今からちょうど2年前の2019年7月。韓国・光州で開催されていた第18回世界水泳選手権の競泳女子100メートルバタフライの決勝戦で金メダルを獲得したカナダのマーガレット・マクニール選手は、その表彰式において2位、3位の選手とともにハートの文字と「ネバーギブアップ、リカコ・イケエ」と書かれた手のひらをカメラに向け、当時白血病に苦しんでいた日本の競泳女王を激励しました。
彼女は池江選手と同じ歳の(当時)19歳。女子100mバタフライは池江選手が得意としている種目の一つで、本来であればこの大会でも、池江選手は彼女たちのよきライバルとして共に戦っているはずでした。この表彰式の動画はYouTubeに載って全世界に配信され、池江選手のもとにも数々の応援メッセージが届けられたということです。
マクニール選手は表彰式後のインタビューに応え、「彼女(池江)はきょう、ここに一緒にいることができなかった。だから、これが彼女への支援につながり、何か必要なときには私たちが一緒にいると思ってもらえるように願っている」と話したとされています。
そして、それから2年の歳月が過ぎ、オリンピックの東京大会で池江選手は再び競技者として、彼女たちと同じプールサイドに還ってきました。今回のオリンピックではリレーのみの出場となりますが、池江は4月の日本選手権で100メートル自由形、バタフライでともに優勝しており、世界の舞台でマクニール選手らと再び競い合う姿を見るものそう遠い日ではないでしょう。
そんなマクニール選手は、今回のオリンピックにおいても大きく期待される存在です。7月26日に行われた競泳女子競泳100メートルバタフライでは、中国の強豪、張雨霏選手をわずか0.05秒差で退け見事金メダルに輝いています。
中国九江市出身のアジア系の彼女は、身長169センチと(女子競泳選手の中では)小柄ながら、スピードを乗せた追い上げ型のタフなスイマーとして知られています。世界選手権やオリンピックといった大きな大会にも強く、長身の白人選手が多いカナダ選手団の中では特に注目される存在と言えるでしょう。
さて、7月29日の産経新聞によれば、中国の有力選手を破ったそんな彼女の生い立ちについて、試合後の中国のネットサイトでは中国国内から様々な書き込みが続いているということです。
7月26日の中国メディアの報道によって、東京五輪競泳女子100メートルバタフライで金メダルに輝いたカナダのマクニール選手が、中国で生後すぐに親に捨てられたとの情報が広まった。これを受け、中国のネット上では「なぜこの才能を失った」などと、社会風土や人口抑制策「一人っ子政策」を批判する書き込みが相次いでいると記事は伝えています。
実際、件のメディアはマクニール選手の生い立ちについて、2000年2月に中国南東部の江西省九江市で生まれ、生後すぐ親に育児放棄されたと紹介しています。中国国内の孤児院に引き取られた彼女はその翌年、カナダ人の夫妻に引き取られ、養子としてカナダのオンタリオ州で育ったということです。
産経新聞の記事によれば、マクニール選手は26日のレース後の記者対応で中国人記者らのインタビューに応え、「私は中国で生まれ養子となった。それが私の中国に関する全て」などと語ったとされています。
中国サイドから見れば、「彼女は中国人の血を受け継いで優勝した。なので、中国人が勝ったのと一緒だ」ということを言いたかったのかもしれません。しかし、受け答えをした彼女の胸の内は一体どのようなものだったのでしょうか。
一方、こうしたやり取りに対し、中国版ツイッターとして知られる「微博(ウェイボ)」には、(彼女に敗れ銀メダルとなったのが期待の中国選手だったこともあって)様々な書き込みが続いているということです。
記事によれば、「中国で育っていれば金メダルが増えたのに」などと一流の才能の喪失を嘆く内容が多いということです。さらに、「中国特有の男児優先の風習の下、一人っ子政策の影響で捨てられた」と、過去の政策や社会風土の批判も少なくなく、中国が今年採用した「三人っ子政策」を念頭に、「人に出産を促すより育児放棄を何とかしろ」との声もあったとされています。
こうした状況を察知したのか、7月29日の時点で、中国当局に批判的な投稿はすべて削除されたと記事はしています。「臭いものには蓋」ということでしょうが、それ以前の問題として、こうした情報に触れた中国の人々の反応があまりに無神経で、何かちょっとズレているところに多少の驚きを覚えるところです。
そもそも、生まれたばかりの子供を遺棄する(せざるを得ない)ような中国の社会をどう考えているのか。(一人っ子政策のもと)女児だから育児放棄されたとすれば、自国の人権意識や民度を恥じ入る気持ちがあるのかどうか。もしも、カナダでの暮らしが彼女の才能を大きく花開かせたとすれば、自国の環境はどうなのか等々、論点は様々にあるでしょう。
たまたまカナダ人の養子となったから良かったものの、もしもそのまま中国国内にとどまっていたら、彼女の人生は一体どうなっていたのか。少なくとも、中国人がいくら「自分たちのものだ」だと主張しても、一度祖国を離れた人の心が、そこに帰ってくることは決してないような気がします。
現在、一人のアスリートとして自分のために競技に向き合っているマクニール選手。だからこそ、日本のライバルにも惜しみないリスペクトの視線を向けられるのでしょう。インタビューにあったように、そんな彼女が「私にとっての中国は、単なる生まれた場所でしかない」と感じているとすれば、それは彼女自身が「中国を捨てた」ということにほかなりません。捨てられたのは彼女ではなく、むしろ中国の方だったということでしょう。
彼女の生い立ちも含め、自分たちの社会の何かが大きく間違っていること、そして、自分たちの求める価値観がオリンピックの精神と大きくズレていることを理解できない彼の国の人々の意識をとても残念に思わずにはいられません。
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