MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯99 財政再建の可能性

2013年12月15日 | 社会・経済

 年末のボーナスシーズンを迎え、東京の街角もクリスマス、そして年末の賑わいを見せ始めています。昨年末の政権交代以降、自民党の安倍政権が展開した「アベノミクス」は低迷していた日本経済を刺激することに「とりあえず」は成功し、日経平均株価もこの1年余りで50%あまり上昇しました。

 こうした展開は、長年にわたるデフレに苦しんできた日本人にひと時の「安心感」と「展望」と、これまで失われていた「消費意欲」を蘇らせつつあり、一部には今後の日本経済への楽観的な見方も出てきています。

 しかし、国民の間に経済成長への期待感が膨らむ一方で、こうした雰囲気に水を差す形で内外の多くのエコノミストが指摘しているものに、日本の構造的な財政赤字体質とそれによって引き起こされている巨大な政府債務の問題があります。

 12月11日の日本経済新聞の紙面で、アメリカのアトランタ連邦銀行上級政策顧問で元東京大学教授のR・アントン・ブラウン氏が、日本の財政運営に大きな影を落とすこの公的債務問題について自らの試算に基づきリアルなコメントを残しているので覚えとして整理しておます。

 ブラウン氏は、日本の将来の明るい未来の前に立ちはだかるこの「公的債務」という障害物を体重800ポンド(約360kg)の巨大なゴリラのような怪物に喩え、今後数十年間の日本政府の財政運営の方向性に対し、日本をよく知る経済学者の一人として深い懸念(心配)を示しています。

 ブラウン氏は、このゴリラには大きく二つの特徴があるとしています。

 ひとつは、これがあまりに巨大なゴリラだということです。GDPの2倍もの規模になる日本の公的債務は、大量の国債を国内の民間部門に保有してもらうことで賄われています。しかしその規模があまりに莫大であることから、国内の家計(個人)や金融機関は企業への貸し出し(投資)よりも国債の購入を優先することになり、このことが日本の民間投資をクラウディングアウト(締め出し)しているという指摘です。

 日本の企業がリスクの高い投資よりも貯蓄を選好する傾向を強めているのは、単に企業側のリスクを伴う投資への意欲の低さのみにその原因があるのではなく、実は政府のこうした財政政策に一因がある。日本の非金融企業の財務状況に「借り入れ」よりも「貯蓄」の方が多いという他の国ではあまり見られない症状が見られるのは、日本政府が実態として企業に「政府債務を分担させている」ことの表れであり驚くにはあたらないというのが氏の分析です。

 さらに一方で、政府債務は資源を若者から高齢者に移転させていることの現れであり、つまり、国が国債を増やすことで高齢者は現時点での高い税金を免れているということも忘れてはいけない。国債を発行することそれ自体は財政政策としてありうる話だが、日本におけるこの移転の規模は国際的、歴史的に見ても異例の大きさであるというのがブラウン氏の指摘です。

 ブラウン氏らの試算によると、第2次大戦中に生まれたいわゆる「戦中派」の日本人が公的年金などで受取る純給付(税金や社会保険料の合計と公的年金などの給付との差)は2300万円にも上るということです。

 しかし、1956年以降に生まれた日本人たちが生涯で手にする給付額が生涯の支払額を上回ることはなく、これが1966年から2039年までに生まれた世代では、給付よりも生涯に支払う額の方が1500万円以上多くなる。特に1976年から2005年の間に生まれた人たちは、将来の支払い超過が3000万円を超えるというのが日本の社会保障の実態だということです。

 確かにこの数字を見る限り、世代間の不均衡、不平等に国民の理解を得て社会保障制度への信頼を確保し、今後数十年にわたる高齢社会を安定的に乗り切っていくことが日本政府にとってどれほど容易なことでないかは十分に推測できます。

 さらに、このゴリラの二つ目の特徴として、ブラウン氏はただでさえ巨大なこの怪物が今後もさらに成長していく気配を見せていることを挙げています。

 日本の経済規模が当面の目標どおりGDPにして年間2%の割合で成長していくとしても、日本の人口の年齢構成の高齢化はこれを上回るスピードで進むことは明らかです。そして、政府による医療支出と公的年金支出がGDPをはるかに上回る急激なスピードで増えていくことはかなり高い精度で予測されています。

 ブラウン氏らの試算では、消費税が現行の計画どおり2015年に10パーセントに引き上げられたとしても、ほかの措置がなければ2038年には日本の純債務のGDP比は350%まで上昇するということです。氏は、この時点で直ちに財政再建をするには国債のデフォルト(債務不履行)以外に現実的な方法はなく、そのデフォルトを回避するには消費税を100%まで引き上げる必要があるとしています。

 こうした財政不均衡に対応する直接的な方法は、当然ながら、①増税により歳入を増やすか、②社会保障を抑え歳出を削減するか、または、③それを組み合わせて実施するかの3つしかありません。

 ブラウン氏らの検証では、もしも給付条件を変更しないと仮定した場合に必要となる消費税の引き上げ水準は、2016~18年の間に16%に、そして最終的には2077年の最高53%まで徐々に引き上げていく必要があるだろうとしています。

 こうした状況に対し、給付の削減については、70歳以上の高齢者の医療費の自己負担率を労働年齢の人と同じ30%まで引き上げ、介護保険の自己負担率も同様に30%に引き上げることが今後の政府債務の安定化と縮小に有効に貢献するとブラウン氏は言います。

 また、この給付率の変更により高齢者の負担が一気に増加することを避けるため、例えば2051年から自己負担率の引き上げを行う旨国民に予告することなどによって、勤労者は自己負担の増加に備えることができるのではないかとしています。

 実際にこの措置が取られれば、短期的には10パーセントを超える消費税の増税は不要となり、政府債務のGDP比は現状のままで2050年まで安定する。中期的に見ても消費税増税は最大29%で済むというのがブラウン氏らの試算です。

 いずれにしても、この巨額で、さらに膨張を続けることが予測される政府債務の実に9割以上が国内で保有されているのは日本の国民にも良く知られた事実です。今後、財政の不均衡をどのような形で正していくのか、それとも対応を先延ばしにしてデフォルトに陥り経済破綻を招くのか。日本人と日本政府がどのような決定を下すにしても、最終的にその勝者となるのも敗者となるのも数十年後の同じ日本人であることを意味しています。

 この巨大なゴリラのような障害をどのように「なだめ」、「倒し」、「乗り越え」ていくかが、今後の日本社会の結束にとって根本的な脅威となる。これが、今回の寄稿でブラウン氏が下した結論ということです。


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