家計の値上げ許容度は既にない
値上げに耐えられる家計か?
6月に日本銀行の黒田総裁は、「企業の価格設定スタンスが積極化している中で、日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」、そして「強制貯蓄の存在等により、日本の家計が値上げを受け容れている」と発言した。
ご承知の通り、世の中は商品価格の値上げラッシュが続いており、同一商品でも何度目かの値上げをせざるを得ない状況が発生しており、この潮流はまだ続くと見られる。しかし、国民の多くはこの値上げを受け容れていくことが出来るのであろうか。
確かにコロナ禍の中で、収入に大きな影響がなく、旅行などの使い道がなく、止むなく貯蓄にまわっているお金があることは事実である。また子育て世代には、2020年の特別定額給付金に続き、2021年にも子育て世帯臨時特例給付金も支給され、預金にまわった部分も多かったと見られる。高齢者でも住民税非課税世帯等に対する臨時特別給付金が支給された人たちも存在する。
一方、主にサービス業などに従事する非正規職員を世帯主とする世帯では、定期収入の減少が発生しており、日常生活にさえ窮する人たちが多く発生し、預金どころでは無かった世帯も多く発生していた。
このように日本全体でみれば確かに預貯金は増大したが、誰もが値上げを吸収できる「余力」があるわけではないのである。
高齢者の家計の実態
この値上げの生活へのダメージを、高齢者(65歳以上が世帯主になっている世帯)を中心に観ていくことにしよう(総務省の家計調査2021年二人以上の高齢者のいる世帯の家計収支)。
現在は多くの世帯主が基礎年金を65歳から支給開始しようとしており、それまでの期間仕事に従事する人が大半となってきている。今後70歳まで就業し続ける人も増えると考えられるが、今のところ65歳以上の多くの人が無職世帯となっている(もちろん働き続けている人も存在する)。
さて65歳以上世帯主の無職世帯の平均月収は、約24万円あまりとなっている。内訳としては、やはり年金収入が約20万円とほとんどを占めており、アルバイト等での収入が月額3万円程度ある。年収換算では291万円であり、2人で年金受給しているとしても高めの収入水準と考えられる。これに対して、非消費支出(税金や健康保険料など)が約3.2万円となり、残り約21.5万円が月当たりの可処分所得(使うことができるお金)となる。
一方、消費支出は全体としては約22.7万円となっており、食費約6.9万円、交通・通信約2.6万円、水光熱費約2.1万円が上位で金額の多い項目になっている。これらの費目は、60歳以上、70歳以上だけで見てもあまり金額に大きな差が生じない項目である。この3費目だけで消費支出の約半分をしめてしまう。特に食費の構成比だけでも30%を越えている(一般的にはエンゲル係数と呼ばれる)。
これら消費支出の上位費目は、まさに値上げの直撃を受けている項目である。交通・通信費の多くは自動車関係費用が占めており、自動車がないと生活できない実態などもあり、燃料代のウエイトは元々高い。水光熱費は電気・ガス代のいずれも大幅上昇が続いている。食費とエネルギー関連費用だけで、1家庭6万円以上の値上がり額となるという試算もあり、これらの生活への影響は無視できない。
また金額的に大きくはないが、家事用品や衣類にも値上げの波が及んでおり、これらでの値上げも生活に影響を及ぼす。
値上げ許容度は既にない
さて、上記の65歳以上世帯主の無職世帯の月次収支は、可処分所得21.5万円に対して消費支出22.7万であり、実質は約1.2万円の赤字である。つまり支出が収入を上回っており、年間で14万円あまりの赤字になっている。赤字の分は、預貯金を取り崩す事になっているのである。そして、この赤字額は、60歳以上よりも、65歳以上、そして70歳以上と赤字額は減少する傾向にある。つまり収入なりの生活を組み立てる態勢が年を経るに従って整備されていくことになっている。
これが、2018年当時の家計調査は、月額約5.5万円の赤字となっていた。この数字がいわゆる「2000万円問題」の論拠として挙げられており、毎月5.5万円の赤字額を30年間続けると合計2000万円になるというものであった。2021年の数字を元にすれば、合計432万円程度で済むことになってしまう。
一方、2018年当時の消費支出は、主要費目は食費:6.9万円、交通・通信:2.6万円、水光熱費:2.1万円であり、3年間変わっていない。これが2022年大きく変わってしまうのは厳然たる事実である。つまり消費支出の増大は避けられない事態である。これに対して、高齢者世帯の年金収入は2022年は対前年比0.4%の減少となることが確定・実施されており、収入が減少して、支出が増加することが避けがたく発生しつつある。
つまり高齢者世帯では、「値上げ許容度は既にない」と言って間違えない。
必要な社会施策
社会問題として、この「生活苦」につながる社会状況に対して、政策的措置が講ぜられる必要性は言うまでもないが、その時に高齢者向け施策だけが優先されることは避けるべきだ。今回の値上げラッシュは、一人親世帯など社会的に弱い立場の人たちにも深刻な影響を及ぼす。高齢者を含む低所得者への施策として具体化を図ることがどうしても必要だ。一般的な高齢者向けバラマキ施策は厳に慎むべきである。
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