MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1565 なぜトイレットペーパーは無くなったのか

2020年03月12日 | 社会・経済


 新型肺炎の感染拡大により中国で生産されているマスクや紙の原料がなくなるという誤った情報(いわゆる「デマ」)を発端として、トイレットペーパーがスーパーの店頭から消えてから久しいものがあります。

 トイレットペーパーの品薄状況は、実は日本ばかりの状況でないようです。英国のスーパーでは1人当たりの購入数を制限しており、香港ではトイレットペーパーを配達していた店員が強盗に襲われ、オーストラリアでは購入を巡ってスーパーで乱闘騒ぎが起きたとの報道もあります。

 こうした状態に鑑み、政府は国民に「冷静な行動」を呼び掛け、メーカーは「十分な在庫がある」と発信していますが、小売店店の陳列棚を見る限り、(トイレットペーパーばかりでなく)生活必需品全般の品薄状態は依然収まっているようには見えません。

 「トイレットペーパー騒動」といえば、1973年のオイルショック時でのトイレットペーパー騒動を思い出す人も多いでしょう。私は当時中学生でしたが、母親に連れられてスーパーの前で2時間近く並んだのをよく覚えています。

 しかし、当時の状況を実感として理解できるのは恐らく50代の後半以降の人達であり、それより若い国民の大半にとっては、歴史の教科書の中にある現実味のない出来事の一つのように感じられるかもしれません。

 オイルショックの際は、「原油価格の高騰により紙が無くなる」という(ある意味、因果関係のはっきりしない)憶測が、主婦らによる連鎖的な買い溜めの動きを誘いました。そして今回も、トイレットペーパーは(需要自体が増えたマスクと異なり)実際の需要が増えるはずはないので、それだけなら品薄になるはずないのは子供でも分かります。

 それにもかかわらず人々はなぜ不安に駆られ、トイレットペーパーのあの円筒形のロールを買うためにスーパーに急いだのか。

 3月12日の日経新聞に、「『いつでも買える』のワナ 家に蓄えなし…品薄デマに慌てて殺到」と題する興味深い記事が掲載されていす。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、突然巻き起こったトイレット紙やティッシュの不足問題については「デマ」と「過度な転売」が主因とされているが、そこに現代社会における「消費構造」が拍車をかけたのは恐らく間違いないと記事は指摘しています。

 記事が指摘するその要因のひとつめは、無駄を嫌う単身世帯の増加というものです。

 2005年に子供のいる家族世帯を独り住まいの単身世帯が逆転、現在は35%程度に達している。次に増えているのが夫婦のみ世帯で20%を超えていると記事は説明しています。

 余計なモノはギリギリまで買わず、今欲しいものだけをほどほどの価格で買う「コスパ志向」は強い。4人家族なら週末の買い出しが欠かせないが少人数なら不要なので、こうした普段買いだめしない世帯が今回、品不足からあわてて店に走った面は否定できないということです。

 ふたつ目の要因は、身軽なライフスタイルを可能にするコンビニやドラッグストア、ネット購入の一般化にある(のではないか)と記事はしています。

 「お一人用」の消費環境は年々整備が進み、コンビニはここ10年で30%近く、ドラッグストアも30%程度増えている。多くの消費者にとって近くのコンビニやドラッグストアは物置や冷蔵庫代わりとなり、日用品を買い置きする行動が減ったのは間違いないというのが記事の指摘するところです。

 そして三つ目の要因は、店舗の精緻な需給管理にあるというのが記事の見解です。

 かつてトイレット紙やティッシュは大手量販店の特売の目玉だったが、最近は過度な価格競争を防ぐため各店舗も流通在庫を適正にコントロールしている。特に紙製品はかさばるので在庫コストは価格の割に高いため、家庭も企業も在庫を抑える傾向にあるということです。

 メーカー、卸、小売り、消費者はほどよい需給関係で成り立っており、わずかでも駆け込み需要が起きると在庫バランスは崩れる。特に、ポスシステムでリアルタイムの在庫管理をしているコンビニや大手スーパーでは、駆け込み需要に柔軟に対応することは難しいと記事は説明しています。

 まさに「消費」とは心理学で、さらに現在ではそこにSNS(交流サイト)が追い打ちをかけている。ネット上で話題になった商品は一気にメガヒットになり、あっという間に品切れとなる傾向がますます強くなっているということです。

 さて、記事が指摘するように、ネット社会における商品の需給が非常にタイトなバランスの中で(なんとか)保たれているのは恐らく事実でしょう。

 現在、享受している便利で豊かな生活が、実は(特に非常時には)極めて脆弱なシステムの上に成り立っていることを、私たちは(自分の身を守るためにも)常に心に留めておく必要があるということを、この記事から改めて感じたところです。



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