準を大きく超える有害物質が検出されたうえ経営面でも課題を抱えていることが表面化した豊洲新市場は、いよいよ苦境に立たされることになるでしょう。

 新聞報道などによると、試算では、業者が支払う施設使用料などの新市場の年間収入は68億円となる一方で、減価償却費や都職員の人件費、光熱水費などの支出は合わせて166億円程度に達するとのこと。築地と比べて収入は18億円増にとどまり、支出は122億円増加するという計算です。

 都によれば、2015年度の市場会計決算の手元資金残高が約1650億円あるため、これを取り崩せば当面は赤字を穴埋めできる見込みとのことですが、将来的には使用料の値上げや一般会計から税金を投入する必要に迫られる可能性もあると大手各紙が報じています。

 この記事を読んで、私も「なるほど、いよいよ豊洲への市場移転も万策尽きたか…」と思いましたが、しかし「ちょっと待って」。例え新市場のもたらす(安全性や効率化などの)メリットを抜きにしても、できたばかりの最新の施設や設備が、それを利用することで年間100億円もの赤字をもたらすような状況が本当に生まれるのでしょうか。

 豊洲への移転を進めてきた東京都にとってはまさに「泣きっ面に蜂」とも言えるこの試算。会計上の計算自体に間違いはないのでしょうが、(一般の人への)その「見せ方」にはどうも腑に落ちない点が多いのも事実です。

 そうした(ある種の)疑問のようなものを感じていたところ、早速1月26日のYahoo newsにおいて、ファイナンシャルプランナーの中嶋よしふみ氏が今回の都の発表の意味するところを分かりやすく説明しているので、内容をここで整理しておきたいと思います。

 「100億円の大赤字でも豊洲市場に問題が無い理由」と題する論評において、中嶋氏は「毎年100億円の大赤字となれば水質汚染以上に大騒ぎになりそうだが、これは一言で説明するなら『気にしなくていい』ということなる」と結論付けています。そしてその理由は、今回「赤字」とされた金額が、「減価償却費を含んだ赤字」であるという一点に尽きるということです。

 以下、中嶋氏の説明を要約します。

 知られているように、「減価償却費」とは、建物や車など長期間にわたって使用が出来るものを耐用年数に応じて費用計上することを指す言葉です。

 例えば企業が購入した業務用の車があるとすれば、それを使用している期間の正しい負担と利益の関係が反映できるよう、(会計処理上は)購入した代金を耐用年数に応じて分割して費用計上する。自動車ならば「4年」と法律で決まっているので、400万円の車ならば4年にわたって100万円づつ計上するということです。

 つまり、お金を払ったのは今年でも、帳簿上の費用としては100万円×4年間で計上される。お金の流れと利益の計算には、現実とは異なる時間的なズレが生じているということです。

 そこで問題の豊洲市場についてです。

 新市場の建物や設備はすでに完成しています。(今後、水質汚染等の対策のために追加支出はあったとしても)それを使おうと使うまいと、既に払ってしまったお金は戻っては来ないもの。

 しかし、当然、損益の計算をする際には、(減価償却の説明で書いた通り)耐用年数に応じて費用を計上します。このため、「今後赤字が膨らむ」という表現は正しいのですが、実際にこれから先、建物や設備が原因でお金がより沢山出ていくという事はありません。(言い換えれば)今後、新たに発生する現金支出は、人件費や光熱費などの管理費だけだということです。

 さて、中嶋氏の説明が何を意味しているかと言えば、つまり「今後豊洲市場を使う事が損か得か?」という判断を行う際には、建物の減価償却を含む必要は無いという事です。

 これから先のことを決めるのに、過去に支払ってしまった取り戻せない費用(サンクコスト)がもったいないからといって判断をゆがめると、余計に損をする可能性がある。サンクコストは将来の意思決定に影響しないというのは、企業会計における意思決定の常識だと氏は指摘しています。

 都は、今回の発表において、「経常損益は赤字になるが、減価償却などを控除した(豊洲の)収支はほぼ均衡する」とし、経常損益の赤字は(都内11の卸売市場の収支を一元管理する)中央卸売市場会計から補てんするとしています。つまり、豊洲の施設や設備は都の公の施設として整備したのだから、それ自体は(予定通り)企業全体の収支の中で減価償却していくということです。

 一方、中嶋氏は、今後は(都民に新たな負担をもたらすかもしれない)市場経営の観点から、あくまで維持費と市場の利用者から受け取る利用料が均衡するか、という点で今後の収支を判断し、施設利用の方策を立てていく必要があると説明しています。

 都の説明が正しければ、豊洲の減価償却費は概ね(年)100億円だということです。築地の収支から収入が18億円増えて支出は122億円増えるということなので、(ざっくりした計算ですが)現金支出の増加は22億円となり、「18-22=-4」で、豊洲に移転した場合の赤字は年間4億円程度となるのではないかと中嶋氏は見ています。

 この4億円をどう見るかは人それぞれでしょうが、(もしもその程度だとすれば)コストカットや流通メリットなどで相殺できる範囲と言えなくもありません。

 金額は当否や水質汚染の判断は別にして、(いずれにしても)現状では100億円の赤字が出るから使うのは止めようという話は完全に間違いであるというのが、市場移転の判断に当たっての中嶋氏の基本的な認識です。それは、建物を何に使うとしても、また何にも使わなくても建設費は戻って来ないからだということです。ましてや、80年も前の1935年に開場され、大昔に償却が終わっている築地市場と比較しても意味はありません。

 既に投資が済んでしまっているのであれば、最も都民にメリットをもたらす形で利益を回収する必要があるのは言うまでもありません。韓国の諺に「川に落ちた犬は棒でたたけ」というものがあるそうですが、「坊主憎くけりゃ袈裟まで憎い」と、いつまでも冷静な判断を欠いているわけにもいかないでしょう。

 今回の都の発表を受けて、さらなる迷走が懸念される豊洲新市場問題ですが、これまでの都政への不満は不満として、(政治的な思惑やメディアの報道のされ方などに惑わされることなく)客観的な判断材料に基づく冷静な議論が進められることを、私も期待して止まないところです。



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