MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1990 新型コロナと地域の開業医

2021年10月12日 | 社会・経済


 ネット上でコロナに関する地方紙の主要記事を検索していたところ、10月8日の埼玉新聞に掲載されていた、政府の新型コロナ対策に関する地域の開業医の「反応」と、新型コロナ感染症への「意識」に関する記事が目に留まりました。

 記事は、埼玉県保険医協会が8月末に、県内の開業医の院長等1799人を対象に行ったアンケート調査の結果を報じたものです。身内である保険医協会主催のアンケートということもあって、実際に地域で新型コロナの感染拡大の中に身を置いている市中の開業医の、案外リアルな感覚を示す結果となったようです。

 記事は、アンケート調査の結果は、地域で開業する多くの医師たちが、新型コロナウイルスワクチンの接種に関する市民からの問い合わせの殺到や、事前連絡のない発熱患者らの訪問に苦慮している姿を浮かび上がらせているとしています。

 アンケートでは、多くの開業医が、政府のコロナ対応について「大変ひどい(29%)」「ひどい(35%)」と回答しており、「オリンピック開催は国民の気のゆるみに繋がった」などの厳しい意見を寄せています。政府の対応のせいでコロナへの感染が広まり、自院の診療活動に大きな支障が生じたと考える開業医が多かったということです。

 今回の結果に関し、アンケートを実施した県保険医協会の理事長はインタビューに応え、「県が、診療・検査医療機関を公開していることで、遠方の患者が検査を受けに来てしまい、陽性と判明しても公共交通機関で帰宅せざるを得ない事態が生じている」と説明。診察・検査医療機関の21%、それ以外の24%が非公開方式への変更を希望していると指摘しています。

 もっとも、これについては少し補足説明が必要でしょう。埼玉県は全国でも数少ない、新型コロナの検査や診療が可能な医療機関を公表している都道府県として知られています。県内で検査や診療が可能な地域の医療機関をインターネット上に公表し、発熱した場合の電話相談や診察の予約を患者自身が申し込めるようにしているところです。

 子どもや本人が急に発熱して(「コロナかもしれない」と)不安に駆られたとしても、とりあえず診てくれるクリニックが判っていれば安心です。しかし、開業医の側からすれば、診療の可否によって競合する医院間の評判に影響がある一方で、コロナ患者の受け入れは、その他の患者の診療忌避に繋がるという懸念もあるようです。

 いずれにしても、県が公表したことによって、我々市中の医療機関は突然の来院や遠方の患者にも対応しなければならないなど、大変な迷惑をこうむっている。コロナ患者を受け入れていないことをさらけ出されるのも嫌だし、受け入れたら受け入れたで人手もかかる。県にも、少しは診療所経営への影響を考えてほしいというのが、どうやら多くの開業医の本音のようです。

 巷はコロナで大変なのはわかるけど、どちらにしても、治療が必要な中等症以上の患者への対応は設備の整った総合病院の専用病床でしかできない。であれば、我々にはこれまでどおり、通常医療に専念させてほしいと考える開業医が多いということでしょうか。

 結局のところ、コロナ対応はウチらの仕事ではない。人々の不安を受け止めるのは我々の仕事ではないし、経営の足しにもならない。診察したところで感染拡大が防げるわけではないし、地域医療を支える我々には我々の仕事があるのだから面倒をかけないでほしいという(他人事のような)感覚が、こうした回答からは浮かんできます。

 地域の開業医とコロナの患者や感染を恐れる一般の人々との意識とのギャップは、これほどまでに大きいものなのか。「新型コロナにかかったかもしれない」「ワクチンを打ってよいか不安だ」…そんな時こそ頼りになる(したい)のが地域のかかりつけ医であることは間違いありません。施設や感染リスクなどに問題があるとすれば、午前・午後と診療時間を分けるなり、診療所ごとに役割を分担するなり、交代で発熱外来を回すなり、地域住民の不安に寄り添った方法もあるはずです。

 また、第5波の感染拡大では、ホテルなどの宿泊療養施設に入れず自宅療養となった地域の感染者への対応が問題となりました。しかし普通に考えれば、人口数十万人に1か所しかない保健所に、個々の感染者の状況を把握しきれるはずはありません。

 そうした状況でも、知らんぷりを決め込む開業医が多かったことは多くの報道が示す通りです。感染者への対応は、陽性診断と合わせ、地域の医療機関が行っていくのが合理的であることは、(実のところ)地域医療を担う誰もが判っていると思います。

 さて、ともあれここに来て感染拡大も、ようやくひと段落の様相を呈しています。そこで政府が打ち出したのが、先進各国で始まったワクチン接種証明の活用などによる国民の行動規制の緩和と経済活動の再開です。

 一方、記事によれば、アンケートを実施した保険医協会は会員の意見を踏まえ、国が進めようとしているこうした(行動制限緩和の)実証実験の中止を強く求めているようです。経済活動再開の動きは時期尚早だ。証明書の利用は「ワクチン接種を受けていれば対策をしなくていい」といった誤ったメッセージにつながるとして、県に対して国に協力しないよう要請しているということです。

 PCR検査の検査結果やワクチン接種を証明することはできても、陰性であることの証明にはならないのは事実です。しかし、社会全体の状況を見れば、ポストコロナの生活を視野に一定の実験を行うことも必要な対策とも思えます。ではなぜ、地域の開業医たちが、(今更のように)そんな指摘を行うのか。

 地域医療を考える立場から言えば、今はまだ感染拡大の抑制を徹底的に追求すべきで、行動制限の緩和などとんでもないということでしょうか。しかし、穿った見方をすれば、「証明書の発行など面倒なことはもうこりごり」「我々としては、感染者さえ減れば経済なんてどうでもいい」と受け取れなくもありません。

 地域社会と地域医療の関係は果たしてどうあるべきなのか。地域の人々の感覚と、(地域とともにあるはずの)地域の開業医の感覚は、どこかでズレてしまってはいないか。

 もちろん、このコロナ禍において、数多くの地域の医療機関や開業医の皆さんが、身を粉にして患者への在宅医療などに取り組んでいることは重々承知しています。しかし、こうしたアンケートから浮かび上がってくるのは、あくまで(総体としての)開業医と地域住民との意識のギャップなのではないかと、改めて感じさせられたところです。


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