MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1783 ジョブ型雇用は根付くのか

2021年01月06日 | 社会・経済


 経団連は今年1月に示した『2020年版経営労働政策特別委員会報告』において、職務内容や達成すべき目標を明確に提示した雇用制度である「ジョブ型雇用」の導入を打ち出しました。

 新型コロナウイルスの感染拡大でテレワークが急増したことによって、「テレワークが上手くいかないのは日本的なメンバーシップ型雇用のせい」「今こそジョブ型に転換すべき時だ」という声がメディアでも大きくなっています。

 こうした流れを受け、タイヤメーカー国内最大手のブリヂストンが、経営体制や人事制度を2021年から刷新し、スキルや職務を予め明確にする雇用制度を一部で導入すると発表したと11月12日の日本経済新聞が伝えています。

 さらに国内では、グローバル化が進むソニーを始め、KDDIや日立製作所、富士通などがジョブ型導入への取り組みを始めており、解雇規制が厳格な日本でジョブ型が成果を上げられるのか、多くの企業がその行方に注目しているところです。

 日本企業特有の年功序列や一律型の評価制度を見直し、成果に基づく適正な報酬体系と効率的な働き方の両立を実現しようというこうした動きに関し、同志社大学教授の太田肇氏が、12月3日の日本経済新聞に「ジョブ型雇用と日本社会 企業が主体的に選択を」と題する論考を寄稿しています。

 氏は、コロナ禍が続く中、日本の各業界でジョブ型雇用がもてはやされる背景には、テレワークへの親和性の高さばかりでなく、コロナ禍で仕事量が減り、これまでどおりの雇用を維持するのが困難になったという事情が垣間見えると指摘しています。

 かつての成果主義導入時と同様、社員を囲い込むメンバーシップ型からドライなジョブ型へ切り替え、人件費の効率化によるコスト削減の意図が見え隠れするということです。

 しかし、いざわが国でジョブ型雇用を導入するとなると、そこにはいくつもの「壁」が存在することを知っておく必要があると、太田氏はこの論考に記しています。

 そのひとつ目は「雇用制度の壁」です。

 欧米では契約に基づいて、一人ひとりの職務内容や報酬を細かく記載した職務記述書(ジョブディスクリプション)が雇用主と従業員の間で交わされるので、その職務が要らなくなれば最終的には職を失うことになる。

 ジョブ型への切り替えを表明している一部大企業のように関連会社をたくさん有する場合は異動によって職務を継続させることもできるが、規模が小さい大多数の企業ではそれができないと氏は言います。

 しかし、わが国では外部労働市場が十分に発達していないうえ、判例などで正社員の雇用が厚く保障されているため、職務が不要になったからといってすぐに解雇するわけにはいきません。

 また、年齢・勤続年数に応じて給料や職位が上がるメンバーシップ型と違って、ジョブ型のもとでは職務のレベルが上がらないかぎり昇給も昇進もできないことが前提になるため、そうした状況を日本の社会が受け入れるのは難しいのではないかということです。

 二つ目は、「労使関係の壁」だと氏はしています。

 欧米では職業別や産業別の労働組合が力を持つのに対し、わが国で主力を担うのは企業別労働組合となっている。企業別組合は社内の一体感を重視するため、職務によって雇用条件や給料に差がつくジョブ型を容認するかは疑問だということです。

 そして、氏が三つ目に挙げるのが「法律の壁」です。

 ジョブ型は時間ではなく仕事の成果を重視するが、労働基準法は(広く知られているように)一部の職種を除き原則として労働時間で管理することを前提にしています。

 このため、企業として社員の労働時間管理から自由になることは難しいし、社員の成果責任を問うにも限界があるということです。

 これらはいずれも日本社会に特有の壁だが、さらに本格的なジョブ型雇用の導入には国や文化の違いを超えたより本質的な問題があるというのが氏の認識です。

 中小企業は、業務量も人員も限られている。そのため、一人ひとりに細分化された職務を担当させるより、複数の業務を受け持たせるか、まとまった仕事を任せるほうが効率的である場合が多いと氏は言います。

 そう考えると大企業はともかく、中小企業にジョブ型はなじみにくいということです。

 そしてもう一つ、そもそもジョブ型が現在、そして将来の経営環境にマッチするかという問題があると太田氏は指摘しています。

 欧米で職務主義が普及したのは産業革命後の工業社会全盛期のころのこと。とりわけ少品種大量生産型システムのもとでは、会社全体の業務をブレークダウンして一人ひとりの職務を定義し、担当させるのが効率的だったということです。

 ところが工業社会からポスト工業社会へ移行し、情報化、ソフト化、グローバル化が進むにつれ経営環境の変化は激しくなり、企業の業態も業務内容も急速に変わるようになっていると氏は説明しています。

 そうなると社員も環境変化への柔軟な適応が求められる。その点、職務内容を細かく定めて契約する職務主義は、柔軟性に欠けるとみなされるようになっており、実際に欧米企業でも、近年は細かすぎる職務ランクの見直しが行われているということです。

 結局のところ、環境の変化に応じて日本全体としてうまくやっていくためには、「いいとこどり」の知恵を働かせる必要があるということでしょう。

 そして、それもこれからの厳しい経済社会を生き抜く政治と経営者の才覚ではないかと、この論考における太田氏の指摘から私も改めて感じるところです。



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