MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2105 蓄積されてきたルサンチマン

2022年03月06日 | 国際・政治


 米バイデン政権が2月11日に発表したアジアやインド、オセアニア地域の安全保障や経済連携の方針を示す「インド太平洋戦略」では、台頭する中国に対抗するため、今年前半に新たな経済連携の枠組みを立ち上げるとともに、台湾の防衛力の支援をさらに強化するとしています。同戦略では、「中国は経済力や軍事力を背景に強要や侵略を世界で繰り広げておりそれはインド太平洋で最も顕著だ」と指摘。「中国はもはや変わらない」ことを前提に、米国と同盟国が有利になるような影響力の「バランスを構築する」ということです。

 緊張感が高まる台湾海峡周辺で、近年、中国は台湾の防空識別圏に中国軍機を頻繁に進入させるなど軍事的圧力を強めています。一方、米国はこれまで、中国侵攻への米国自身の反撃は明確にしない「戦略的あいまい政策」をとってきました。それは、米国が反撃を明確にした場合、中国のナショナリズムを過熱させる危険があるとの判断によるものであり、そうしたリスクを避けつつ米国の介入を中国に考慮させ台湾攻撃を阻止するという目的があったからだと言われています。

 しかし、今年に入りバイデン政権は態度を転換、(今回のインド太平洋戦略に見られるように)「米国には台湾防衛の義務がある」ことを繰り返し強調しています。米当局は「政策変更はない」としていますが、そこには、中国が「米軍は動かない」と誤解しないよう牽制する狙いが見て取れます。

 アジアの(ひいては世界の)覇権を中国に握られまいと台湾への支援姿勢を強める米側に対し、中国の習近平国家主席は昨年10月の演説で「中国人民の不屈の決心や強大な能力を見くびるな」と強い言葉で反発しています。11月には中国共産党機関紙「人民日報」系のメディア「環球時報」が中国による台湾の離島占領の事態もあり得るとするなど、東アジアを中心とした緊張感の高まりには、ロシアの侵攻が懸念されるウクライナの状況を超えるものがあるような印象も受けるところです。

 東アジアにおける勢力拡大にむけ14億人の中国人民のナショナリズムを煽る中国・習近平政権の動きに、米国を中心とした西側諸国はどのように対峙したらよいのか。2月11日の日本経済新聞のコラム「私見卓見」に、慶応義塾大学教授の細谷雄一氏が「中国台頭にどう向き合うべきか」と題する一文を寄せていたので、参考までに紹介しておきたいと思います。

 14億人という世界最大の人口を擁し、世界でも最も古い文明発祥地の一つであり、帝国主義の時代に至るまでは最も進んだ文化や技術を有していた中国。そうした目で見れば、中国の台頭は(ある意味)必然だと細谷氏はこの論考の冒頭に綴っています。そう考えれば、中国台頭をめぐる賛否を論じるよりもむしろ、その結果として現代の世界がどうなっているかを論じることの方が重要となる。(中国が力をつけたことにより)もしも世界がより良くなっていたら、米国を含む国際社会は中国台頭について楽観的、好意的であったはずで、問題なのは「そうはならなかったこと」だというのが氏の見解です。

 20世紀、われわれは米国の台頭を目撃した。1933年にナチス・ドイツが権力を掌握し、世界がファシズムの暴力とホロコーストの恐怖に覆われようとしたとき、米国はナチスに正面から対抗し自由と民主主義に基づく秩序を世界にもたらした。さらには(冷戦下、さらにそれ以降の)戦後世界でも、欧州と日本の復興に一定の貢献をしたと氏は言います。われわれは20世紀の歴史を学んだことで、米国がその欠点よりも多くの善を世界にもたらしたことを知っている。だからこそ日本や西欧諸国などは、現在でも米国と友好的な関係を維持しているということです。

 他方、その米国に代わって世界の覇権をうかがう現在の中国は、巨大な国力をもとに香港の自治を否定し、新疆ウイグル自治区で人権侵害を続け、台湾、南シナ海など係争的な地域をめぐり圧力と威嚇を増大させている。知的財産権の侵害やサイバー攻撃、「債務の罠(わな)」などの懸念も払拭できないでいると氏はしています。外部からの力で、そんな中国に変革を促すことはきわめて難しい。われわれはそのような中国と今後も共存していかなければならないというのがこの論考における細谷氏の認識です。

 中国が権力政治や軍事力に傾斜し、自己利益に執着するのはなぜなのか。それは、近現代史の中で繰り返し欧米や日本の侵略に苦しめられ、自国の一体性や繁栄を維持できなかったという反省のうえに立っているためだと氏は話しています。その根っこにあるのは、米国をはじめとした欧米諸国(そしてその一部とみなされる日本)への不信感。「中国は世界の中心だ」というプライドとともに、独自の世界秩序を自らの「力」で作り上げていかなければ、再び同じ過ちが繰り返されるかもしれないという不安が、協調の道を妨げているということでしょう。

 いずれにしても、中国は自国の巨大な市場を背景に、日本や米国、欧州の経済的な利己主義につけいるかたちで自らの立場を正当化してきたのは事実です。しかしその際、もしも冷戦後に国際社会が結束し、中国が台頭する方向性についてのより広範なコンセンサスを有していれば、結果には少なからぬ違いがあったかもしれないと氏はこの論考の最後に記しています。現実に目を向ければ、「まさか」と思われたロシアのウクライナへの全面侵攻が始まり、世界は今、次の時代に向け大きく動こうとしているように見えます。「ロシアの次は中国か?」…はっきりしない態度のかの国の動向を、多くの人々が不安な視線で見守っていることでしょう。

 冷戦後の米国一強の世界の中で、(欧米諸国やアングロ・サクソン中心の世界観への)不信感は静かに育ってきた。グローバリズム経済の進展とともに蓄積されてきたルサンチマンは、これから先どこへ向かうのか。こうした状況を前に、「われわれは、数多くの誤解の下で、間違った方向に進んできてしまっているのではないか」「より国際協調主義的で平和的・安定的な中国は、中国自らの利益にもなったはずだ」とこの論考を結ぶ細谷氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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