昨年まで日本経済を悩ませていたいわゆる「過度な円高」が一服し、為替レートも1ドル100円程度と比較的円安基調で安定的に推移するようになりました。
戦後の長い間いわゆる「貿易立国」を標榜してきた日本です。これで何とか日本の貿易赤字も解消に向かうのかと思われていたところですが、どうやら、日本の貿易赤字は改善されるどころか昨年よりもさらに悪化する傾向にあるようです。
今年の初め頃の一般的な認識では、円安に振れた当初は原材料輸入価格などの上昇により一時的に赤字額が増大するものの、その後は円安に伴う輸出価格の低減によって輸出が活発化し、貿易収支は改善に向かうと期待されていました。が、しかし、円安基調となって1年が過ぎようとしている今日でも、データからは貿易改善の兆しがなかなか見えてきません。
こうした兆候に対し、日本経済低迷の根本的な原因は為替相場にあるのではなく、made in japanの国際競争力が衰えていることにあるとする主張も一部に聞かれるようになっています。
そんな中、11月29日の日経新聞において(「経済教室」-円安による経済への影響-)、学習院大学の清水順子教授と横浜国立大学教授の佐藤清隆教授が、「日本企業の国際的な事業戦略のもとでは円安は必ずしも貿易収支の改善につながらない」とするトピックを、わかりやすく提供しています。
改めて現在の貿易収支を見ると、引き続く円安が円換算の輸入額を大幅に増大させていることが見て取れます。
今年に入ってからの日本の貿易赤字の主要な要因が原油や液化天然ガス(LNG)などの鉱物性燃料の輸入(価格の)増大にあることは広く知られており、1~9月期の価格の上昇(上昇率は概ね46%)を背景に、輸入総額に占める鉱物性燃料の割合は33.7%と品目別でも最大の輸入品となっています。
清水氏らはここで、同時期の鉱物性燃料の輸入額の伸び率が8.3%であったのに対し、一般機械16.4%、電気機器19.8%、輸送機器15.6%と工業製品の輸入額の増加が鉱物性燃料のそれを大きく上回っていることに注目しています。
その分析によれば、この期間の工業製品の輸入増の大部分を電子部品や自動車部品などが占めており、このような中間財の輸入の増大は日本の製造業の好調さの証左であるとしています。
つまり、現在の日本企業は適材適所で生産された安価な工業製品や部品を輸入し、国内で付加価値を高めたうえで最終商品として国内で販売し、または輸出へ振り向けるという効率的な企業活動を行っている。このため、好調な生産は同時に海外からの部品輸入の増加を伴うこととなり、期待されるような円高による貿易収支の改善が望みにくい状況が生まれているというものです。
筆者らによれば、海外に生産拠点を移した日本企業の国際的な事業展開を考慮すれば、貿易収支のみならず所得収支の動向が企業経営の実態をつかむ重要な指標となると言います。
例えば、日本からの完成品の輸出よりも現地生産、現地販売のウェートが高い自動車産業などにおいては、生産活動の利益はこの「所得収支」に反映されることになり、貿易収支には直接的な影響が出てこないことになります。
実際、所得収支の「直接投資収益」(この場合で言えば、海外の現地生産における利益)の1~9月期の前年同期比を見ると、その伸び率は26.7%となっており、証券投資収益の14.6%を大きく上回る実績を残しています。
さらに筆者らは、為替変動時における日本企業の企業行動のパターンについても分析を加えています。一般に、①円安になると、②相手国通貨建ての輸出価格が下がり、③輸出数量が増えて、④貿易収支が改善する、と考えられてきました。しかし、そもそも円安という状況を迎えた時、企業は(相手国通貨ベースの)輸出価格が下がった分海外における「販売価格を下げる」という戦略をとるのかという素朴な疑問がここに生じます。
日本の輸出企業に対する筆者らの調査では、大企業になるほど米ドル建てで取引を行っており、為替相場が変動しても直ちに価格改定を行わない傾向が強いといいます。つまり、海外で厳しい価格競争(そして為替変動)に直面してきた日本企業は、これまで円高環境下においても可能な限り現地での販売価格を安定させる行動をとってきたというものです。
日銀の輸出物統計を見ても、契約通貨ベースの日本の輸出物価は2001年から20013年の10月に至るまで、なんと12年以上にわたってほぼ横ばいであり、これまでの為替変動のリスクは主に日本の企業が負ってきたというのが筆者らの指摘です。
つまり、昨年まで続いた円高局面においても日本企業は輸出価格の高騰に耐えて、コストを下げ、利益を薄くしながら輸出を続けてきたということであり、今回の円安局面でようやく為替差益を享受することができるようになったということです。
加えて筆者らは、日本の自動車メーカーの多くが今年の4~9月期の決算で海外市場における好調な販売実績を残していることに注目しています。
筆者らは、これまでのこうした企業行動を踏まえたうえで、この好調は(円安による新車価格の低下ではなく)あくまで欧米の景気回復による需要増の影響と見ることが妥当であり、日本の自動車メーカー各社による積極的な新型車投入の成果として評価すべきだと主張しています。
少しほっとするようなこの話。①円安によって輸出価格が下がる、②輸出価格が下がれば日本製品が売れる、③日本製品が売れれば輸出が増える、④輸出が増えれば貿易収支が黒字になる…経済学の教科書に出てきそうなこうしたフローチャートが現実の世界ではもはや当てはまらなくなっているという指摘を、今日は興味深く読みました。
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